文理両道

専門は電気工学。経営学、経済学、内部監査等にも詳しい。
90以上の資格試験に合格。
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書評 非対情報の経済学

2009-08-23 08:32:05 | 書評:学術・教養(人文・社会他)

 「見えざる手」という言葉を聞いたことのある人は多いだろう。アダムスミス以来、経済学者たちは「経済は市場にまかせていれば、神の見えざる手によってうまく調整される」と主張してきた。すなわち、物の価格と供給(=重要)は、需要曲線と供給曲線の交点で定まるという高校の教科書にも出てくるあれである。

 しかし、実際には市場が失敗する場合もある。さすがに今では、このような素朴な考え方を万能視する者はそうはいないであろう。「非対称情報の経済学」(藪下史郎:光文社)は、なぜ市場が失敗するのかを「情報の非対称性」という観点から説明しようとしたノーベル経済賞学者のスティグリッツの理論を彼に師事した著者が平易に解説したものである。

 実は、市場メカニズムがうまくいくためには次の3つの条件があるという。

1.ある市場で取引される財・サービスは同質である。
2.市場で取引される財・サービスはの情報が完全であること。
3.所有権が確立されていること。

 しかし、私に言わせれば、この根底には更にもう一つの大きな仮定が潜んでいるのではと思う。それは、需要曲線だとか供給曲線といったようなものを「描くことが可能」であるという仮定である。試しに、経済学に詳しい人に、例えばパンの需要曲線を正確に描いてくれと言ってみるといい。いやな顔をされること請負である。つまりは、こういう風に考えたら、物事がうまく説明ができる(ように見える)というモデルで、定性的な説明をしているだけに過ぎないのである。だから、市場原理を重視する新古典派という経済の派閥は、そのモデルを作るために、あり得ないような前提を入れているということになる。

 スティグリッツは、この前提のうち「情報が完全」であるということにメスを入れた。これはすごくまっとうなことだ。市場で取引されている商品についての情報のどの程度を消費者が知っているというのか。

 それでは、非対称情報下の市場はどのような動きをするのだろう。本書では、有名なアカロフの「レモン市場」に関する研究について紹介している。ただし、ここで言われているレモンとは「欠陥車」のことだ。中古車市場の場合、車に関する十分な情報は売り手やディーラーしか持っておらず、買い手側は価格をシグナルとして判断するしかない。価格が上がれば、新車に変えるために車を手放す人が増えるが、価格が下がれば、そんな人は売るのを控え、欠陥車が増えてくる。伝統的な需要曲線は、価格が下がれば需要は増えるが、中古車市場の場合は、情報の非対称性のため、どの車が欠陥車か買い手は判断できず、価格が下がれば逆に需要が減ってくるのである。このような場合は、需要曲線は、放物線を横にしたようなカーブになり、供給曲線との均衡点が2つになったり、まったく均衡点がなくなったりする。

 更には、非対称情報化の市場では、逆選択やモラルハザードという問題がある。逆選択とは、例えば、保険料を上げ過ぎると、リスクの小さい優良な加入者が保険市場から撤退し、リスクの大きな加入者だけが残ると言ったような現象であり、モラルハザードとは、保険に入っているがゆえに、かえって危険な行動をとってしまうようなことを言う。

 なぜか市場に関する信仰は根深く、経済の専門家でないものでも、「市場原理」という言葉をよく使う。しかし、非対称情報化の市場では、市場は必ずしも効率的には働かないということを、経済学の専門家でなくとも分かりやすく解説した本書の存在意義は大きいであろう。

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