武田方は孔明の八陣の謀りを仕向けているので、死門を承った日向大和守の軍勢は、しばし長尾勢の先陣を引き受け戦っていたが、次第に切り崩されて敗走した。
即ち、敗走する日向勢を追って死門に突入する越後勢を取り込めて殲滅するのが八陣の法であるが、なんと死門に入った越後勢は日向勢を追うことをやめて、前後に勢を入れ替えながら向かったのは飫冨兵部少輔、真田弾正忠、穴山伊豆守の三頭の備えであった
これに越後勢は奇計をもって打ちかかれば、初手の狂いに武田勢は不意を突かれたが、さすがは強者揃う武田勢であれば、一歩たりとも引くことなく、目まぐるしく入れ替わって攻め寄せる越後勢に、必死の戦を挑む
武田勢は味方を励まし、両軍の諸士相まみえて猛虎の吠えるがごとく、血煙を空にたなびかせて我劣らじと挑み戦う
真田弾正忠は槍を絞って真っ先に突き進み、向かう敵を三騎つき伏せる
それは修羅王の如く、猛勢あたりがたく見えたが、須田相模守の組士、石田原左右左衛門と名乗り、弾正忠に槍を合わせる
一往一来、戦ううちに真田が猛って一声喚くと同時に石田原の胸板を一突きにして突き落とす
間瀬刑部が続いて真田に突きかかれば、これまた激しく突きあううちに、真田の槍は間瀬の胸板を貫く
長尾方の大将は、柿崎和泉守景家、鉄棒の如き大太刀を軽々と振り回し、当たるものを薙ぎ打って切って回る
この大太刀に触れた者は、いかなる堅い甲冑であっても草を薙ぐがごとく、やすやすと切り裂いてしまう
武田方の遠藤伊賀守、剛勇無双の勇士、長刀を風車のように振り回し、柿崎をひと刎ねにしてやらんと喚いてかかり、秘術を尽くして戦えば
これを見て、伊賀守の舎弟、遠藤軍太夫、兄に力を合わせて柿崎を討たんと大身の槍をしごいて左右から攻めかかる
和泉守、左右の難敵を火花を散らして戦うところに、柿崎の組大将、下平弥七郎見参と叫び、「某、いまだ良き敵を見つけえず、その敵を一人、某に与えたまえ」と伊賀守に突きかかった
遠藤は怒って身を返さんとするところに、弥七郎は素早く馬を寄せて、遠藤の馬の腹を二突きすれば、馬、人ともに崩れ落ちて倒れる
弥七郎、飛び降りて遠藤の首を取る
弟、軍太夫も柿崎と打ちあっていたが、槍の柄を柿崎に切り折られるところを、柿崎が飛び込んで軍太夫の冑を頭上から胸板まで、唐竹割りに切り割れば、あまりのすさまじさに見る者はみな怖気づいた。