みみずのしゃっくり

みみずのしゃっくりのように役に立たないことを不定期に書き込むブログ。
専属スターはいませんが、猫っぽい内容です。

ななみみず前身「みみざこ連」




仔ニャンコ・仔ワンコが新たなお家に迎えられるには、いつ頃が良いのでしょうか?
いわゆる「8週齢」問題については、こちらをご覧ください。六つ子の仔猫の動画もあります。

最新記事は、この下です↓
通常1日おきに更新の予定ですが、2日おき、あるいは3日おきになることもあるかも・・・(^v^;)

4分メシ

2014-08-30 | その他

横着なワタシは、日ごろの食事も調理するというより加熱するといった具合ですが…
もっと横着したいときにはレンジで温めるだけの簡易メシで済ませます 
特に大好きと言うわけでもないので「その他」カテゴリー


こんなカバーの色々なメシがスーパーで売られています。スーパーごとに種類が違います。




カバーから中身を引き出したところ


マンゴー、パイナップル、チキン、バスマティライス付き、添加物なし。盛り付け写真は横着して省略。

「爆発」しないようカバーに針で穴を開け、600Wのレンジで3分半となっていますが、私は560Wで4分。もちろん、これに野菜を加えるようにしています。
味はカレーです。カレー粉が使ってある料理は、カテゴリーが「アジア」です。何しろ、カレー粉の「出身地」がインドだから…

日本で「欧風カレー」などと銘打っているのは、正確には「英風カレー」と言うべきでしょうね。日本で普及しているカレーという料理は、日本で開発され発展・普及した料理と言ってもいいかもしれません。

そうそう、こういう風にご飯を添えた「レンジ・メシ」が増えています。
そのうち、ヨーロッパの方がお米の消費が日本より多くなる…かどうかは分かりません


忙しいときや、刻んだり加熱したりが面倒なとき、便利な「レンジ・メシ」シリーズです




 今日の蛇足

25年前の多幸症はどこへやら、今は問題山積と書きました。
ウクライナ、シリア、パレスチナ、イラク、アフリカ(エボラ)は中欧からは「近所」なのです。ウィーンからスロヴァキア・ウクライナ国境までは、オーストリア・スイス国境までより近いし、シリアからの戦争難民も、どんどん増えています。

イラクとシリアを制圧しようとしているイスラム国には、ヨーロッパ各国から過激化した若者が参加しています。その多くは中東や中央アジアからの移民の第二・第三世代だったり、中にはイスラム教徒になったヨーロッパ人もあるようです。ウィーンでも、シリアに行こうとして予防拘禁されたグループがあります。他のヨーロッパ諸国も同様でしょう(もちろん、全人口のごくごく一部に過ぎませんが過激派というのは、どこでも目立ちます)。

アフリカも近いので、数ヵ国で、アフリカ帰りの人のエボラ疑惑があったり、最近は現地で感染したドイツ人のエボラ患者がドイツへ運ばれたり(ドイツでの方が十分な治療ができるということでしょう)。その他、ボコ・ハラムの問題もあります。

ロシアのウクライナに対する侵略的政策に対して欧州連合がロシアからの輸入禁止や制限など経済制裁を実施したところ、ロシア(プーチン)も、ヨーロッパからの輸入禁止を実施(報復手段)。意外なことですが、オーストリアからロシアに農産物を輸出していた農業経営者もあり、収入が激減するので、補助金が支給されるようです。ヨーロッパ諸国はロシアから天然ガスを輸入しているので、ロシアからの天然ガスが来ないと、この冬、ガス不足になるかもしれないという不安もあります。

もちろん、ヨーロッパの日常生活は、これまで通りです。








知恵者猫

2014-08-28 | かりねこ

タイトルは私の勝手な当て字で、不思議の国に住んでいると言われるチェシャ猫のことです

8月27日付けのNZZ(新チューリヒ新聞)に、このチェシャ猫(猫のないニヤニヤ笑い)が可能であるという記事が載りました


ほぼ全面の大きな記事です


図の部分をちょこっとアップ


更に猫さんだけアップ

曇天の暗い日だったので画像が暗く修正しましたが明るくし足りませんでした


ニヤニヤ笑いの猫さん→猫さんと猫さんから分離されたニヤニヤ笑い→再びニヤニヤ笑いの猫さん
という素人にも分かりやすくするための説明図が気に入ったのです
が、それでもさっぱり分からない量子論のお話でして、特定の測定法によって中性子スピンを分離できるということです

