夏川草介著『スピノザの診察室』(2023年10月25日水鈴社発行、文藝春秋発売)を読んだ。
現役医師として命と向き合い続けた著者が到達した、「人の幸せ」とは。
累計340万部のベストセラー『神様のカルテ』シリーズを凌駕する、新たな傑作の誕生!
その医師は、最期に希望の明かりをともす。
【あらすじ】雄町哲郎は京都の町中の地域病院で働く内科医である。三十代の後半に差し掛かった時、最愛の妹が若くしてこの世を去り、 一人残された甥の龍之介と暮らすためにその職を得たが、かつては大学病院で数々の難手術を成功させ、将来を嘱望された凄腕医師だった。 哲郎の医師としての力量に惚れ込んでいた大学准教授の花垣は、愛弟子の南茉莉を研修と称して哲郎のもとに送り込むが……。
2024年本屋大賞ノミネート
雄町哲郎:38歳。マチ君。京都街中の小規模病棟を備えた「原田病院」勤務。消化器内科で内視鏡の達人。妹の遺児で中1の龍之介を育てている。
花垣:洛北大学の次期教授、現准教授、消化器内科医。後継者は5年後輩の天吹。哲郎の1年後輩・西島は優れた研究者。
南茉莉(まつり):29歳。消化器内科5年目。洛北大学から週一度来院し、哲郎の指導を受ける。
原田病院の医者:原田(理事長)、鍋島(院長、外科医)、中将亜矢(外科医)、秋鹿(内科、元精神科医)、土田(男性看護師長)、五橋(看護師)。
患者:辻(アル中、肝硬変、食道静脈瘤破裂)、坂崎(74歳、胃癌)、清水弥生(86歳、点滴のみ)、今川陶子(華道家元、膵臓癌、自宅療養)、黒木勘蔵(認知症の92歳、あけすけな息子と二人暮らし)、他
私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め、 最大は五つ星)
従来の純粋な若者医者と慣習にとらわれる医者との対立といったテーマでなく、治る見込みのない老人に対する医療といった重苦しいテーマを取り上げている。
高度な先端手術の緊迫した現場の描写がハラハラする。一方、複雑な背景事情を持つ中でほぼ死を待つしかない患者と医者の切迫した会話、その中で、ふと余裕さえ感じる会話。死を絵空事でなく、常に身近に、深く考えざるを得ない著者の心の揺れが感じられる。
夏川さんはこの本のインタビューでこう語っている。
(治療や、看取りでは辿り着けないものがある。それは、)人は病を得て、あるいは死を目前にして、「どうやって幸せに生きていくか?」です。その非常に難しくて怪しい響きのある問いと、真正面から向き合っていくような小説を書きたかったんです。
……
病院内での医師同士の対立や、院内改革的な要素も入っていません。…この小説の中で人はたくさん亡くなります。…余命わずかということが明らかな病状なのに、すごく穏やかに毎日を過ごしていて、いつもニコニコ笑ってこちらのことを気遣ってくれるような患者さんと、年に1人か2人出会うんです。
Q:続編がある、ということですね!
Q:マチ先生と南先生の関係も、師弟から恋愛へと移行するかもしれない……?
スピノザ(1632-1677)
オランダの哲学者。レンズ磨きを生業の一つとし、思索と執筆に専念する。
「(希望のない宿命論)すべてが決まっているなら、努力なんて意味がないはずなのに、彼は言うんだ。“だからこそ”努力が必要だと」(本文より)
五橋「ここには『治る人』なんてほとんどいない」「ここの仕事は、難しい病気を治すことじゃなくて、治らない病気にどうやって付き合っていくかってことだから。もともとわかりにくいことをやってるの」