法律学を学んでいて、感じることのひとつは、生殖医療に関連する法律が、日本では、立ち遅れているということ。
生殖医療や、それに関連するニーズのほうが、進歩が速すぎるのではあるけれども、かといって放置してよいものではないはず。
今後の国会や各医療学会の検討が進むことを期待をしています。
以下は、警鐘を鳴らす論考や、問題事案のひとつ。
********先端技術の視点から 朝日新聞20170323********
(私の視点)進むゲノム編集技術 法整備へ、まずは議論を 石井哲也
2017年3月23日05時00分
遺伝子を自在に改変できる「ゲノム編集」技術が世界的に普及し、農業や医療で応用が進んでいる。この技術はヒト受精卵にも使われ、中国から既に3例が論文になった。2015、16年の二つの論文は不正確な遺伝子改変など技術上の課題を示したが、今年3月の3本目の論文は「生殖医療」への応用につながる可能性を示した。人類は自らの遺伝子を変える力を手にしつつある。
これらの研究の目的は、受精卵の段階で遺伝子疾患の原因となる変異を修復して、生まれてくる子の発症を予防することであり、一見、妥当にみえる。しかし、ゲノム編集は誤って新たな変異を起こすこともある。受精卵を子宮に移植する前に遺伝子検査は可能だが、小さな変異は見落としかねない。その結果は子の全身の細胞に影響し、想定外の疾患を起こす恐れがある。ヒトの生命の萌芽(ほうが)に両刃の剣を振りかざす医療を今、目指すべきだろうか。結果次第では人工妊娠中絶もありえる。
胎児や受精卵を犠牲にしても、健康な子が持てるなら研究は容認するという人もいるかもしれない。
でも、受精卵診断の例を見てほしい。1998年、日本では社会の合意がないまま、疾患変異の検査目的で研究が始まり、今年は不妊治療目的にも拡大する。海外では既に男女産み分けサービスに堕落した。技術は当初の目的にとどまらず、容易に別の目的に転用できる。受精卵のゲノム編集が、親が望む容姿や資質を持つ「デザイナーベビー」製造に転落しないとは誰も断言できない。
この問題の一般公開シンポジウムが欧米で開かれ、私も様々な声を聞いた。全米科学アカデミーは今年2月、社会合意を前提条件に、規制と監視の下という事実上不可能なほど厳しい条件を課して、重篤な遺伝子疾患が子に確実に遺伝する場合に限り、将来容認しうると最終報告した。一方の日本は、内閣府調査会が検討を始めたが、中間まとめで、世論を十分に聞かないまま、受精卵ゲノム編集の基礎研究を学会審査に委ねようとしており、極めて奇異だ。
日本はクリニック数および治療回数ともに、世界一の生殖医療超大国だ。にもかかわらず、生殖医療に直接関係する法律はない。厚生労働省指針は生殖細胞、受精卵の遺伝子改変を禁ずるが、受精卵ゲノム編集は規制対象外の部分がある。技術の進歩が規制を超えたのだ。
私には、今、日本で自由にヒト受精卵や精子や卵子などのゲノム編集研究を進めるのは危険な社会実験としか思えない。まず一般の人々との対話を深めることが先決だ。そして、生殖医療と関連研究を国会で議論し、法律を制定すべきだ。
(いしいてつや 北海道大学教授〈生命倫理学〉)
*******社会的な問題点の視点から 朝日新聞20170323******
「出自を知る権利」課題 第三者卵子、国内初の出産 「法整備を急いで」
2017年3月23日05時00分
自分の卵子で妊娠できない女性に、匿名の第三者からの無償での卵子提供を仲介するNPO法人「OD―NET」(神戸市)は22日、提供卵子を使った体外受精で女児1人が国内で初めて誕生したと発表した。卵子提供で生まれた子どもの法的な位置付けは明確ではなく、関係者は法整備の必要性を訴える。子どもの「出自を知る権利」の確保も課題となる。
