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自分でやすりをかけてニスを塗った床、昔ながらの白黒のタイルを自分で貼り、知り合いの大工の助けを借りてカウンターと戸棚をしつらえたキッチン。
午前三時四十五分、シャワーを浴びて髭を剃り歯を磨く。リビングでステレオにスイッチを入れる。オペラの「ラ・ボエーム」が大音量で響き渡る。
料理の腕もなかなかのもので、しかも女の扱いも心得ている。そして薀蓄を恋人ドナに披露する。
「男女の交わりは、うまいソースを作るのに似ている。時間をかけ、適正なスパイスを適正な量だけきっちり使い、一つ一つの味を楽しんでから、じっくり、ゆっくり加熱して、沸き立たせるべし」なるほど至言ではある。
その居心地のいいアパートから、カリフォルニア最大の埠頭オーシャン・ビーチ・ピアにある釣り餌店に向かうのは、フランキー・マシーンである。今日も幸せな一日で終るはずだった。恋人のドナと愛を交わしたあと自宅前に止まっている車に気がついた。事態は一転して殺されかけるハメになる。
餌屋のフランキーは、伝説のマフィアで一級の殺し屋だった。フランキーは、なぜ殺されるのか? その疑問を解き明かそうとする。同時におびただしい裏切り、密告、殺人が裏社会のどろどろとした過去が浮かびあがる。
「俺たちの人生は、すべてのものを一つずつ奪われていく人生、自宅、仕事、家族、友人、信念、信頼、愛、命」それに気がついた時はもう遅い。一級のエンターテイメント小説だった。
聞くところによると、ロバート・デ・ニーロがマフィア役からの決別宣言をこの小説を読んで翻意したとか。それに、フランキーの好きなクリームチーズをぬりベーコンと紫玉ねぎを挟んだベーグル・サンドイッチを試してみたが、なかなか美味しいものだった。