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本のタイトルが遺伝子捜査官となっているが、権限を持っているわけではない。AFIP(米軍病理学研究所)に勤務する民間人のアレクサンドラ・ブレークは、ブルーの目、魅力的なハート形の顔、着古した茶色の革のジャケットが運動選手のような引き締まった体を包み、ぴったりのジーンズが一層魅力的にしている。
彼女はコロンビア大学で遺伝医学を学び、医師免許と博士号を取得していて、AFIPでは細菌戦争を食い止めるワクチンの開発に従事している。ところがたびたび科学捜査に引きずりこまれる。そんなことで捜査官のような仕事をすることになる。
今ベトナムから頭蓋骨の返還を求められている。ベトナム戦争当時、米兵は北ベトナム兵の頭蓋骨を持ち帰ろうとした。税関で押収されてAFIPに保管されているが、グロテスクな絵や上部を切り取って灰皿にしたもの、ネオンカラーに塗られいたずら書きで覆われてっぺんに開けたいくつもの穴にろうそくが突き刺してあるという代物だ。
このまま返還することは出来ない。それなりの体裁が必要だろうということで、副大統領の提案でホワイト・ハウスの公式行事として返還式が行われることになった。アレックスは頭蓋骨の整備を命じられる。アレックスには意外な展開が待ち受けていた。
ベトナムで手広い事業を行っていた会社の会計士が殺される。しかもアレックスまで殺されそうになり返還式当日には頭蓋骨が爆発するというスリリングな場面もあって読み応えがあった。著者(Lori Andrews)は、法医学と遺伝子学の専門家であり、国際的にその名は知られている。アメリカ政府によるヒトゲノム計画では、連邦諮問委員会で法的、倫理的、社会的影響の審議責任者を務めた。
シカゴ・ケント大学終身教授。その一方で、2006年には「遺伝子捜査官アレックス/殺意の連鎖」で作家デビューを果たした。この経歴を見ると、かなり堅物の印象だが、なんのなんの、アメリカ人の長所、ユーモアセンスも十分身につけている。
ベトナム出身の精神科医トロイとカフェテリアでの会話。
“「ここの霊長類の注意をひきつけたようだな。こんなに大勢のオスに囲まれて毎日過ごすんでは、気が滅入らないか?」
アレックスは、皮肉を言い返したくなる衝動を抑え、この質問を真剣にとらえることにした。
「本当のことを言うと、私が嫌なのは、彼らのポーカーフェース。なにを考えているのか、読めないのよね」
彼女は、話しながら手振りを交え、眉毛を上げ、微笑し、鼻にしわを寄せた。「きみとは大違いだ」トロイは言った。「きみの表情は交響楽を奏でているようだからね。鼻と顎の間だけでも」“