気のおけない馴染みの飲み処を持つことは、酒飲みにとっては一つの幸せであろう。
ママさんが一人で、あるいは夫婦二人でやっている小さな小料理屋など、なかなかいいものである。
ひじきの煮物などをお通しに、燗酒をついでくれながら、
「どうですか? その後お母さんの具合は」
などと聞いてくれるママがいる。
「こないだ、ついに行ってきたよ、ほら、あんたの言ってたあそこ」
などと話題を提供してくれる飲み友達がいる。
そういう店には、常連としての‘自分の居場所’がある。
女房の酌で一杯、というのもいいだろうが、たまには家庭からも会社からも離れた時間、空間を持ってもいいじゃないか♪、と思う。
ちなみに家(うち)などは、要求しないかぎりお酌なんかしてくれない。家内は缶ビールを勝手にプシュッとあけると、コップについで自分で飲んでしまう。
まあそれはともかく、初めての店に行ったり、酒も料理もうまい有名店に行ったりするのは期待で胸がはずむが、気心が知れ、勘定も予想のつく馴れた店には、胸ははずまなくてもやすらぎがある。
以前は、わたしにも池袋と神楽坂にそんな店があった。しかし、どちらも女将が高齢のため店仕舞いをしてしまった。
今は、自分の居場所がここにあると思えるほどの店はない。
それじゃあ、あっちこっち浮気しないで、一つところに通いつめればいいじゃないの? ということになるが、それがそう簡単ではない。
若いときほど飲み歩かなくなったし、あちこち行っても、以後通いたくなるような店にはまず行き当たらない。
客としての自分のありようを棚に上げて言えば、齢を重ね少なからぬ飲み処を見てきて、こちらの要求水準も少し高くなりすぎたかもしれない。
わたしの要求水準とすれば、つぎの三つくらいになるだろうか。
一つは主人なりママが、話をよく聞いてくれる(客全員に対して)。
二つ目は親しくなっても、狎れあわない(あくまでも客を客として遇してくれる)。
三つ目は店内が清潔で、どこか凛としている(たとえば、ぐだぐだ酔った初客の来訪は、丁重に、しかも毅然として追い返す)。
この水準を満たし、しかも若くて(40代くらいがいいかな)美人のママがいるところなど、……いいですねェ、うん。
そんな店なら、居場所があって、胸もはずむかもね……、うん。
その代わり、向こうの要求水準も特別高いかもしれないから、追い返されないように気をつけなくちゃあね。
2002.8.17
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