桜の花と桃の花、花びらはよく似ていて、違うのは桜色と桃色であることぐらい。そして両者の大きな違いは、桃は実がなることである。
拙宅の庭には桃の木があるのは何度も記した。初代の桃の木は、戦後拙宅に勤めていたお手伝いさん(!)が、庭に桃のタネをペッと吐いたら、それがニョキニョキ生えてきたもの。
私が小学生のころはその木に犬のリードをくくりつけていたから、(犬の小便のせいか)花も咲かず、実もならなかった。
しかし犬が死んでからは、それを待っていたかのように満開の花が咲き、目ン玉が飛び出るくらいの甘い実がなった。
しかしその桃の木は昭和58年6月の深夜、日本を縦断した大型台風の直撃を受けて、バリバリと折れてしまった。その日の昼、台風が来るから実をもいでおいたほうがよい、と父が言ったが私は受け容れなかった。それがアダとなった。
太い幹はグニャリと曲がり、凄まじい重力がかかったことを物語る。青い果実は葉っぱともどもポリバケツ2杯分になり、哀しいまでに桃の香りが漂っていたのを思い出す。
その後、折れた木の脇から新芽が生えてきたが、約10年後、その木も根元から枯れてしまった。
そこで私は山梨県の種苗業者を訪ね、1本1,500円の苗木を買ってきて、同じ庭に植えた。
品種は「白鳳」。土との相性が悪いと枯れてしまうかもしれない、と業者の言葉だったが、それは杞憂に終わり、桃の木はすくすく育っていった。自分の背丈ほどだった苗木が、いまや5メートルを越すまでになった。収穫が主なら背丈は低いほうがいいが、花を楽しむには、丈は高い方がいい。そしてこれが現在の「3代目」である。
昨年は新芽の時期に大掛かりな伐採をしてしまったため、花自体が咲かないという異常事態に陥ったが、今年はそこそこ花が咲き、それに比例してそこそこ桃の実がなった。桃は桜と違って、実の成長も楽しめるのがよい。桃の実は女性の尻を表わし、幸福をもたらすという。たしかに、あのピンクの実を眺めているだけで、幸せな気持ちになるものだ。
もっともそこに至るまでさまざまな苦労がある。夏になると、幹や葉っぱにびっしりとアブラムシがわいてくるからだ。
仕方がないから、あまり気は進まないが、農薬を撒くことになる。夏の間は、仕事の合間に農薬。それもこれも、美味い桃の実を食べるためである。
と言ってもこちらは専門業者じゃないから、すべての害虫を駆除できない。桃の実が大きくなっているころには、どこかを食われている。しかし売り物ではないから、実の一部を味わうだけでいいのである。この時期は、桃の木全体が甘い香りに包まれる。
そんな先日のことだった。庭の反対側にあるベランダに、桃のタネが落ちていたという。最初は、カラスの仕業だと思った。しかしカラスが桃の実をくわえて飛んで、ベランダで食べる姿がイメージできない。
とにかく、桃のタネがベランダに落ちている状況が2、3日続いた。桃の実は綺麗に食べられ、タネだけが残っている。カラスはこんなに綺麗に食べるものだろうか。
ある日の朝、庭に落ちていた未熟の桃数個が、やはり綺麗に食べられていた。
いやこれはおかしい、カラスの仕業じゃないぞ、とウチのオフクロや近所のおばちゃんが騒ぎ始めたころ、その「犯人」が分かった。
それは「ハクビシン(白眉芯)」だった。ハクビシンとは聞き慣れぬ名で、東京23区に住んでいる者には別世界の話だと思っていた。しかし25日の「FNNスーパーニュース」でも取り上げられていたが、近年ハクビシンは、東京23区内でたびたび目撃されているらしい。
ハクビシンはジャコウネコ科の哺乳類で、外来種。民家の屋根裏に棲み、果物が大好物。夜行性で、木登りが得意。美味しい果樹を見つけると獣道を作り、夜な夜な果実を食べにくる。どの点をとってもウチにとって不愉快な事項で、どうにもやっかいな珍獣が現われたものだ。