出産したのは、若いころに月経がなくなる「早発閉経」の40代の女性。2015年に提携する医療機関で提供者から23個の卵子を採取し、夫の精子と体外受精させ、成長した11個を凍結。提供者に感染症などがないことを確認した上で、妻の子宮に1個を移植した。1度目は流産したが、2度目の16年4月に妊娠し、今年1月に女児を出産した。体外受精の費用は夫婦側の負担で、計100万円ほどかかった。
子どもには、3~5歳ごろから卵子提供の事実を伝え、15歳以上で本人が希望すれば、提供者の氏名や連絡先などの情報が医療機関から渡されることに夫婦は同意したという。提供者との面会を希望した場合には提携する医療機関で調整する。こうした条件には提供者も同意しているが、強制力はなく、最終的には当事者の判断に委ねられる。
NPOによると、他にも提供卵子を使った受精卵で2人が妊娠中のほか、1人が流産した。
現行の民法では「生みの親」が母親とみなされるが、卵子提供による子どもの誕生は想定していない。厚生労働省の有識者会議は03年、匿名の第三者からの無償での卵子提供を認める報告書をまとめたが、法整備は進んでいない。自民党の合同部会は16年、卵子提供を受けた場合でも「産んだ人が母」とする法案を了承したが、提出の見通しは立っていない。
日本産科婦人科学会は指針で体外受精は事実婚を含む夫婦に限っており、第三者からの卵子提供について「国の法整備を待つべきだ」との方針を示している。日産婦の苛原稔・倫理委員長は「現場に混乱がないように法整備を急いで欲しい」と話した。
NPOの岸本佐智子理事長も「生まれてくる子どもたちの生活や福祉が守られるためにも法制化が必要。悩んでいる夫婦の声に耳を傾けて欲しい」と訴えた。
生殖医療に詳しい日比野由利・金沢大助教(社会学)は「日本の現状では、親が子どもに提供の事実を伝えなければ、子どもは知ることさえできない。生まれてくる子どもを独立した人格と認め、提供を受けたことを子どもにきちんと伝えることが望ましい」と話す。(福宮智代、佐藤建仁)
生殖医療や、それに関連するニーズのほうが、進歩が速すぎるのではあるけれども、かといって放置してよいものではないはず。
今後の国会や各医療学会の検討が進むことを期待をしています。
以下は、警鐘を鳴らす論考や、問題事案のひとつ。
********先端技術の視点から 朝日新聞20170323********
(私の視点)進むゲノム編集技術 法整備へ、まずは議論を 石井哲也
2017年3月23日05時00分
遺伝子を自在に改変できる「ゲノム編集」技術が世界的に普及し、農業や医療で応用が進んでいる。この技術はヒト受精卵にも使われ、中国から既に3例が論文になった。2015、16年の二つの論文は不正確な遺伝子改変など技術上の課題を示したが、今年3月の3本目の論文は「生殖医療」への応用につながる可能性を示した。人類は自らの遺伝子を変える力を手にしつつある。
これらの研究の目的は、受精卵の段階で遺伝子疾患の原因となる変異を修復して、生まれてくる子の発症を予防することであり、一見、妥当にみえる。しかし、ゲノム編集は誤って新たな変異を起こすこともある。受精卵を子宮に移植する前に遺伝子検査は可能だが、小さな変異は見落としかねない。その結果は子の全身の細胞に影響し、想定外の疾患を起こす恐れがある。ヒトの生命の萌芽(ほうが)に両刃の剣を振りかざす医療を今、目指すべきだろうか。結果次第では人工妊娠中絶もありえる。
胎児や受精卵を犠牲にしても、健康な子が持てるなら研究は容認するという人もいるかもしれない。
でも、受精卵診断の例を見てほしい。1998年、日本では社会の合意がないまま、疾患変異の検査目的で研究が始まり、今年は不妊治療目的にも拡大する。海外では既に男女産み分けサービスに堕落した。技術は当初の目的にとどまらず、容易に別の目的に転用できる。受精卵のゲノム編集が、親が望む容姿や資質を持つ「デザイナーベビー」製造に転落しないとは誰も断言できない。
