
息子と娘をつれて鰻屋に行った帰り道、鰻屋の勘定が思ったより安かったことが気にかかっていた。
「ちょっとまてよ……」
とわたしは足を止めた。
「鰻丼三つに酢の物一つだろ、それにオレンジジュース2本にお銚子2本……」
指をおって計算しているわたしを、息子と娘がけげんそうな顔で見上げている。二人ともまだ小学生だった。もう十数年も前の話である。
「酢の物の分、抜けてたな」
とつぶやき、額も少ないし店も出ちゃったしマアいいかと思い、わたしは歩き出した。
(ちょっと得したな)
という思いがそのときなかったといったらウソになるだろう。
「鰻屋、勘定まちがえたんだよ」
と、家に帰ってから家内に話した。得したよ、という響きがあったにちがいない。
それをそばで聞いていた息子が、非難がましい面持ちで言った。
「お父さん、あのとき返してこいと言ってくれれば、走って返してきたのにィ」
「………」
そう、わたしの息子はほんとうに立派なのです。むこうがまちがえたんじゃないか、まちがえた方が悪い、などとは決して言わない。
愚直かもしれないが、そのほうが真っ直ぐでまっとうな考え方であろう。
「負うた子に教えられ」た出来事であった。
その立派な息子、今はどうかって? 今も正直、素直、真っ直ぐだと思いますよ。(たぶん)
それに、息子に指摘された酢の物代、返しに行ったかって?
「残念ながら、おぼえておりません、ハイ」
2002.3.16