鼠の援軍 ・ 今昔物語 ( 5 - 17 )
今は昔、
天竺に、ある小国があった。クツシャナ国(中国ウイグル自治区にあった古代オアシス国家で、正しくは天竺ではない。)という。国は小国ではあるが、大変豊かで、多くの財物が豊富であった。天竺はもとより広大ではあるが、食糧が乏しく、木の根・草の根をもって食物とし、麦・大豆などは美味な食物として米が乏しい所である。
ところが、このクツシャナ国は食物は多く、衣服類も豊かであった。それに、この国の国王は、もともとは、毘沙門天王の像の額が割けて、その中から端正美麗(タンジョウビレイ・容姿が整って美しいさまを形容する常套語。)な男の子が現れたのを、ある人(国王の父となる人が、子供がいなかったため毘沙門天に子宝を祈念していたとされる。)が受け取って、乳母を付けて育てた子であるが、どうしても乳を飲まなかった。また、他の物を食べさせても何一つとして食べなかった。
されば、この稚児は、とても育つはずがない。乳も飲まず、物も食べないので、何を以って命をつなぐのかと嘆き合って、先の毘沙門天にこの事を祈り申し上げた。
すると、この天王の御乳がにわかに高く盛り上がって、その形が人間の乳のように高くなった。天王の御乳が急にこのようになったのを見て、父王は不思議に思って、「いったいどうしたことか」などと言っていると、この稚児はそろそろと近寄って、手で以って天王の御乳の高い所を掻き揉むと、その先端から人の乳のような物が、どんどん湧き出してきて溢れた。すると、稚児はそれを飲んだ。
それを飲んでからは、どんどん大きくなり、端正美麗なることはさらに増していった。
その後、成人してこの国の王となり、国を治めた。
この国王は軍事の道に優れていて、勇猛で、近くの国を討ち取り、国土を広げ多くの人を従わせ、その勢いは抜きん出ていた。
そこで、隣国の凶悪で勇猛な者どもは、力を合わせて百万人ばかりの軍勢を集めて、突然この国に攻め込んで、大草原に展開した。
この国の大王は驚き大急ぎで軍勢を集めたが、その数は遥かに少なかった。とはいえ、このままにしておけない事なので、四十万人ばかりの軍勢を率いて出向いたが、日暮れとなり、その日は戦わなかった。
その夜は、大きな墓(ハカ/ツカ・両方の読みも意味もあるようで、ここでは「ツカ」で、廃墟となった砦のようなものらしい。)を隔てて宿営した。彼方の軍勢は威勢が強くて、立ち向かえそうになかった。
この国の王は兵法に勝れてはいたが、急に攻め込まれたため軍勢を整えることができなかった。敵は百万人、すべての面でかなわない。
「どうするべきか」と思い悩んでいると、三尺もある大きな金色の鼠が現れて、物を食ったり走り回ったりした。
国王はその鼠を見て怪しく思い、「お前は一体どういう鼠なのか」と訊ねると、鼠は「わしはこの墓に住んでいる鼠である。この墓は鼠墓(ネズミツカ)というのである。わしは、鼠の王である」と答えた。
そこで国王はその墓に行き、鼠に向かって言った。「その身体を見ると、ただの鼠ではあるまい。獣とはいえそなたは神の鼠だ。よく聞いてくれ。我はこの国の王である。鼠の王も同じようにこの国に住んでいる。されば、この度の合戦、力を貸してくれて我を勝たせよ。もし助けてくれて勝たせてくれたならば、我は毎年欠かすことなく盛大な祭祀を催して、国を挙げて崇め奉りましょう。もしそうしなければ、この墓を壊して火をつけて、皆焼き殺してしまおう」と。
すると、その夜の夢に金色の鼠が現れて、「王よ、お騒ぎなさるな。わしが助力して、必ず勝たせて見せましょう。そのためには、夜が明けるや否や合戦を始め敵軍に襲いかかりなさい」というのを見たところで、夢から覚めた。
王は心中嬉しく思って、夜を徹して象に鞍を置き、戦車の車輪を整備し、馬の鞍を置くなどして、さらに、弓の弦・胡録(ヤナグイ・矢を入れて背負う武具。)の緒などを点検して夜が明けるのを待ち、夜が明けるや否や一斉に全軍が攻めかかって、大鼓を打ち、幡を振り、盾を並べ、大象に乗り、戦車に乗り、馬に乗って、甲冑で身を固めた兵士四十万人が心を奮い立たせて襲いかかった。
敵軍は、「日が高くなってから攻めて来るだろう」と思っていたが、突然襲われて、眠りから覚めて起き出し、象に鞍を置こうとして見てみると、あらゆる武具、腹帯・鞦(シリカイ・馬を制御するための馬具。)などが、皆鼠に喰い切られていて、使える物が一つとしてない。また、弓の弦・胡録の緒・弦巻など皆喰い損じられていた。甲冑・大刀・剣の緒に至るまで皆喰い切られていて、兵士は皆裸同然で身を守る武具とてない。
象も馬も、繋がれていた鎖がなくなっているので、放れて逃げてしまい一頭もいない。車両も皆喰い損なわれている。盾を見ると、網の目のように人が通り抜けられるほどの穴があけられているので、矢を防ぐことなど出来るはずがない。
されば、百万人の軍勢は、為す術もなく右往左往するばかりである。転びながら我先に逃げ出してしまったので、進んで立ち向かう者はいなかった。まれに出合うものは全て首を切り捨てられた。
国王は合戦に勝利して城に還った。
その後は、この墓において祭祀を催して、国を挙げて崇(アガ)めた。そして、国も平安で、ますます生活が豊かになった。
この国の人は皆、願い事があると、この場所に来て祈願すると、叶えられないことはない、
となむ語り伝へたるとや。
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