桃の実を横取りされるのは不愉快だが、それ以上に、我が家に棲みつかれたらオワリだ。オヤジは憤慨して、桃の実を全部取っちゃおう、と言った。
私としては、熟している実を取るのはやむを得ないこととして、まだ青い実なら、ハクビシンの目を誤魔化せるのではないか、というスタンスである。
しかし私の希望はオヤジに一刀両断され、却下。こういうときのオヤジとオフクロは、まったく融通が利かない。
グズグズしている私を横目に、オヤジは脚立から木に飛び移り、器用に桃をもいでいく。その実はまだ青すぎる…というものまでもいでいく。
チッ…。ギラギラッ容赦ない太陽が、強火で照りつけるこれからの季節に、実がピンク色になってやっと美味しくなるところだったのに、無念極まりない。気が付けば、青い果実が自転車のカゴ一杯になっていた。
桃の木は、緑一色になってしまった。
私は来年のことを考える。来年も桃の実はなるだろうが、ハクビシンが来年も舞い戻って来ないとも限らない。
FNNスーパーニュースによると、ハクビシンに狙われた果樹の持ち主は、果樹を切ってしまったという。ウチはそんなことはしないが、いざ同じ問題に直面したらどうするか。また青い実のうちに、全部もいでしまうのだろうか。
ああしかしその前に、来年になれば、我が頭はいっそう薄くなっているだろうし、老眼や乱視も進行しているだろう。オヤジも私も一つ歳を取る。まさに八方塞がりで、来年のことを考えることなど憂鬱にしかならない。
では、きょうは特別に、その桃の写真を添付しよう。
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その翌日に、枝ごと切ったのがこれ。
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桃の実4姉妹。左から、室谷由紀女流初段、山口恵梨子女流初段、中村桃子女流1級、藤田綾女流初段。
25日夜に、熟していた桃を食べた。品のいい甘さ、というべきか。気のせいか農薬の香りもして、こよなく美味かった。
拙宅の庭には桃の木があるのは何度も記した。初代の桃の木は、戦後拙宅に勤めていたお手伝いさん(!)が、庭に桃のタネをペッと吐いたら、それがニョキニョキ生えてきたもの。
私が小学生のころはその木に犬のリードをくくりつけていたから、(犬の小便のせいか)花も咲かず、実もならなかった。
しかし犬が死んでからは、それを待っていたかのように満開の花が咲き、目ン玉が飛び出るくらいの甘い実がなった。
しかしその桃の木は昭和58年6月の深夜、日本を縦断した大型台風の直撃を受けて、バリバリと折れてしまった。その日の昼、台風が来るから実をもいでおいたほうがよい、と父が言ったが私は受け容れなかった。それがアダとなった。
太い幹はグニャリと曲がり、凄まじい重力がかかったことを物語る。青い果実は葉っぱともどもポリバケツ2杯分になり、哀しいまでに桃の香りが漂っていたのを思い出す。
その後、折れた木の脇から新芽が生えてきたが、約10年後、その木も根元から枯れてしまった。
そこで私は山梨県の種苗業者を訪ね、1本1,500円の苗木を買ってきて、同じ庭に植えた。
品種は「白鳳」。土との相性が悪いと枯れてしまうかもしれない、と業者の言葉だったが、それは杞憂に終わり、桃の木はすくすく育っていった。自分の背丈ほどだった苗木が、いまや5メートルを越すまでになった。収穫が主なら背丈は低いほうがいいが、花を楽しむには、丈は高い方がいい。そしてこれが現在の「3代目」である。
昨年は新芽の時期に大掛かりな伐採をしてしまったため、花自体が咲かないという異常事態に陥ったが、今年はそこそこ花が咲き、それに比例してそこそこ桃の実がなった。桃は桜と違って、実の成長も楽しめるのがよい。桃の実は女性の尻を表わし、幸福をもたらすという。たしかに、あのピンクの実を眺めているだけで、幸せな気持ちになるものだ。