NZZ記事では問題点を指摘するとともに、今後の研究への刺激になるとしています。


素人が眩暈しないよう簡略化された日本語の説明(NZZでは中性子ですが、この説明では素粒子となっています)ここに「明るい」猫さん図があります。

有名な物理学猫さんはシュレディンガーの猫

その他の用語
量子論
量子力学
素粒子
光子


こういう「お話」を読むのは好きですが、さっぱり分かりません






秋の気配

2014-08-26 | かりいぬ

ここらへんは7月半ばに30~35度の暑い日が1週間くらい続いたほかは、凌ぎやすい夏でした。8月はやや冷夏気味。
屋外プールも閑古鳥が鳴いているようで、このところ10月くらいの気温だったり

いつもキーザートレーニングに行くとき履いていた靴がダメになり、以前住んでいた通りに買いに行きました。私が住んでいるビルの1階にある大きなスポーツ用品店や、通りを隔てた向かいの靴屋でも、他の店でも、ちょうど良い気に入る靴が見つかりません。スポーツ用品店のは、あまりにもスポーツ用だし、普通の革靴というのも困るので、以前よく靴を買ったお店まで出張。と言っても電車で3駅。ついでにピンボケ写真を撮ってきました


1)お店の外で飼い主を待っているらしい犬さん


2)


3)


4)別の犬さんが歩いてきました


5)ここが行ってきた靴屋さん


6)


7)見にくいですがチビ犬さんを連れた人

今どきは特に服装がバラバラ(左の人は秋姿、犬連れさんは夏姿)

8)この通りは植え込みがきれいです


9)


10)


11)パトロール中の警官

何をメモしているのかな?

12)こんな通りです


13)空も木も秋の気配


14)


15)


16)買ってきた靴


革靴ですが、ほどほどにスポーツ靴風。お店では、ちょうど商品の入れ替えをしていましたが、この靴がひとつ残っていて私のサイズでした








25年前

2014-08-24 | その他


今年は本当に数字が多くて… もうこれで打ち止めにしたいと思います

25年前、歴史のページがバサッと1ページめくられた1989年8月19日、ハンガリーのショプロンで
汎ヨーロッパ・ピクニックが開催されました。

これより前、既にハンガリーはオーストリアへの国境を開放しており、末期症状の東ドイツからは、ハンガリー経由で多くの亡命希望者がオーストリアに脱出、西ドイツへ向かいました。ハンガリー・オーストリア国境開放後は、ほぼ連日の出来事で、オーストリア側には歓迎接待所なども設けられました。

8月19日の汎ヨーロッパ・ピクニックは、ヨーロッパの境界をなくし一緒に楽しもうというもので(東ドイツ首脳へ圧力をかける目的もあった)ハンガリー人、オーストリア人、各国の人々に混じって、多数の東ドイツ国民がピクニックに参加、そのままオーストリアへ入り西ドイツへ向かいました。

ハンガリー・オーストリア国境を通過する東ドイツの人たち

ウィキ・フリー画像

あの記念すべき1989年は、ヨーロッパ中が何回も感涙にむせんだ年でした。それから25年…


当時のピクニック会場で行われた25周年記念式典の様子



この会場は今は記念公園になっています。


詳しくはウィキでお読みください。なかなか面白い歴史ストーリーです:汎ヨーロッパ・ピクニック


 そして今…
25年前の1年間ヨーロッパは多幸症に酔っていましたが、すぐにサダム・フセイン時代のイラクのクウェート侵攻、ユーゴスラヴィア崩壊戦争(一時期はオーストリア国境から戦闘が見えたそうな《私は見ていません》)、衝撃の911、ブッシュ時代のアメリカ軍のイラク進攻(本当は侵攻か?)などで、たちまち多幸症は消滅、ウクライナ、シリア、パレスチナ、イラク、エボラなど問題山積の今は、25年前が夢だったのでは?という状況です



