マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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兵庫のちゃんちゃん祭宵宮参り

2013年07月16日 08時22分08秒 | 天理市へ
宵宮参りの日の朝は提灯立てに駆けずり回ったと云う大字兵庫。

ミナライと呼ばれる次頭屋とともに作業をした両頭屋。

突然の雨に掲げる提灯立てに大わらわであったと話す。

大字三昧田は集落南から兵庫へ繋ぐ上街道沿いであるが、兵庫はほとんどが集落内の辻の6カ所に提灯を立てた。

大字三昧田が宵宮参りを済ませて戻っていった直後の時間帯。

公民館前に集まった兵庫の宵宮参りの一行はそれぞれ定まった衣装を着用している。

兄・弟頭屋(親・子頭屋とも呼ぶ)は白装束、頭人児も白装束だが袖通しの結び紐の色は兄頭人児が紫で弟頭人児は赤色だ。

この年は頭人児の体長の関係で衣装を仕方なく交換されたことを付記しておく。

幼児の頭人児とともに行動する世話人の頭人代(子守代とも)は黒の羽織袴。

次年の兄頭屋も黒の羽織袴姿であるが、弟頭屋は白装束だ。



一行は大和神社の宵宮参りに出かける前に氏神さんに詣でる。

素戔嗚尊こと須佐之男命を祀る素盞嗚神社を地元ではコミヤサン(小宮さん)と呼ぶ。

かつては牛頭天王社と呼ばれていた神社の燈籠は「須佐之男命」が刻まれている。

弘化五年(1848)戌申二月吉日に建之された燈籠である。

兵庫の旗を受け持つ次年の弟頭屋。

三合御供を付けた御幣を持つ次年の兄頭屋。



二合御供を付けた御幣を持つ弟頭屋は先に進んで開けた拝殿に納める。

一同揃って氏神さんに参拝した後は宵宮参りのお渡りだ。



宮入りと同様に集落中央の辻を曲がって東上する。

兵庫は隣村であるが東へ向かう集落の街道を歩く。

かつては水路があった兵庫の街道。

昔はもっと狭かったそうだ。

成願寺、萱生、兵庫の境目の新建(しんたち)垣内の辻で曲がって上街道(初瀬街道)に入る。



大和神社の鳥居を潜って参道をゆく。

神社に到着すれば宮総代が待っている。



担いできた兵庫の旗は所定の位置に立てる。



手水で手と口を清めて昇殿する一行。

御幣を宮総代に授けて始まった宵宮参りの神事。

神職が祓えの儀、祝詞を奏上される大和神社の桜が美しい。



絶好の日よりになったと話していた宮司は授ける産子幣(うぶこへい)を左右に振る。

僅かな動作であるが奉幣振りの作法であろう。

受け取った産子幣は次年の兄頭屋が持つ。



宵宮参りの一行は宮入りと同様に旧道の裏参道を戻って集落に辿りつく。

頭屋ならびに次年頭屋は前夜に用意しておいた五合御供を産子幣に括りつけて素盞嗚神社の拝殿に納めて解散する。

(H25. 3.31 EOS40D撮影)