もっともそこに至るまでさまざまな苦労がある。夏になると、幹や葉っぱにびっしりとアブラムシがわいてくるからだ。
仕方がないから、あまり気は進まないが、農薬を撒くことになる。夏の間は、仕事の合間に農薬。それもこれも、美味い桃の実を食べるためである。
と言ってもこちらは専門業者じゃないから、すべての害虫を駆除できない。桃の実が大きくなっているころには、どこかを食われている。しかし売り物ではないから、実の一部を味わうだけでいいのである。この時期は、桃の木全体が甘い香りに包まれる。
そんな先日のことだった。庭の反対側にあるベランダに、桃のタネが落ちていたという。最初は、カラスの仕業だと思った。しかしカラスが桃の実をくわえて飛んで、ベランダで食べる姿がイメージできない。
とにかく、桃のタネがベランダに落ちている状況が2、3日続いた。桃の実は綺麗に食べられ、タネだけが残っている。カラスはこんなに綺麗に食べるものだろうか。
ある日の朝、庭に落ちていた未熟の桃数個が、やはり綺麗に食べられていた。
いやこれはおかしい、カラスの仕業じゃないぞ、とウチのオフクロや近所のおばちゃんが騒ぎ始めたころ、その「犯人」が分かった。
それは「ハクビシン(白眉芯)」だった。ハクビシンとは聞き慣れぬ名で、東京23区に住んでいる者には別世界の話だと思っていた。しかし25日の「FNNスーパーニュース」でも取り上げられていたが、近年ハクビシンは、東京23区内でたびたび目撃されているらしい。
ハクビシンはジャコウネコ科の哺乳類で、外来種。民家の屋根裏に棲み、果物が大好物。夜行性で、木登りが得意。美味しい果樹を見つけると獣道を作り、夜な夜な果実を食べにくる。どの点をとってもウチにとって不愉快な事項で、どうにもやっかいな珍獣が現われたものだ。
桃の実を横取りされるのは不愉快だが、それ以上に、我が家に棲みつかれたらオワリだ。オヤジは憤慨して、桃の実を全部取っちゃおう、と言った。
私としては、熟している実を取るのはやむを得ないこととして、まだ青い実なら、ハクビシンの目を誤魔化せるのではないか、というスタンスである。
しかし私の希望はオヤジに一刀両断され、却下。こういうときのオヤジとオフクロは、まったく融通が利かない。
グズグズしている私を横目に、オヤジは脚立から木に飛び移り、器用に桃をもいでいく。その実はまだ青すぎる…というものまでもいでいく。
チッ…。ギラギラッ容赦ない太陽が、強火で照りつけるこれからの季節に、実がピンク色になってやっと美味しくなるところだったのに、無念極まりない。気が付けば、青い果実が自転車のカゴ一杯になっていた。
桃の木は、緑一色になってしまった。
私は来年のことを考える。来年も桃の実はなるだろうが、ハクビシンが来年も舞い戻って来ないとも限らない。
FNNスーパーニュースによると、ハクビシンに狙われた果樹の持ち主は、果樹を切ってしまったという。ウチはそんなことはしないが、いざ同じ問題に直面したらどうするか。また青い実のうちに、全部もいでしまうのだろうか。
ああしかしその前に、来年になれば、我が頭はいっそう薄くなっているだろうし、老眼や乱視も進行しているだろう。オヤジも私も一つ歳を取る。まさに八方塞がりで、来年のことを考えることなど憂鬱にしかならない。
では、きょうは特別に、その桃の写真を添付しよう。
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その翌日に、枝ごと切ったのがこれ。
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桃の実4姉妹。左から、室谷由紀女流初段、山口恵梨子女流初段、中村桃子女流1級、藤田綾女流初段。
25日夜に、熟していた桃を食べた。品のいい甘さ、というべきか。気のせいか農薬の香りもして、こよなく美味かった。