ここ数年のプロ棋界は相居飛車が全盛だが、振り飛車党の久保利明九段や菅井竜也七段がタイトル(王将、王位)を獲るなどして、ポツポツ振り飛車の将棋も増えてきた。
しかしその内容はといえば、振り飛車側が早々に角を換えて向かい飛車に振り直す、てな感じで、大山康晴十五世名人のころの角道止め振り飛車とは性格を異にしている。
いわゆる角交換振り飛車の元祖は藤井猛九段で、九段は飛車を振った時にいつも角が負担になるので、自ら角を換える手を考えたという。するとたちまちそれに倣う棋士が増え、いまは角交換振り飛車がノーマル振り飛車を駆逐してしまった。振り飛車党はみな藤井九段と同じ悩みを抱えていたのだと、私は合点したのである。
しかし頭が固い私は、振り飛車側が角道を止め、居飛車側が角交換(角頭)を狙い、ごちゃごちゃした戦いが起こる、という展開によろこびを感じる。私はノーマル振り飛車の勝局を見たいのだが、かようなわけで、それは叶わぬ夢に思われた。
ところが…。
先日、たしかネット掲示板だったと思うが、王位戦予選で井出隼平四段が渡辺明竜王を破ったという書き込みを読んだ。その時ネット民が戦型について言及していたかどうか定かでないが、四段が竜王を破るとはニュースである。
私は最近、某記譜データベースを利用していて、ヒマがあれば(というかヒマだらけなのだが)記譜を再生している。
早速渡辺―井出戦が挙げられたので、私は再生してみた。
先手が渡辺竜王で、▲7六歩△3四歩▲2六歩に△4四歩と止めたのだ。さらに▲4八銀に△4二飛。井出四段は角道止めのノーマル四間飛車で勝ったのだ!!
井出四段は藤井システム。渡辺竜王は15手目に▲7七角と上がって、早くもイビアナのニオイである。
数手後、渡辺竜王は▲9八香。井出四段は早めに右桂を跳ねたもののちょっかいを出すでもなく、渡辺竜王は労せずして穴に潜った。何てったって、「熊れば勝ち」である。この時渡辺竜王は、「この将棋もらった」と思った(と思う)。
しかし井出四段も、まあ勝ったからそう見えるのだが、ゆったりと端歩を伸ばして、悠然たるものだ。
渡辺竜王は3筋に飛車を回り、1歩を手にする。井出四段は△4二角とし、飛車交換を迫る。渡辺竜王に拒絶する理由はなく、▲3二飛成。
△3二同銀に49手目▲6五歩が渡辺竜王期待の一手で、ふつうなら居飛車持ちである。
が、井出四段は△6五同歩!
これには驚いた。たぶん、今年最も驚いた手だ。△1二香型ならいざ知らず、香を取りながらの▲1一角成を甘受する手だったからだ。
しかし…ここで△6五同歩と取りますかね。
とはいえ実戦も▲1一角成と進み、アマ同士なら居飛車が勝つ棋勢だ。
数手後の▲1二飛に△3一歩。そして▲3三歩。後手は受けようがないから、先手が防波堤を崩してくる前に攻め倒さなければならない。しかし先手は鉄壁の穴熊である。どうするのだろうと思った。
井出四段は9筋に味をつけて、△6六香と金取りに打つ。先の△6五同歩を最大限に活かした形で、後手の駒も目一杯働いている。
渡辺竜王▲3二歩成に、井出四段は△9七角成! 行きがかりとはいえ、一時的に角香交換だから、これもすごい手だ。
▲9七同桂△6七香成でほぼ角損となったが、先手は1~3筋の飛車、馬、と金が渋滞しているようで、見た目ほど形勢は離れていないように見える。
渡辺竜王は▲4六角と竜取りに打ち、▲1九角と竜を取った。しかし井出四段は△8九金打としがみつき、▲9八玉に△7八金引。この局面、駒割は飛角銀と金金の交換だから、後手が相当ひどい。しかし気分的には、後手に楽しみがありそうである。ふつう、駒損の攻めは穴熊側の専売特許で、時に「穴熊の暴力」と形容されるほどである。しかし本局は、ここでも立場が逆になっている。
井出四段は金金成香に、持ち駒の香でギリギリ4枚の攻め。これが存外振りほどきにくく、渡辺竜王は1一の馬も動員して受けに徹したが、82手目△8八銀まで受けなし。渡辺竜王の投了となった。
ふぅ~。
あまりにも見事な穴熊崩しに、私は声が出ない。
井出四段は先日の王座戦五番勝負第1局でAbemaTVに解説者として出演したが、もうひとりの解説者の中田功七段があまりにも早見えなので、井出四段の影は薄かった。しかし時の竜王を破るとは大殊勲で、実力のあるところを世間に知らしめた。
ともあれ、振り飛車がイビアナ相手にこんな指し回しができれば、十分である。