みみずボログ今年の周年もの
70年前(ワルキューレ作戦)
こゝろ100年(夏目漱石の「こゝろ」)
スルメ150年(リンク大通り)
100年前(サラエボ事件)
60周年(ゴジラ映画)
14の呪縛(第一次大戦の戦争詩人)






鋳鉄の美

2014-08-21 | そこらへん

前回最後の写真は産業技術博物館です。久しぶりに「散歩」に行きました

以前は建物の外にも歴史的車両が青空展示してありましたが、それが列車博物館だかに引っ越したとかなんとか…


1)以前は直接建物に入るようになっていましたが…


2)この入り口ホールができました


3)ここも14の呪縛で一部「第一次世界大戦」展示


4)第一次大戦といえば毒ガス、でガスマスク

第一次の経験に懲りて、第二次大戦では使われていません

5)戦争には莫大な資金が必要です

「戦時公債を買って前線を支援しよう」という宣伝

6)前線で物資が乏しくなると靴も手造りしたようです


このほか大砲とか、砲弾を受けて「壊れた」顔の写真とかありましたが省略。

ここの展示は主に産業革命期に集中しています(博物学的なものは全て自然史博物館にあります)。

7)産業革命期といえば鋳鉄の蒸気機関

鋳鉄はもろいから厚手になって矢鱈図体がでっかく場所塞ぎ

8)初期の蒸気機関車


9)初期の変電所再現モデル


10)初期の市電運行風景モデル


11)鋳鉄コーナーが気に入りました

鐘の鋳型

12)鋳鉄細工のベンチ


13)鋳鉄細工の小物、猫さん


14)ウサギさんとカエルさん


15)鋳鉄小動物のショーケース

産業技術博物館にしては可愛らしい展示品

その他色々の展示物は、似たり寄ったりだったりピンボケだったりで没

16)片隅にフーコーの振り子


上野の科学博物館にも立派なフーコーの振り子があります。

蛇足ながらウンベルト・エコの小説にも「フーコーの振り子」があります。テンプル騎士団のところが面白いです









ただ静か

2014-08-19 | そこらへん

繰り返しご無沙汰いたしました

これから又ぼちぼちとボログを続けます


先ずは7月前半に撮ったピンボケ写真です。撮ってきてすぐゴタゴタ状態になり、写真を整理する暇がありませんでした



1)ライオンさんがいます…狛犬でなく狛獅子?


2)ライオンさんの後ろに大きな建物


3)シェーンブルン宮殿です


4)でも、目的地はここじゃありません


5)うっかり停留所を間違えて宮殿前で降りてしまったので戻ります


シェーンブルン宮殿は、いつも観光客で混んでいますが、そういう名所の隣には「ただ静かな穴場」があります。

6)その「穴場」に入ります


7)誰もいないみたいですがベンチで昼寝している人がひとり


8)


9)


10)


11)公園の説明板


アウエル・ウェルスバッハ公園は1890年に造られ、シェーンブルンのバロック庭園とは正反対に自然風にしてあります。

12)こんな広い道もあります


13)たまに人がいます


14)都会とは思えません


15)公園を通り抜け目的の建物が見えました




つまり、続く でも乞無期待ね


Wikipedia:公園の名前の由来の人カール・ウェルスバッハ(化学者としての功績で男爵の爵位を授けられました)







気の毒な皇帝

2014-08-11 | その他

相変わらずのご無沙汰でございます

14の呪縛のせいか今年は数字の多い当ボログ(←みみずのつもり)

またまた数字が出てきました 気がつかなかった私がボケ


今年は、いわゆるウィーン会議から200周年でした

ナポレオン戦争の混乱を収拾、旧秩序を回復し、ついでに、もらえるものはもらおうという下心いっぱいの会議
だから「会議は踊る、されど進まず」ということに…

Wikipedia:ウィーン会議
Wikipedia:映画「会議は踊る」


教科書なんかにも出てくる絵

本当に、こんな場面があったかどうかは疑問

主に個別交渉の積み重ねで根回ししたらしい


会議の主な会場、現在は首相府


シェーンブルン宮殿などは舞踏会の会場にはなったかもしれません。


約9ヵ月の駆け引きの結果

この地図はドイツ語ウィキで大きいものが見られます


ウィーン会議を皮肉って当時流行した戯れ歌の中で最も有名かつ主要人物を(多分)的確に表現した歌。「皆のために」というところは「皆を代表して」と言ってもよいでしょう。


