古典の裏 | |
松村 瞳 | |
笠間書院 |
タイトルに「裏」とあったので、どれだけどろどろしたものかとも思ったのだが、その古典が書かれた背景を解説したものだった。基本的にはQ&A方式で書かれているのだが、これがなかなか面白い。例えば、枕草子に昼間の時間帯が出てこないという。それは清少納言が夜勤だからだそうだ。色々コンプレックスのあった清少納言は、仕えていた中宮定子の計らいで、彼女が恥ずかしがらなくてもよいように、姿の見えにくい夜勤になったという。
なぜそんなに恥ずかしかったのかと言えば、痩せていたからだという。当時の美人の条件は太っていること。今とは大分美の基準が違うのである。これは納得できる。美男・美女の基準が不変だとすれば、遺伝の法則により、そうでない者は駆逐されていくはずなので、この世は美男・美女だらけになっている筈だ。しかし必ずしもそうでないことは皆さんご存知の通り。これは美の基準が時代時代で変わっていたことから説明できるだろう。
ただ、断定的に書かれてはいても、良く読めば、こういった説もあるというものもあるので、すべてがその通りという訳ではない。例えば徒然草の吉田兼好には、幕府や朝廷のスパイだったという説があるとのことだが、Q&Aでは、スパイであったことが断定的に書かれている(p97)
取り上げられているのは、枕草子、源氏物語、徒然草、平家物語、竹取物語、方丈記、土佐日記、伊勢物語、更級日記、大鏡。古典の教科書にでてくるようなものは網羅してある感じだ。
ただ幾つか気になることもある。例えば次のような記述だ。
ちなみにこのころの(評者注:鎌倉時代)仏教は基本的には「密教」です。理詰めの顕教に比べ、不思議なパワーが救ってくれるとした密教の方が、人々には断然ウケました。(p121)
これは、浄土系の仏教がひたすら念仏を唱えればいいため、学問のない庶民も簡単に帰依できたことの説明として述べられているものだが、密教とは大日如来の秘密の教えだから密教という。そして密教とは真言宗系の東密と天台宗系の台密(厳密にはこれらの前に部分的に日本に入った雑密がある。また天台宗では顕密一致として顕教も密教も同列に扱われた。)しかないはずだ。だから浄土系の仏教も日蓮宗も密教ではない。
こういった記述もある。
織田信長は織田家の嫡男として生まれたと思われがちですが、実際には3男でした。(p225)
これは嫡男と長男の区別がついていないということではないか。正室の子は庶子よりは優先権があり、例え庶兄がいたとしても、正室の一番上の子が嫡男となる。その子が長男かどうかはあまり関係ない。また信長は3男だとあるが、兄弟の多くは生年が不明で、確実に兄と言われるのは、庶兄の信宏が一人だけだ。だから3男の可能性もゼロではないが、言い切るだけの証拠はない。
このように疑問点もあるが、それを割り引いてもなかなか楽しい。これもうわさ話を面白がる人間の性だろうか。ただ時代が古すぎて、誰も迷惑する人はいないのでいいかなと思う。
☆☆☆