もう数年前、横浜の子ども自然公園に行ったときのことである。小山を降りていくと開けた広場があり、芝生の上にシートを敷いて幾組かの家族がお弁当を広げて談笑していた。広場を少し降りたところに小川があり、2,3人の子どもが遊んでいた。ザリガニでも探しているのであろうか、ズボンのすそをまくって、かがみ込んで棒で岸辺を突いている。きれいな小川なのだが、そのあたりだけ水はもったりとしていて、どろどろだった。
ふと見ると、純白のきれいなドレスを着た女の子が混じっている。4歳ぐらいであろうか。結婚式で花嫁のドレスのすそを持っている、あんな美しい白いドレスである。しかし、なんと、胸の辺りまで泥が跳ねていて、すそは泥水の中にある。純白と泥色のコントラストが生生しい。
そのとき、駆け寄ってきた母親の悲鳴が聞こえた。「あなた!何しているの!」
女の子がギョットして母親を見上げ、その視線をたどって、両手を広げて自分のドレスを眺める。そして、初めて自分でも事態を把握し、両手を広げた姿勢のまま、凍り付いた目が母親に釘付けとなる。
そのおびえた目を見て、母親も周囲を気にして、「もうー!代えの洋服だって持ってきてないのよ。どーするの!」と少しだけ抑えた声で嘆く。
傍らの妻が「泥ってなかなか完全には落ちないのよね」とつぶやく。私にも母親の嘆きももちろんわかるが、ついつい泥遊びしてしまった子どもの気持ちもわかる。
女の子だって、おそらく最初は小川で遊ぶ男の子達を見ていて、今日はよそゆきだから岸辺で見ているだけにしようと思ったのであろう。しかし、楽しそうに声を立てて遊ぶ子ども達に誘われ、すそを持ち上げて少しだけ水に入り、そしていつの間にか、・・・・・。
いまだに目に焼きついた、あのあまりに鮮やかな純白のドレスと一面に跳ね上がった泥。
あの子は今? そして、あのドレスは一体どうなったのだろうか?