ロシアのツアー・アレクサンドルは、皆のために愛した(女性を追い掛け回したのですね)
プロイセン王は、皆のために考えた(権謀術数をめぐらしたのでしょう)
デンマーク王は、皆のために喋った(おしゃべりだったのか、演説をぶったのか)
バイエルン王は、皆のために飲んだ(大酒のみだったのでしょう)
ヴュルテンベルク王は、皆のために食べた(大喰らいだったのでしょう)
オーストリアのフランツ皇帝は、皆のために支払った(主催国だから仕方ないですね)


晩年のフランツ皇帝



そのフランツ皇帝は、通常「フランツII/I世」と表記されます。神聖ローマ皇帝としては2世でしたが、ナポレオン戦争の最中、神聖ローマ皇帝の称号を放棄、その後オーストリア皇帝を名乗ってからはフランツ1世となりました。娘マリー・ルイーズを嫁がせてナポレオンの機嫌取りをしましたが、この娘婿はやがて失脚、ナポレオンとマリー・ルイーズの間の息子(ナポレオン2世)を引き取って育てましたが、この2世は早世しました。

フランツ皇帝は4回結婚しています。しかも、3人の奥さんが次々と早世したためです。重臣から4回目の結婚を勧められたときは「私と結婚すると又早死にするのでは」と躊躇しましたが「今度の人は大丈夫です」と保障されて結婚に踏み切り、事実、4人目の奥さんは皇帝よりも後に世を去っています。

こうした経過を見ると、メッテルニヒ反動体制の黒幕皇帝ではあっても、色々苦労したヒトだな~と、なんとなく気の毒になってしまうのです。

ハプスブルク家のメンバーは必ず「手に職をつける」定めで、フランツ皇帝は園芸学を学びました。彼は膨大な蔵書を有し、その大半は自然科学系と植物学の文献だったようです。その蔵書は現在、オーストリア国立図書館の蔵書となっています。


フランツ皇帝が可愛がっていたカナリア、ビビとビューベル

どちらが、どちらかはウィキには表記がありません

この「歴史上のカナリア」は、宮廷家具博物館に剥製として保存されています。



まだ暫く、まばら更新でございます。たまーに覗いてやってくださいませ 
でも、乞無期待






奴とは寝るな

2014-08-05 | その他

繰り返しですが、ご無沙汰しております

暑いさなか、世界中騒々しく戦火や災害の犠牲者も出ていて胸が痛みます。


そんな中「奴とは寝るな」というポスターを見つけました





文字が読めるので、訳す必要もありませんが…

マラリア蚊とはベッドに入るな
ネット(つまり蚊帳ですね)の中で寝よう
ネットを良く補修しよう
ネットに隙間ができないようにしよう
ネットの中に蚊が入っていないか良く確かめよう
前線から後方にある危険とも戦おう




アフリカ西部数カ国でエボラ出血熱の流行が問題になっていますね。それで仕事の合間に(さぼって)、せっせとエボラをネット検索しているうち脱線、英語ウィキのマラリアのところで見つけたのが上のポスターです。
上のポスターは、第二次大戦中、蚊がマラリアを媒介する前線に行く兵士のため制作されたアメリカのポスターです。

エボラは、これまで、流行している現地の住民・医療従事者に感染が見られましたが、最新ニュースによると、アメリカから支援に行っていた医師とアシスタントが感染したそうです。パニックに陥る必要はありませんが、別世界のことと無視することもできません。

治療薬も予防注射もなく、対症療法によって症状を抑え、本人の抵抗力・治癒力に頼るよりほかありません。早く治療薬が開発されますように



Wikipedia:2014年の西アフリカエボラ大流行




 やっと仕事が一段落したのですが、後続が来まして、まだ、まばら更新になりそうです。
たまーに、チラッと見てやってくださいませ。でも、御存知、乞無期待