神田茜著『母のあしおと』(集英社文庫か74-2、2020年4月25日集英社発行)を読んだ。
裏表紙にはこうある。
愛する妻の死後、楽しく暮らすことに後ろめたさを覚える夫。(「はちみつ」)
「私はあなたのお母さんじゃない」恋人の言葉が忘れられない次男。(「もち」)
義母に嫌われているのではないかと悩む長男の婚約者。(「ははぎつね」)
母・道子の人生は"平凡"な、どこにでもあるものだったのだろうか──?
道子の死後から少女だった頃まで、その人生を遡る。七つの視点で綴られた感動の連作集。
死後から、祖母、義母、母、妻、そして幼い少女と時間をさかのぼり、身の回りの人の視点から「道子」の人生を描いた連作短編集。
はちみつ 平成二十六年
妻・道子の死後3年半。二人の息子は東京で家庭を持ち、独り暮らしの夫・日吉和夫は、半分趣味で養蜂を始めた。妻の道子は「どうしても、美味しいことと楽しいことは、家族一緒に体験したい性分だった。」と思い出す。
近所に住む夫を亡くしたばかりのはる子さんと心が通じ合うようになるが、何かというとはる子さんにも「うちのやつは、何々だった」と口ずさんでしまう。
「楽しいと、なんだかうちのやつにわるいなって思うんだ」「私もそう」「楽しければ楽しいほど、うちのやつのことを思い出す」「本当にそうね」
もち 平成二十三年
母・道子の葬儀。次男の悟志は自分はマザコンではないと思っているのに、婚約者の佐和子から昨日言われた「悟志さん、私は悟志さんのお母さんじゃないのよ」という言葉が気にかかる。長男・啓太の3歳年上の妻・裕子は「男の人は多かれ少なかれ、みんなマザコンよ」「母親っていうのは、‥最後の砦っていうか。…」という。
ははぎつね 平成八年
婚約者・裕子が長男啓太の実家にあいさつに来て、義父・和夫、義母・道子と地元の動物園へ行く。母・道子は啓太とべったりで、裕子は嫁となることに不安を持ち、道子に嫌悪を感じる。道子は最初と最後だけしか裕子と目を合わさなかった。裕子は帰りの飛行機の中で眠たいふりをして、啓太の腕にしっかりとしがみついた。
クリームシチュー 昭和六十一年
啓太は高校受験まであと18日。外面の良い悟志はまだ中一だが、たくさんもらってくるので、バレンタインデーのチョコレートがもらえるか気になる。祖母(かつ江)が母・道子を鬼嫁と言いふらし、友達から、聞かれたり、からからかわれたりして、啓太も悟志も傷つき、騒ぎになる。
なつのかげ 昭和四十九年
道子が身体の具合が悪く実家に帰っている間、親戚で出戻りのフミちゃんが4歳の啓太と1歳10か月の悟志の面倒を見るために泊まり込んだ。道子の夫・和夫が長期出張から帰って来て、皆揃うと、フミちゃんはこのまま家族としてと、つい思ってしまう。
おきび 昭和四十二年
道子の嫁入り前夜、姉たちに甘えているとからかわれながらも道子は昔のことを思い出し、今後の父を心配する。
まど 昭和二十八年
道子たちの母は遠い病院に入ったままで、雇った小宮さんに付き添われている。たった10歳の道子が皆が大騒ぎのなか、母に会おうと山を越えて歩いてきた。
本書は2018年8月集英社より刊行。初出は「小説すばる」2016年1月~2017年10月号
私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
一人の女性の生涯を死後から10歳まで周辺の人々を含め逆からたどり、連作短編集にする発想が面白い。そして、だんだん若くなっていくというちょっと不思議な感覚で楽しめる。
落ち着いた家族思いの道子が、嫁に行くときは不安を持ち、一人残る父を心配し、幼い時は末っ子の甘えん坊だったと読み進めるうち少しずつ徐々に分かってくる。面白い構成だ。
一つ一つの話も、女性心理がよく書けていると、女性に疎いおじいさんは感心しました。
以下、ネタバレを含む
なつのかげ 昭和四十九年
結局、フミは和夫に「愛情表現をしてもらえないと魂がどんどん萎んじゃうよ。道子さんにもそうだったのじゃないの?」と告げる。そして、フミ自身も別れた夫にどんな顔していたのかと考えてしまう。
まど 昭和二十八年
道子たちの母は遠い病院に入ったままで、雇った小宮さんに付き添われている。たったひとり残った息子を亡くした小宮さんは「母親の私がわるかったんだね。幸せになることだけ考えてあげてたら、それを叶えてもらえたのにね。わるいことばっかり考えていたからさ、私のせいだよ。私のせい‥‥」と嘆く。夫の達夫がバスがもうない時間に自転車で訪ねて来た。まだ10歳の道子がいなくなって皆で探しているという。深夜になって病院の外で小宮さんが泣いていた道子を見つけた。母に会おうと山を越えて歩いてきたのだ。途中道に迷ったとき男の子が送ってくれたという。日吉のところの和夫らしい。
道子は小宮さんに「私ね、道子がいなくなったって聞いてから、一生懸命に道子が大人になって幸せになっている姿を想像したの。ご先祖様に、いい願いだけ叶えてもらおうと思って。でもね、いくら道子が幸せになることだけ考えようとしても、その倍くらい、道子が命を落とすことを考えてしまった。親はどうしても、そういうふうに考えるものなのね。わるく考えるのは親だからなのよね」