歴史は時の権力者に都合のいいように書かれているというのは、よく指摘される話だが、ここでの主張は、後づけで美談のようにされる場合もあるということ。描かれる歴史上(神話上?)の事件は、日本武尊と弟橘媛。
日本武尊とは、景行天皇の息子で仲哀天皇の父である。日本古代最大の英雄と言われているが、残された記述を読む限りそのような感じは受けない。なにしろ熊襲タケルを討った時は、女装をして、尻から剣を突き立てたそうだし、出雲タケルを討った際には、剣を入れ替えている。要するに騙し打ちをしたということなのだが、けっして英雄らしい行為とは思えない。昔は今とは価値観が大分違うのだろうか。また、双子の兄の大碓命を殺して手足をもいで捨てたという話もあるが、本書ではその話には疑問を呈している。
そして、弟橘媛は、日本武尊の妻とされているが、走水海で海が荒れ狂ったとき、自ら海神の生贄になったという美談で有名だ。昔は「港、港に女あり」という自慢をしていた船乗りもいたが、日本武尊の場合は「遠征先に妻あり」といったところか。色々なところに現地妻のような人物がいるのだ。そして、弟橘媛は、日本武尊よりもずっと強い怨霊だとされている。ただし、弟橘媛が怨霊だということは割と詳しく説明されているのだが、日本武尊の方は、怨霊だとされているものの、この巻では、それがなぜかという説明はされていないが他の巻では説明されているのだろうか。
さて、現実の事件の方だが、涙川沙也という25歳のOLが、男が殺されてるところに出会わす。その男は、沙也のストーカーだった徳田憲と言う男。そこから沙也は、殺人事件の犯人として追われることになる。その裏には、日本武尊と弟橘媛の怨霊を呼び覚まそうという恐ろしい企てがあった。それに対抗するのがこのシリーズの主人公である辻曲家の兄妹という訳である。
本書は、QEDシリーズと同じように、古代史に新たな光を与え、それまでの伝統的な解釈と違う見方を示してくれる。そして、現実の事件と古代の事件を絡めているというのは他のこの作者の作品と同じ。他の巻も読めば一層楽しめるだろう。
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