マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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京都民俗の夕べ

2007年06月16日 07時59分09秒 | 民俗を聴く
今夜は民俗行事取材でお世話になっている学徒さんの民俗研究発表会。

京都民俗学会主宰でウイングス京都で開催される。

地下鉄四条駅から歩いて探す。

京都の町を歩くのは5年ぶり。

街をぐるーっと回りたどり着いた。

到着すると会場には誰もいない。

仕方ないので時間つぶしに街を散策。

しばらくして戻ったら会場がオープンしていた。

はじめての会場なのでおそるおそる入場。

同じく民俗行事取材でお世話になっているデンデンさんは既に着席していた。

定刻時刻、司会者の紹介で学徒さんの発表がはじまる。

傍らにはmutaさんが見守っている。

聞き逃してはなるまいとしっかりメモメモ。

ひと通り解説が終わって小休止。

そのあと質問タイム。

専門家のみなさんから様々な角度からのクエッション。

これも聞き逃すまいとメモメモ。

この間、この空間、すごく緊張する。

こんなに緊張したのは何十年ぶりで味わったんでしょうか。

学生さんや先生方からの温かいクエッションに汗をかく。

なーるほどこんな視点ももってないとあかんのんやなぁーと思った。

いい意味でのクエッション刺激は私にとっても課題になりそうです。

(H19. 5.29 V603SH撮影)

池田ノガンドウ塚

2007年06月16日 07時57分18秒 | 奈良市へ
奈良市池田町は大和郡山市の井戸野町の隣町。

いずれも興福寺所領だった地。

住民の一人に尋ねれば塚地は昔し池田王が住んでいたという。

さて池田王とは。

集落北側には広い幅の環濠がいまでもハッキリ残っている。

東側には広大な広大寺池がある。

その南側にある共同墓地の傍らにあるノカンドウ塚。

6月5日に行われていたというノガミの地。

草が生い茂り原野の状態だった。

その共同墓地の角には六地蔵が整然と並んでいる。

(H19. 5.29 V603SH撮影)

井戸野神饌田

2007年06月16日 07時55分37秒 | 大和郡山市へ
春日さんに供えられる稲は秋口に神官が来て刈り取りが行われる。

モミダネを蒔き春日さんで授かった松苗に花を飾つ水口祭を終えて、大切に育てられた稲苗代。

6月に入ったころ田んぼに水張りをする。

その一週間後の朝、神官を迎えて苗植え祭が行われる。

その後、井戸野町の寄進農業者によって大切に育てられる。

(H19. 5.29 V603SH撮影)

椎木の水口でショーブデンボ回想

2007年06月16日 07時52分02秒 | 楽しみにしておこうっと
念のためかと思って大和郡山市椎木のショウブデンボについて状況を聞き取り。

数年前と変わらず対象となる小学生がいなくて今年もやらんわとおっしゃる。

なんせ子どもがおらんからずーーとっショウブデンボはないでぇーという。

わしら子どものときは15人もおってやかましいぐらいやった。

昔しは6月5日の節句の日やったんや。

米粉を葦の葉に包んだチマキ。

麦も刈ってしまってる時期やし、お腹減っててそんなんでも美味かったと回想されました。

「ネーサン ネテルカ オキテルカ ショーブデンボデ イオタロケ」の台詞を今でも覚えてるでと。

ショーブはコモグサ。

それを地面に叩きつけてな。

24、5軒ほどの集落を一軒ずつ廻ってな。

駄賃くれるんが楽しみやったわと。

そういや涅槃のスズメもやってたなぁーと。

「ネハンノスズメ コメナット ゼニナット ツッパリタメレヤ タマランウチワ オタケサンノ ホニャララノケデ マルヤケヤ」と。

ホニャララは恥ずかしゅうて口にでけへんわって。

あっちの家じゃ苗代に水口立てとるやろ。

あの松な、春日さんでもろてきとるんやって。

その家のご主人に聞けば春日さんで買うてくるんやと。

孫が手伝う関係で今年はGW3日の昼からタネ蒔いてから水口を祭ったとさ。

(H19. 5.26 V603SH撮影)

金魚池の簾

2007年06月16日 07時49分14秒 | 大和郡山市へ
大和郡山では金魚養魚池が市内中央部周辺に点在する。

早朝、自転車で通りすがったとき、簾を波のようにしている光景にでくわした。

端から端まで簾を広げて少しずつ狭めていく。

市内に住んでいてもなかなか遭遇しないもの。

折角なのでご主人に撮影の許可をいただき撮らせていただた。

お聞きすると今日は金魚がほしいという客から依頼があったのでこれから掬うという。

金魚掬い用の依頼ですかと尋ねると、いやいやこれは熱帯魚のエサにするんだと。

最近はエサ需要が多くなっていると噂では聞いていたがやはりそうだった。

金魚からエサ用ヒメダカに転換している養殖業も多くなってきている時代。

高級金魚から熱帯魚への鑑賞文化に変化している時代。

生活するためには金魚業も変化せざるを得ないのだろう。

(H19. 5.21 V603SH撮影)