先日来より、モジックス氏のセブンイレブン擁護記事に関して、私なりのコメントを述べてきた。私の記事を彼が読んでいるかどうかは分からないが、彼の今日の記事「八田達夫『ミクロ経済学』 終章「効率化政策と格差是正政策の両立」」についても若干のコメントをしたいと思う。
さすがに、セブンイレブン擁護に関しては、<私の意見が愚論として笑われたり、無視されてもそれほどこだわりはないが>としてひっこめたようだが、論点を「解雇規制や借地借家法」に変え、<いまの日本の「構造」問題の核心ともいえる部分であり、私は強いこだわりを持っているので、ぜひもっと多くの人に目を向けてほしいと願っている>として、経済学者の八田達夫氏の著書を引用している。
引用された内容については、本記事中にリンクを張っているモジックス氏の記事を読んでほしいが、以下のことを指摘したい。
経済学は、現実から抽象した定性的なモデルを使って議論されることが多い。だから、意識しているにせよしていないにせよ、どんなモデルを頭に描いているかで結論が変わってくる。しかし、そのモデルが、必ずしも、現在解明したい現象に合致しているかどうかは保障されていないし、実験できないのであるから確かめようもない。だから色々と意見が分かれるし、多数派が必ずしも正しいとは限らない。
今日のモジックス氏の記事については、本ブログの過去記事である「書評 経済学の考え方」から引用して反論としたい。「経済学の考え方」の著者である宇沢弘文氏は、日本人で最もノーベル経済学賞に近いと言われている方である。なお、この文章はあくまでも宇沢氏の著書の内容に対する私の理解であるということは念のため付け加えておく。
<この本で紹介されている、「ソースティン・ヴェブレン」という経済学者の考えは特に興味深い。彼は、1904年に発表した「営利企業の理論」とという書物の中で、産業革命以来生産の大部分が機械を用いて行われるようになったことを重要視している。この機械を用いるために、生産は固定化して、市場の条件に合わせて自由に調整することができないというのだ。固定性が見られるのは、機械だけでなく熟練労働などの生産要素についても当てはまる。だから実質賃金と労働の限界雇用で労働市場が均衡すると言うのは空想の世界に過ぎない。100年以上前の思想にもかかわらず、今でも立派に通用すると思うのであるが。>
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さすがに、セブンイレブン擁護に関しては、<私の意見が愚論として笑われたり、無視されてもそれほどこだわりはないが>としてひっこめたようだが、論点を「解雇規制や借地借家法」に変え、<いまの日本の「構造」問題の核心ともいえる部分であり、私は強いこだわりを持っているので、ぜひもっと多くの人に目を向けてほしいと願っている>として、経済学者の八田達夫氏の著書を引用している。
引用された内容については、本記事中にリンクを張っているモジックス氏の記事を読んでほしいが、以下のことを指摘したい。
経済学は、現実から抽象した定性的なモデルを使って議論されることが多い。だから、意識しているにせよしていないにせよ、どんなモデルを頭に描いているかで結論が変わってくる。しかし、そのモデルが、必ずしも、現在解明したい現象に合致しているかどうかは保障されていないし、実験できないのであるから確かめようもない。だから色々と意見が分かれるし、多数派が必ずしも正しいとは限らない。
今日のモジックス氏の記事については、本ブログの過去記事である「書評 経済学の考え方」から引用して反論としたい。「経済学の考え方」の著者である宇沢弘文氏は、日本人で最もノーベル経済学賞に近いと言われている方である。なお、この文章はあくまでも宇沢氏の著書の内容に対する私の理解であるということは念のため付け加えておく。
<この本で紹介されている、「ソースティン・ヴェブレン」という経済学者の考えは特に興味深い。彼は、1904年に発表した「営利企業の理論」とという書物の中で、産業革命以来生産の大部分が機械を用いて行われるようになったことを重要視している。この機械を用いるために、生産は固定化して、市場の条件に合わせて自由に調整することができないというのだ。固定性が見られるのは、機械だけでなく熟練労働などの生産要素についても当てはまる。だから実質賃金と労働の限界雇用で労働市場が均衡すると言うのは空想の世界に過ぎない。100年以上前の思想にもかかわらず、今でも立派に通用すると思うのであるが。>
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