ハイビスカスである。これからが本領発揮と言ったところである。隣にある沈丁花を凌駕することは目に見えているので時季が来たら剪定をしないといけないし、沈丁花も透いてやらなければならん。
前方部が盛り上がっていることと、車の後部が後円部で、削られているのがお判りになると思う。その手前に武人が建てられている。本来は括れの部分の手前であったろう。丁度説明看板が建てられている辺りであったろう。
この向きから見るのが前方後円墳の正面であろう。
なんだかな・・離れ難しで、後ろ髪を引かれてしまう。そうそう、最後になってしまったが築造時期は六世紀中頃で、周溝を持っていた。小ぶりの前方後円墳ではあるが築造時は秀麗な墓であったろうと推察できる。
フタツカサンの別名があるのもお判りであろう。周囲にも古墳があったであろうが・・・