この映画、フェミニスト映画といってもいいかもしれない。ちょっと猥褻かもしれないが、こんな場面。
イネス(ザンドラ・ヒュラー)は、ルーマニアのブカレストでコンサルタント会社に勤める独身のキャリア・ウーマン。年齢はイネス役のザンドラ・ヒュラーが撮影当時38歳だから、そのまんまの年齢でいいだろう。
部下の若い男とセックスに耽る。ところが男に挿入を許さない。「オナニーしてあの緑のケーキまで飛ばせ」と言う。イネスは、男のオナニーをワインを飲みながらしらっとして見ている。終わって精液まじりのケーキを食べる。なんでこんな場面が必要なんだろうと思ったが、この映画の女性監督はフェミニストだからではないかと思う。セックスを支配する女と奴隷のように従う男。あまりいい気分の場面ではなかった。
この若い男を演じた俳優の出るシーンはたった三つ。一番長いシーンがこのオナニー・シーン。あらためて気の毒になった。
女性解放の意味があるのだろうか、こんなシーン。イネスは自宅アパートで自身の誕生パーティを開いた。きちきちのワンピースの背中のジッパーを締めるのに一苦労。ワイングラスやワインのボトルを配して、今度はハイヒールを履こうとするが、ワンピースがきちきち過ぎてしゃがむことも出来ない。何を思ったのか脱ぎ捨てようとするが、上にも下にも脱げない。
玄関でピンポーンと鳴った。次に何を着るかなんて考えない。無理やりワンピースを脱いでパンティだけでドアを開ける。同僚の女性が驚いた顔をする。「今日はヌーディストパーティよ」と言ってパンティまでも脱ぐ。
その女性と他愛にない会話をしていると、またピンポーン。完璧な裸でドアを開けると、そこには上司の男が立っていた。もちろん驚く。「ヌーディストパーティなの。心を開けるでしょ」「そう、分かった」上司は言ってどこかへ。
同僚の女性は、「私は同調できない」と言って帰っていく。ピンポーン、今度はセックスフレンドの若い男。もちろん驚くが何故か理解できない風情。お祝いの品を手渡して彼も去って行った。引き留めないイネス。この男、夜のクラブで酔っぱらって裸になって踊りたがる。それなのにヌードを嫌うとは、よく分からない。
イネスの秘書の女の子がやって来た。しかもヌードで。続いて上司の男もヌードで。いったいどこを歩いてきたのだろう。ドアの向こうは屋外の廊下だ。この男途中でパンツを穿いている。
もう来る人はいないと思っているとピンポーン。ドアを開けた。そこには、ブルガリアの奇祭クケリを着けた人が立っていた。巨大な頭に顔も体にも毛がふさふさしていて誰だか分からない。イネスは誰かなと眺める。クケリを着た人は一言も発しないまま退去する。
後をつけるイネス。近くの公園で父親だと悟ったイネスは、「パパ」と言って抱きつく。娘を心配するあまりヴィンフリート(ペーター・ジモニシェック)は、もともと悪ふざけの好きな男がドイツ大使トニ・エルドマンと名乗って娘の職場や取引先まで出没する。
イネスはあまりにも父親の悪ふざけが過ぎるのでとうとう堪忍袋の緒が切れる。そして迎えたイネスの誕生日。クケリと言うのは、冬の寒さや悪霊を追い出し春を迎える行事らしい。
大きくなってからの父と娘のハグはあまりなかった。よそよそしい雰囲気だった。それが悪ふざけでつけまわして喧嘩をするうちに距離が縮まり始める。「クケリの衣装がヴィンフリートを変えた。それでほんの一瞬、イネスにとって彼は子供の頃知っていた、大きくてよたよた歩く、心温かい父親に見え、彼女はかつてそうだった少女になれるのです」と監督のマーレン・アデ。
そして知り合った人の家で父のピアノ伴奏で歌う、ホイットニー・ヒューストンのこの世で一番の愛はとっても近くにあるの、という人生で最大の愛を歌う1986年「Greatest Love of All」。
イネスにも転機が訪れる。コンサルタント会社が行うのは、契約会社の人減らしを請け負うことだった。非情にならなければ出来ない仕事。それを永年やって来たイネス。自分を見失っていたことに気づき、忘れていた愛を今クケリを纏った父に見出す。
コンサルタント会社からの転職も実現。セックスやヌードもブラックジョークだったのだ。第69回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で上映され、映画文化の推進と発展及び職業的利益の保護のための組織FIPRESCI(フィプレシ)賞(国際映画批評家連盟)を獲得。女性の映画監督作品の受賞は史上初めてとされる。
なお、本作のリメイク版としてアメリカでジャック・ニコルソンとクリスティン・ウィグ共演で製作される。父親が娘に対する気持ちは万国共通で、この映画はブラックジョークを駆使して描写したと言える。ただ。あのオナニー場面は不快感を伴うことを思えばやり過ぎではないだろうか。2016年制作 劇場公開2017年6月 ドイツ/オーストリア
監督
マーレン・アデ1976年12月ドイツ生まれ。
キャスト
ペーター・ジモニシェック1946年8月オーストリア生まれ。本作でヨーロッパ映画賞男優賞受賞。
ザンドラ・ヒュラー1978年4月ドイツ生まれ。2006年「レクイエム~ミカエラの肖像」でベルリン国際映画祭で銀熊賞(女優賞)受賞。本作でヨーロッパ映画賞女優賞受賞。