蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

悪口

2020-12-07 | 日々のこと
最近のわたしのブログは面白くないようだ。
ツマラナイ、なんの提案もヒントも感じない、一個人の平凡な一日など、まるで人々の感性に触れないことだろう。
べつによい。
書く楽しみが満たされる日々には、満足している。
閲覧数には中期的、短期的なスパンによりアップダウンがあり、それに振り回される自分は卒業した感がある。

さて。
ある趣味関係の女子更衣室。
シャワーブースで着替えをしていると、話し声が聞こえる。
悪口である。
人の非難。
そんなことを言ったら自分にブーメランのように跳ね返ってくるのに、、、
わたしより15歳ぐらいは人生キャリアを積んでおられると思われるが、そんなことは今までの人生で習得、学習しておられないようだ。
悪口の弊害。
そんな単純なことに気付かないことに驚く。

人を非難したら、「じゃあ、あなたはどうなんですか?」と正面を向いて尋ねられたら、どう答えるのだろう?
自分が唯一正しい、自分の道が合っていると思っておられるようだ。

が、考え方が古くさすぎて、現在にマッチしていないばかりか、時代を超えて通じる真理でもなんでもない。
たんなる自分の好みを人に押し付けている。
ああやって今までの人生を生きてこられたんだなあと感じる。
人は人、他人だが、ああいう人が自分の関係者でなくてよかった。
とは言うものの、大なり小なり、身内だってああいう感じだろう。

どうしても意見が合わないなら距離を置く。
そうやって人々は折り合いを付けないことによって、折り合いを付けているのだろう。
折り合わないものは折り合わない。

話を戻す。
更衣室の高齢女性、あんなに不平不満が募るのは、おそらく出没場所、自分の居場所を選択し間違えていると思う。
彼女に適した場所があるはずだ。
居心地の良い場所に移動することをお勧めする。
どこにもないなら、探す、探しても見つからないなら、自分で作る。
自分だけの居場所があれば、安定し安らげると思う。
が、老化も進み、健康も失われてくると、そんな悠長なことは言えないのかも知れない。
老化の苦しみを知らない、若造のわたしの意見なんて、青くて痛いだけだろう。
しかし、あの、悪口ばあさんに同情する気にはなれない。
自分の始末は自分でつけて欲しい。