フランス・ロワール地方で3つの古城、アンボワーズ城、シュノンソー城、シャンボール城を回った。
ロワール Loireはフランス中部にある。その中心を流れる1012kmとフランス最長のロワール川流域にはかって約90もの城があり、現在でも約20の城が残っているという。ちなみに、日本最長の信濃川は367km。
まず、バスが向かったのは15世紀にはフランスの首都でもあったトゥールTours 。市庁舎には、EUの旗、フランス国旗、ロワーヌの旗が立っていた。
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市庁舎と裁判所の間の通りを北のロワーヌ川の方に行くと、左手に14-15世紀の木骨組みの家に囲まれたプリュムロー広場があるはずだが、このところフランスはバーゲン・シーズンで、手前のデパートで時間切れ。
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バスでトゥール駅前を通り過ぎる。パリからTGVで約1時間10分。この駅舎は、後にオルセー美術館になったオルセー駅と同じく、ヴィクトール・ラルーの設計。
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トゥール郊外で一泊し、翌朝、まずやってきたのは、アンボワーズ城 Chateau Royal d’Amboise 。15世紀末、イタリア遠征から帰ったシャルル8世がルネッサンス風に建てた城だ。ロワーヌ川の対岸から城を眺める。これでもかっての規模の1/5だという。
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フランソワ1世にイタリアから招かれたレオナルド・ダ・ヴィンチが住んで、没したル・クロ・リッセが城の奥にあるはず。岸辺にはダ・ヴィンチの、頭脳より肉体というような像があった。寄りかかっている頭部が何なのかは不明。
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次は、ヴェルサイユ宮殿に次いで、フランスで2番目に観光客の多いシュノンソー城 Chateau de Chenonceau 。 右側の独立した塔、正面の3階建ての棟と、
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シェール川をまたぐ橋の上建物の3つの部分に分かれている。端の上の建物は後に3階建てとなった。橋の上の建物は、川から撮ると優雅な船のようで美しいのだが、写真を撮り損ねた。
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代々の城主が女性だったことから「6人の女の城」と呼ばれる。2番目の城主ディアーヌ・ド・ポアティエはアンリ2世より20歳も年上でありながらその美貌で王を虜にした。彼女はアーチ型の橋を建設し、向こう岸と結び、城の左手に後にディアーヌの庭と呼ばれる庭園を造った。
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しかし、アンリ2世が死ぬと、正妻カトリーヌ・ド・メディシスはディアーヌを追い出して城主となり、城の右手にカトリーヌの庭と呼ばれる庭園を造った。
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これが、そのカトリーヌ・ド・メディシスの肖像。怖そ!
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カトリーヌは、名門、イタリア・フィレンツェのメディチ家の娘として生まれ、イタリアの先進文化をもたらした。当時手づかみで食べていたフランスにフォークや、アイスクリームを伝えた。嫁入りの際にイタリアから持ち込んだ菓子がマカロンのもととなったという。
城内には、多くの部屋があり、豪華な家具やタペストリーがある。ひとつだけ、カトリーヌ・ド・メディシスの居室を紹介。16世紀のフランドル・タペストリーと天蓋ベッドのほかに有名な絵画が飾られている。
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最後が、ユネスコ世界遺産でもあるシャンボール城 Chateau de Chambord 。1519年、フランソワ1世が狩猟用離宮として建設しはじめた。全体は、全長32kmの壁に囲まれ、5440ヘクタールというパリ市に匹敵する広さの公園になっている。
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正面から見ると、左右対称になっているのが良く分かる。幅156m、高さ56m、77の階段、282の暖炉、426の部屋と桁外れの規模だ。
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この後、イル・ド・フランスにあるシャルトルブルーのステンドグラスで知られるシャルトル大聖堂に行ったが、それは次回。