北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

新聞に載るような人

2005-06-27 23:50:45 | Weblog
 天気がどんより。梅雨がないのは救いだが、一雨欲しくなる頃でもありますね。

  
 さて今日は、
■友遠方より来たる の1本です。

【友遠方より来たる】
 あろうことか、地元紙の北海道新聞の2面の「ひと」欄で、随分前に取材を受けた内容で私が紹介されていた。

 義父に言わせると「今までのなかで一番写真写りが良いんでないの?」ということだが、まあ事件の犯人のようだ。

 言っていた事は勝手な事ばかりなのでここでもう一度触れたくもないけれど、財政再建を始め、生活のレベルは変えたくないけれど負担はしたくないという身勝手なわがままがいつまでも続くわけはなく、そういう誰にでもある「楽をしたい」という気持ちをどこかで切り替えなくてはこのままの社会ももたないなあ、という気持ちでいたときである。

 だから誰もが「もっているものを進んで差し出すような推譲の精神でなくてはならず、公務員は特に世間様からそう言う目で見られていることを忘れてはいけません」的なことを言ったのだが、まあそういう風なトーンで書いてくださっておりました。

 「自宅で蕎麦を打ち、スローライフを実践している」ことになっているので、そろそろやらなくてはいけないね。少しさぼりすぎたのだが、こちらではなかなか鰹節のお店が見つからなくて苦労している。
 もっとも簡単に買いに行くのも難しいのだが。

    *   *   *   * 

 そんな新聞記事を見て、昔の知人の何人かから電話が来て「見ましたよ」と行ってくださった。さすがは天下の北海道新聞、購読者は多いね。

 同僚の職員が、私共々伺う打ち合わせを相手としていて、「今度うちの企画官の小松と行きますので…え?ご存じない?今日の新聞の2面に出ていますからご覧になってください」と冗談半分に言っているのが聞こえた。

 それは今日だけに通じる紹介の仕方だな。

    *   *   *   * 

 掛川でPFIの調査を行ったときに手伝ってくれたM総研のHさんが偶然訪ねてきて、旧交を温めあう。

 「個別の世界の中では正解で適正な『部分適合』の総和は全体で適合しないという事がよくあるんですよね」と言うので、
 「その通りですよ。合成の誤謬(ごびゅう)というやつですよね」と応えた。

 合成の誤謬とは、それ自体は合っている事でも全部足すと間違ってしまうと言う意味で、良質のミネラルとビタミンとタンパク質と脂肪を取る事で健康になろうとして結果食べ過ぎて太ってしまうようなもの。

 個々のことなら合っているのにね。

 日本の全体は誰が面倒を見ているのだろうか。小泉首相でもなさそうだし、国会でもなさそうだ。霞ヶ関の力学を調整しているのはだれなのか。

 同じくHさんが、「イギリスにいたときに、庶民が国政に全く関心を持っていないのに驚いて、『それで良いのですか?』と訊いた事があるんです」
 「へえ、その答えはなんだったのですか?」

 「それは、『政府が何か間違った事をしたときはマスコミが正してくれるから大丈夫』という答えでした。羨ましいと思いましたよ」とのこと。

 なんだか何もかもが正しい道筋を求めつつ、得られないような時代である。

 大体私の記事なんか書いていていいのかー!? …まあ、それくらいはご愛敬でいいか…。
コメント
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