私が河口俊彦八段の観戦記を初めて読んだのは、1980年・第19期十段戦の、長谷部久雄七段VS河口五段戦(自戦記)である。
その頃私は、観戦記というものは、指し手の変化が満載なほど良作と考えていた。
河口五段のそれは、指し手についてはそれほど触れていなかったが、実戦心理が巧みに表現され、抜群におもしろかった。私は観戦記の別の面のおもしろさを知ったのである。
その3年後、河口五段は「勝ち将棋鬼のごとし」という本を上梓した。当時ヒラの五段(失礼)の著書は珍しく、果たして売れるのかいな、と訝った。
ところがこれが、当時「将棋マガジン」で大人気を誇っていた「対局日誌」の編集本と分かり、私は驚くとともにやや困惑した。というのも、対局日誌の筆者は川口篤という人で河口五段ではない。しかも「河口五段」は文中にもしっかり登場していた。「そういって、河口はプイと横を向いた」という按配である。だから二人が別人と考えたのは当然で、まさか同一人物とは思わなかった。
きっと河口五段は、客観的な視点で棋界内部を描きたかったのだろう。私たちは河口五段のギミックにまんまと騙され、ニヤリとしたのであった。
ともあれ「勝ち将棋――」はヒットし、以後「対局日誌」本はシリーズ化されることになる。
というわけで、河口八段はれっきとした棋士だが、ファンの間では観戦記者・将棋評論家で通っていたようである。
観戦記者としてのメインステージは、日本経済新聞の王座戦であった。当時は三象子こと加藤治郎名誉九段や、又四郎こと高柳敏夫名誉九段なども観戦記者に名を連ねており、いずれも渋い文章が光っていた。拙宅は日本経済新聞を購読していなかったので、日経読者をうらやましく思ったものである。
そんな15年前のある日、河口八段の王座戦観戦記を読む機会があった。2002年8月24日付、佐藤康光九段対渡辺明四段戦の、ある1譜だった。指し手は4手しか進まなかったが、例によって指し手の解説はなし。代わりに「棋士の顔今昔」という小見出しで、大山康晴十五世名人や升田幸三実力制第四代名人の貌を仏像などに譬えていた。観戦記に評論が混じった、これぞ河口俊彦という文章だった。ああ、この前後が読みたい、と思った。
先月、河口八段の著書が出ることを知った。「棋士の才能」(マイナビ出版・税込3,024円)といい、日経に掲載された王座戦の観戦記集とのことだった。
これは早くも大傑作の予感である。棋書は毎月何かしら刊行されているが、即購入を決める本はそうそうない。本書は全51局を収録しており、読み応えも十分。観戦記のバイブルと言って差し支えないと思う。マイナビさん、よく出版してくれました、とただただ感謝するのみである。先の佐藤―渡辺戦も収録されているようで、全編を読むのが楽しみである。
…とか言って、私はまだ、購入していないのだ…。早く買おう。
その頃私は、観戦記というものは、指し手の変化が満載なほど良作と考えていた。
河口五段のそれは、指し手についてはそれほど触れていなかったが、実戦心理が巧みに表現され、抜群におもしろかった。私は観戦記の別の面のおもしろさを知ったのである。
その3年後、河口五段は「勝ち将棋鬼のごとし」という本を上梓した。当時ヒラの五段(失礼)の著書は珍しく、果たして売れるのかいな、と訝った。
ところがこれが、当時「将棋マガジン」で大人気を誇っていた「対局日誌」の編集本と分かり、私は驚くとともにやや困惑した。というのも、対局日誌の筆者は川口篤という人で河口五段ではない。しかも「河口五段」は文中にもしっかり登場していた。「そういって、河口はプイと横を向いた」という按配である。だから二人が別人と考えたのは当然で、まさか同一人物とは思わなかった。
きっと河口五段は、客観的な視点で棋界内部を描きたかったのだろう。私たちは河口五段のギミックにまんまと騙され、ニヤリとしたのであった。
ともあれ「勝ち将棋――」はヒットし、以後「対局日誌」本はシリーズ化されることになる。
というわけで、河口八段はれっきとした棋士だが、ファンの間では観戦記者・将棋評論家で通っていたようである。
観戦記者としてのメインステージは、日本経済新聞の王座戦であった。当時は三象子こと加藤治郎名誉九段や、又四郎こと高柳敏夫名誉九段なども観戦記者に名を連ねており、いずれも渋い文章が光っていた。拙宅は日本経済新聞を購読していなかったので、日経読者をうらやましく思ったものである。
そんな15年前のある日、河口八段の王座戦観戦記を読む機会があった。2002年8月24日付、佐藤康光九段対渡辺明四段戦の、ある1譜だった。指し手は4手しか進まなかったが、例によって指し手の解説はなし。代わりに「棋士の顔今昔」という小見出しで、大山康晴十五世名人や升田幸三実力制第四代名人の貌を仏像などに譬えていた。観戦記に評論が混じった、これぞ河口俊彦という文章だった。ああ、この前後が読みたい、と思った。
先月、河口八段の著書が出ることを知った。「棋士の才能」(マイナビ出版・税込3,024円)といい、日経に掲載された王座戦の観戦記集とのことだった。
これは早くも大傑作の予感である。棋書は毎月何かしら刊行されているが、即購入を決める本はそうそうない。本書は全51局を収録しており、読み応えも十分。観戦記のバイブルと言って差し支えないと思う。マイナビさん、よく出版してくれました、とただただ感謝するのみである。先の佐藤―渡辺戦も収録されているようで、全編を読むのが楽しみである。
…とか言って、私はまだ、購入していないのだ…。早く買おう。