かねやんの亜細亜探訪

さすらうサラリーマンが、亜細亜のこと、ロックのこと、その他いろいろ書いてみたいと思ってますが、どうなることやら。

隠岐巡り その3

2023年04月08日 | Other Western Japan


今日は、早くも隠岐ツアー最終日。
まずは、西ノ島の別府港から、島後・西郷港へ。
ジェットフォイルで、スピードはフェリーの倍?
別府港近くには、後醍醐天皇ゆかりの地があるが、島後にもあり、真相は、藪の中?
西ノ島には、出港した港まで、特定されていたが。



島後に戻ってまず向かったのは、モーモードーム。
牛突きが行われる。
牛突きは、全国に残るが、牛突きの名は、ここだけ。
かつ、人が付いて牛を操りながら戦う。
以前は、隠岐4島で行われていたが、今も残るのは、島後のここだけ。
年4回公式試合がある他、ツアーがある時のみ勝負なしの牛突き(ショー)が行われるという。
伝統継承も大変だが、気合いの入った戦いを見せてくれた。



その隣に隠岐国分寺がある。
聖武天皇の時代に創建されたが、御堂は、その後何度も建て替えられた。
特に、廃仏毀釈時は、酷かったという。
ただ、その境内がそのまま残されて、寺として残っているところは、珍しい。



島後では、隠岐国分寺に、後醍醐天皇がおわしたことになっている。
この碑は、近衛文麿揮毫。
軍拡主義に突き進んだ時代だった。



ここが、元本殿のあったところ。
礎石のみが残る。



敷地内に、蓮華会之館が併設されていて、アジア各国の踊りが継承されていて興味深かった。



東大寺の開眼会を思い起こさる舞が長く受け継がれてきたという。
雅楽よりも、より広い地域の影響を受けている舞のように見えるが。
かつては、120種あった舞が、今は、7種になったというが、大切に引き継がれている。
ビデオをでダイジェスト版を見ることができた。



今回の訪問地の最後は、玉若酢命神社。
何度も前は通ったが、最後に訪れた。



この杉は、八百杉と言って、島内では、かぶら杉、乳杉と共に、三大杉に数えられている。
推定樹齢は、2000年以上。
落雷により、背丈は短くなってしまったが、太さは、確かに太く、根本の周りは、20mを超える?



社殿は、江戸時代の物だが、重文に指定されている。
一宮ではないが、隠岐の総社の地位にある。



縄の重さは、1t以上。
伝統の重さを感じさせる。



最期は、黒磯牛のロースビート丼。
以前の行程では、海鮮が続いたので、他種の料理も入れて欲しいという意見があったそうだ。
頭数が少ないので、希少価値だそうだ。
確かに美味しかった。

1と3日目は、時間がやや短かったけど、驚きの3日間だった。
交通の便がいまいちだが、便利になったらその良さも失われてしまうかもしれないし。

この恵まれた自然を生かして、頑張って欲しい。
コメント
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