‘91年発表の「法律事務所」を連想させる。全米で有数のイェール大学ロースクールトップクラスの学生カイル・マカヴォイは、FBI捜査官と名乗る男からあるパーティでのビデオを見せられる。それは乱交パーティで、その中の一女子学生からレイプされたという告訴から起訴状が出ているという。レイプは州法で裁かれるため州検察官へのバトンタッチが行われる。
要するに罠を仕掛けるには強面のFBIが必要だったというだけあり、しかも偽のFBIであり偽の検察官だった。脅迫を受けるカイルにしてみれば、前途を約束された地位が待っていて、たかが小さなレイプごときに、―しかも関与していない事件―無駄に捨てるわけに行かない。
初年度で最低20万ドル(1500万円)、やがて訪れるであろうフルエクイティ・パートナーとしての待遇は、41歳で年収130万ドル(ほぼ1億円に近い)。とは言ってもメジャリーグ級ではない。それでもこの未来を捨てる気にはとてもなれない。取引条件に出されたのが、軍需産業同士の醜い訴訟合戦の秘密情報の漏洩だった。つまり、スパイとして大手法律事務所に潜り込むことだった。
その大手法律事務所も中に入れば、受付や秘書の女性は美人でセクシー、事務所の調度は一流品がずらりと並ぶが、新人アソシエイトは狭苦しい部屋に押し込められ時間報酬をせっせと稼がされるラットになった気分を味わうことになる。それに人間らしい生活は、金を稼いで50歳ぐらいからの引退生活を待たねばならない。もっと重要なのはお金で買えないもの、つまり暖かい人間性を保つことを喪失することだ。
カイルは父親の地域に貢献する弁護活動にあらためて敬意を感じた。そして、FBI出身の弁護士に相談した。このカイルの行動は、どうやら著者ジョン・グリシャムの心情を映し出しているようにも思われる。この作品が、一級のリーガルサスペンスとまでは言えないことを思えば、一人の人間のキャパシティの限界を感じざるを得ない。