この問題の一般公開シンポジウムが欧米で開かれ、私も様々な声を聞いた。全米科学アカデミーは今年2月、社会合意を前提条件に、規制と監視の下という事実上不可能なほど厳しい条件を課して、重篤な遺伝子疾患が子に確実に遺伝する場合に限り、将来容認しうると最終報告した。一方の日本は、内閣府調査会が検討を始めたが、中間まとめで、世論を十分に聞かないまま、受精卵ゲノム編集の基礎研究を学会審査に委ねようとしており、極めて奇異だ。
日本はクリニック数および治療回数ともに、世界一の生殖医療超大国だ。にもかかわらず、生殖医療に直接関係する法律はない。厚生労働省指針は生殖細胞、受精卵の遺伝子改変を禁ずるが、受精卵ゲノム編集は規制対象外の部分がある。技術の進歩が規制を超えたのだ。
私には、今、日本で自由にヒト受精卵や精子や卵子などのゲノム編集研究を進めるのは危険な社会実験としか思えない。まず一般の人々との対話を深めることが先決だ。そして、生殖医療と関連研究を国会で議論し、法律を制定すべきだ。
(いしいてつや 北海道大学教授〈生命倫理学〉)
*******社会的な問題点の視点から 朝日新聞20170323******
「出自を知る権利」課題 第三者卵子、国内初の出産 「法整備を急いで」
2017年3月23日05時00分
自分の卵子で妊娠できない女性に、匿名の第三者からの無償での卵子提供を仲介するNPO法人「OD―NET」(神戸市)は22日、提供卵子を使った体外受精で女児1人が国内で初めて誕生したと発表した。卵子提供で生まれた子どもの法的な位置付けは明確ではなく、関係者は法整備の必要性を訴える。子どもの「出自を知る権利」の確保も課題となる。
出産したのは、若いころに月経がなくなる「早発閉経」の40代の女性。2015年に提携する医療機関で提供者から23個の卵子を採取し、夫の精子と体外受精させ、成長した11個を凍結。提供者に感染症などがないことを確認した上で、妻の子宮に1個を移植した。1度目は流産したが、2度目の16年4月に妊娠し、今年1月に女児を出産した。体外受精の費用は夫婦側の負担で、計100万円ほどかかった。
子どもには、3~5歳ごろから卵子提供の事実を伝え、15歳以上で本人が希望すれば、提供者の氏名や連絡先などの情報が医療機関から渡されることに夫婦は同意したという。提供者との面会を希望した場合には提携する医療機関で調整する。こうした条件には提供者も同意しているが、強制力はなく、最終的には当事者の判断に委ねられる。
NPOによると、他にも提供卵子を使った受精卵で2人が妊娠中のほか、1人が流産した。
現行の民法では「生みの親」が母親とみなされるが、卵子提供による子どもの誕生は想定していない。厚生労働省の有識者会議は03年、匿名の第三者からの無償での卵子提供を認める報告書をまとめたが、法整備は進んでいない。自民党の合同部会は16年、卵子提供を受けた場合でも「産んだ人が母」とする法案を了承したが、提出の見通しは立っていない。
日本産科婦人科学会は指針で体外受精は事実婚を含む夫婦に限っており、第三者からの卵子提供について「国の法整備を待つべきだ」との方針を示している。日産婦の苛原稔・倫理委員長は「現場に混乱がないように法整備を急いで欲しい」と話した。
NPOの岸本佐智子理事長も「生まれてくる子どもたちの生活や福祉が守られるためにも法制化が必要。悩んでいる夫婦の声に耳を傾けて欲しい」と訴えた。
生殖医療に詳しい日比野由利・金沢大助教(社会学)は「日本の現状では、親が子どもに提供の事実を伝えなければ、子どもは知ることさえできない。生まれてくる子どもを独立した人格と認め、提供を受けたことを子どもにきちんと伝えることが望ましい」と話す。(福宮智代、佐藤建仁)