蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

古い価値観

2023-08-10 | 読む人々には興味ない話
各国、なぜ少子化になっているか?
人口の多い国はこれから栄華の時代を迎える。
昔は貧乏人の子だくさんというイメージがあった。
産めよ増やせよの時代を過ぎて、やがて理想とする子育ては教育にお金がかかる。
質を追求して子供の数を減らす。

自分の生活や人生の質や充実を重視して、子供を産まない、結婚もしない。
少子化の波に歯止めがかからない。

価値観の変移か。
しかし夫婦で協力して子育てしている姿をよく見かける。
女性が普通に家庭外で働くようになって、家事、育児の協働が目立ってきた。

介護について。
老老介護もさることながら、わたしが知る範囲では、リタイア前後の男性が母親の介護を担うケースが増えてきている。
嫁ではなく、息子。
時代は変わった。

だが、まだ旧態然とした価値観は人によっては変化せずにそのまま。
特に前期・後期高齢者あたりの、昭和男性は、アタマの中が変わっていない。
今更、変えようにも無理。
周りは諦めている。
が、少し突くと、火薬庫の爆発が起きる。
啓蒙啓発は無駄なので、あたり触らず、そっとしておくしかない。

いくら目の前で若い婿が家事・育児をしていても、自分には直接関係がなく、映画を観ているようなもので、自分事として捉えていない。
その状況が許されているわけではなく、アタマのカタイ人は、居ないもの、存在しないものとして扱われている。
特別な地位、特権を与えられているわけではない。
治外法権の例外区。
経済発展区なら良いが、限界集落のようなもの。
再生などには手付かずで、やがて朽ち果てるのは時間の問題。

ちなみに、我が家があるのは、半世紀前に大規模開発された地。
我が家の近所周り、土地家屋の新旧移り変わりが著しい。
開発、分譲当初、安い値段で買って入居した人々は90歳近くなっている。
家を手放し、駅近くのコンパクトなマンションに引っ越しているか、老人ホームに入っているだろう。
綺麗に区画され整列していた各邸は、歯抜けのように、どんどん古い家が更地になっていく。
そして、新しい家が建つ。
ちょっと家の周りを散歩すると、あちこちに動きが見られる。
1番の動きは、わたしが寝ている2階の部屋から見える風景が変わったこと。
今まで何もなかったのに、窓から全面にドーンと大きな家が立ちはだかり、こちらの2階と目線の位置が同じになった。
うちの1階からは見えないのだが、2階から見ると存在感を現している。
なぜ、1階からは見えないのに2階から見えるのか。
というか、2階からしか見えない。
うちの玄関の反対側(背後)の家の、更に道を隔てたお向かいの家。  
何十年も手付かずの空き地だった。
裏側の筋を一つ進んで足を運ばなければ、家が建っているのが1階からではわからない。
そして、うちの2階から見えるのは、大きな家の横側。横姿。
道路側の間口より奥行きが広く建っている。
道路側の横から見ると幅が狭いが、直方体の大きな家。
大きな家が建ったと思っていたら、それは横側から見た姿で、実際はもっと大きかった。
(書いても書いても、うまく表現、描写できない。
図面か、写真なら一発でわかるのだけど。
なぜか、この家の形状、形態を表現したい)

その家が新築されている同じ筋には、南側、一軒飛ばして1軒、さらに南側、1軒飛ばして1軒、合計2軒も家の取り壊し。
そしておそらくその取り壊される家と家の間の1軒も取り壊されることだろう。
すると3軒連なって全部取り壊し。
北側4軒目(うちの2階から突如、姿を現した家)は新築ということになる。
そのお向かい東側の家も潰して別の人が新築。
新築主は、その隣家の娘さん。
親子で2軒続きになる。
すごい。
(だらだら同じようなことばかり書いて、自分ばかりが、興奮している)

新旧入れ替わり。
新しい人や、新しい世代、2分割にされたりして若い世代が入ってくる。
活性化され、若返って良い。
半世紀でこんなにも一戸建て(建売ではない個別オリジナル注文建築)の住人は、丸々家ごと入れ替わるのだ。
それに引き換え、夫の実家やわたしの実家地域は、全く入れ替わりがない。
新しい人が入って来ない。
閉鎖されているから停滞して衰退していく。
住民の精神と、行政の遅れ。
高齢化は進む一方。

考え方が古く、いつまでも旧態然としていると衰退、退廃する。
老人たちが自分の蒔いた種。

若い人が結婚しようという気にもなれない、昔の価値観。
価値観が今の時代に合っていないことに全く気づいていない。
少しでも古い価値観に触れると、逆上する。
古い価値観の人がこの世からいなくなるか、新しい価値観と闘わなければ、古い価値観はなくならない。
やがて、徐々に社会は変わっていくだろう。
が、時代が移っても、次世代に伝えるべき良いことは踏襲すべきだと思っている。

同じことを何度も書き散らしている。
シツコイわたし。

わたしも40年、古い価値観と闘ってきたが、大元がこの世からいなくなり、解放されたと思いきや、古い価値観そのものの幽霊が残存していた。
古い価値観の親の価値観をそのまま受け継ぎ引き継いでいる子供が歳を取り、親がいなくなったその後も、亡霊が乗り移っている。

※写真は、今日の大分・別府。
台風の影響で遅くなり疲れているのに、旅先で、全く関係ない内容のブログ記事。