これから角道止めのノーマル振り飛車が復活しそうな予感がするのだが、気が早いだろうか。
しかしその内容はといえば、振り飛車側が早々に角を換えて向かい飛車に振り直す、てな感じで、大山康晴十五世名人のころの角道止め振り飛車とは性格を異にしている。
いわゆる角交換振り飛車の元祖は藤井猛九段で、九段は飛車を振った時にいつも角が負担になるので、自ら角を換える手を考えたという。するとたちまちそれに倣う棋士が増え、いまは角交換振り飛車がノーマル振り飛車を駆逐してしまった。振り飛車党はみな藤井九段と同じ悩みを抱えていたのだと、私は合点したのである。
しかし頭が固い私は、振り飛車側が角道を止め、居飛車側が角交換(角頭)を狙い、ごちゃごちゃした戦いが起こる、という展開によろこびを感じる。私はノーマル振り飛車の勝局を見たいのだが、かようなわけで、それは叶わぬ夢に思われた。
ところが…。
先日、たしかネット掲示板だったと思うが、王位戦予選で井出隼平四段が渡辺明竜王を破ったという書き込みを読んだ。その時ネット民が戦型について言及していたかどうか定かでないが、四段が竜王を破るとはニュースである。
私は最近、某記譜データベースを利用していて、ヒマがあれば(というかヒマだらけなのだが)記譜を再生している。
早速渡辺―井出戦が挙げられたので、私は再生してみた。
先手が渡辺竜王で、▲7六歩△3四歩▲2六歩に△4四歩と止めたのだ。さらに▲4八銀に△4二飛。井出四段は角道止めのノーマル四間飛車で勝ったのだ!!
井出四段は藤井システム。渡辺竜王は15手目に▲7七角と上がって、早くもイビアナのニオイである。
数手後、渡辺竜王は▲9八香。井出四段は早めに右桂を跳ねたもののちょっかいを出すでもなく、渡辺竜王は労せずして穴に潜った。何てったって、「熊れば勝ち」である。この時渡辺竜王は、「この将棋もらった」と思った(と思う)。
しかし井出四段も、まあ勝ったからそう見えるのだが、ゆったりと端歩を伸ばして、悠然たるものだ。
渡辺竜王は3筋に飛車を回り、1歩を手にする。井出四段は△4二角とし、飛車交換を迫る。渡辺竜王に拒絶する理由はなく、▲3二飛成。
△3二同銀に49手目▲6五歩が渡辺竜王期待の一手で、ふつうなら居飛車持ちである。
が、井出四段は△6五同歩!
これには驚いた。たぶん、今年最も驚いた手だ。△1二香型ならいざ知らず、香を取りながらの▲1一角成を甘受する手だったからだ。
しかし…ここで△6五同歩と取りますかね。
とはいえ実戦も▲1一角成と進み、アマ同士なら居飛車が勝つ棋勢だ。
数手後の▲1二飛に△3一歩。そして▲3三歩。後手は受けようがないから、先手が防波堤を崩してくる前に攻め倒さなければならない。しかし先手は鉄壁の穴熊である。どうするのだろうと思った。
井出四段は9筋に味をつけて、△6六香と金取りに打つ。先の△6五同歩を最大限に活かした形で、後手の駒も目一杯働いている。
渡辺竜王▲3二歩成に、井出四段は△9七角成! 行きがかりとはいえ、一時的に角香交換だから、これもすごい手だ。
▲9七同桂△6七香成でほぼ角損となったが、先手は1~3筋の飛車、馬、と金が渋滞しているようで、見た目ほど形勢は離れていないように見える。
渡辺竜王は▲4六角と竜取りに打ち、▲1九角と竜を取った。しかし井出四段は△8九金打としがみつき、▲9八玉に△7八金引。この局面、駒割は飛角銀と金金の交換だから、後手が相当ひどい。しかし気分的には、後手に楽しみがありそうである。ふつう、駒損の攻めは穴熊側の専売特許で、時に「穴熊の暴力」と形容されるほどである。しかし本局は、ここでも立場が逆になっている。
井出四段は金金成香に、持ち駒の香でギリギリ4枚の攻め。これが存外振りほどきにくく、渡辺竜王は1一の馬も動員して受けに徹したが、82手目△8八銀まで受けなし。渡辺竜王の投了となった。
ふぅ~。
あまりにも見事な穴熊崩しに、私は声が出ない。
井出四段は先日の王座戦五番勝負第1局でAbemaTVに解説者として出演したが、もうひとりの解説者の中田功七段があまりにも早見えなので、井出四段の影は薄かった。しかし時の竜王を破るとは大殊勲で、実力のあるところを世間に知らしめた。
ともあれ、振り飛車がイビアナ相手にこんな指し回しができれば、十分である。
これから角道止めのノーマル振り飛車が復活しそうな予感がするのだが、気が早いだろうか。