紙製またはプラスチック製の現行保険証を廃止する法律が本年6月2日に成立し、その施行日は、最長で来年12月となる。法律の変更がなければ、現在の医療、介護、自治体の現場の過度な負担や混乱が生じ続けることが懸念される。
また、現政府が前提としている「誰一人取り残さない」医療Dxの方針には齟齬がある。すなわち、機微な個人情報の漏洩などを理由にマイナンバーカードを持ちたくない人、高齢者、障がい者らを取り残してしまう政策方針である。
さらには、1961年から60年間、国民皆保険制度を根幹とした世界に冠たる日本の医療が、制度の基盤が揺るぎ、崩壊する可能性があるため、保険証の廃止の延期を求める。
以下、理由を述べる。
1、病名・治療歴などの個人情報が民間営利企業に漏洩するリスクが高い点
ヒポクラテスの時代から現代まで、医師はプロフェッションとして、営利ではなく、人の病(やまい)や悩みという公益に奉仕し、それを天地神明に誓って尽力してきた。また、どの時代でも倫理上も法律上も、被保険者の個人情報について守秘義務を負ってきた。最も懸念するリスクは、これら医療の大原則が大きく崩れることとなる個人情報のセキュリティーにおける根本的な欠陥である。
マイナ保険証を用い、医療機関側に義務化される「オンライン資格確認システム」が独占的に委託されたNTT回線を通じ、手始めとして医療者が、当該被保険者のレセプト情報から過去の投与薬剤を知ることができる仕組みとなる。将来的には、本システムを拡充した「全国医療情報プラットフォーム」を創設し、標準化電子カルテ等の医療・介護全般にわたる情報について、行政と医療・医学分野だけでなく、産業界でも利活用が図られることとなる。
それら被保険者の医療情報の公開が、「識別データ」と「データ主体」との関連性を極めて厳正に取り除く「非識別化」がなされるべきところ、「匿名加工」のみで公開され、病名・治療歴などの「識別データ」と「データ主体」である本人が容易に統合・「再識別化」がなされてしまう。同時に、被保険者情報の公開すべき内容についての被保険者自らによる「情報自己コントロール権」も保障されていない。
実際、厚労省は、2022年8月に指定難病患者5640名分の氏名・生年月日・住所等の個人情報を流出させている。同年9月には、「オンライン資格確認システム」でネットワーク回線としてNTTデータ社から、約9万5千人分の患者医療情報を利活用するにあたって、事前に本人通知せずにデータベースへ混入している。情報漏洩、ランサムウェア等のウイルス感染、不正アクセス、システム障害などの医療情報セキュリティ事件は、全国各地の病院で発生があとを絶たないのが現状である。
患者や関係者の利益保護や危険防止等のために、一定の情報開示を行うことは認められても、このような不完全で脆弱な情報プラットフォームのままでの本制度の運用は、医療・介護全般にわたる患者情報が、無条件で、産業界、民間企業に共有・交換される事態となり、看過することができない。
なお、オンライン資格確認システムの医療機関への設置義務化は、法律の委任なしに厚労省が進めた省令であり、明白な憲法・法令違反があるため「オンライン資格確認義務不存在確認等請求訴訟」として現在行政裁判が進行している。
2、マイナンバーカード取得率が未だに7割である点
法律上マイナンバーカードの取得は、任意である。そのマイナンバーカードに、本人の申請があれば、マイナ保険証機能が付与される。2016年(平成28年)マイナンバー制度が開始され7年が経過したが、ここ中央区でも、カード所持者は7割程度で、残り一年で100%となる蓋然性は低い。
マイナ保険証を作れない方・作りたくない方へは、「資格確認証」が発行される。しかし、それは、現行保険証となんらかわりのない機能のものである。未だに明らかにされないその「資格確認証」の発行手続きに切り替えるより、現行保険証を存続させるほうが、コストも安価で、自治体の事務作業も簡便であり、60年以上機能した制度として確実である。
特に、来年度の中央区予算案を作成する時期に「資格確認証」の事務運用内容が明らかにされていないことは論外であり、予算を欠いた事業に議会は責任を持てない。確実なものとして、現行保険証の存続が必要である。
合わせて、「資格確認証」を発行すべき区民を、国民年金課なり、後期高齢者広域連合なり、事務を担当する部署が把握することが、現行のシステムでは不可能である。
このままでは、多大な現場での事務負担の発生と、「資格確認証」を所持できず、医療アクセスに困難を来たす区民が出ることが懸念される。
3、医療現場におけるマイナ保険証利用率が4−5%である点
一年前の完全切替えを目前にして、マイナ保険証利用は現在も低下し続け4−5%に落下し、一年後に100%とするのは、到底無理であろう。
被保険者側に、マイナ保険証利用のメリットが感じられないのであれば、切替のインセンティブが働かないのは当然である。電子処方箋でなければ、薬剤情報も、レセプトデータを活用するため1ケ月程度遅れた処方の検索しかできず、直近の処方を知りたい医療現場にメリットは無い。「お薬手帳」利用で要は足りている。
逆に、請願文からも理解されるように、実際に医療現場では、マイナ保険証利用に伴うトラブルが生じており、医療者からマイナ保険証の使用は勧め難い。
そもそも、マイナ保険証での資格確認でトラブルが発生したとしても、多くの被保険者が、保険診療を受診できているのは、現行保険証を同時に持参しているからである。
4、被保険者本人・家族、介護現場及び自治体の現場で過度な負担が生じる点
認知症のある方や障がいのある方でも、マイナ保険証を申請するには、役所に出向くことが原則となっている。それができない場合、自治体職員が被保険者を訪問してマイナ保険証の作成手続きを行うことになる。被保険本人・家族が役所に行くことも、役所側から訪問することも、多大な労力がかかる。
このことからも、来年の完全切換えに間に合わせることは非現実的であり、その後も、この状況が5年おきの更新時に繰り返される。
また、介護施設では、認知症などの方の保険証を第三者が預かることになるが、マイナ保険証を預かることは、マイナンバーカードと暗証番号の双方を預かることとなり、その管理は、実印と印鑑を預かるようなもので介護現場の過大な負担となる。
以上を勘案すると、請願者が述べるように、情報セキュリティーが万全に整備され、誰もが安心して医療を受けられるようになるまでは、現行保険証を存続すべきであり、その旨、自治体の現場を知る地方議会より意見書を国に届ける趣旨の本請願は、採択すべきと思料する。
以上