過ぎにける 世々の契りも 忘られて
いとふ憂き身の 果てぞはかなき
作者 弁
( No.1393 巻第十五 恋歌五 )
すぎにける よよのちぎりも わすられて
いとふうきみの はてぞはかなき
* 作者は、後鳥羽院に仕えた女房。生没年とも不詳であるが、後鳥羽天皇(1180-1239)や兄弟とされる石清水別当幸清の年齢などから、1200年前後の女性と考えられる。
* 歌意は、「 過ぎてしまった 現世も来世も変わるまいと交わした約束も 忘れられてしまって、我ながら嫌っている辛い身の行く末が 何と儚いものなのか。」
* 新古今和歌集に入選している作者の作品はこの一首のみである。現代に伝えられている和歌も多くはないようで、現在の私たちにはあまりなじみのない人物といえる。
しかし、作者 弁は、石清水別当法印成清の娘であり、上記した幸清も新古今和歌集に二首入選している文化人であり、歌人として知られた待宵の小侍従は叔母にあたる。
* 本歌は、まるで世捨人を思わせるような作品であるが、当時はその種の作品は珍しくなく、必ずしも実体験とは考えるべきではないかもしれない。
また、後鳥羽院は新古今和歌集の下命者なので、作者の入選にはいささかの配慮があったのではないかとうがった見方が出来ないわけではない。全く個人的な邪推であるが。
* 弁が、石清水別当という特殊な家柄に生まれているが、宮中に女房として出仕した後は、貴族の娘と変わらぬ生活であったと推量できる。
しかし、弁の生きた時代は、絢爛豪華な平安王朝文化は翳りを見せ、武士の時代へと移っていく時代であった。後鳥羽院自身も、承久の乱により隠岐に流されるなど、和歌三昧の平穏な日々ではなかったはずである。
そう考えれば、私たちには比較的なじみの薄い弁の一首も、少し違う意味合いを持って伝わってくるような気もする。
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