みみずのしゃっくり

みみずのしゃっくりのように役に立たないことを不定期に書き込むブログ。
専属スターはいませんが、猫っぽい内容です。

ななみみず前身「みみざこ連」




仔ニャンコ・仔ワンコが新たなお家に迎えられるには、いつ頃が良いのでしょうか?
いわゆる「8週齢」問題については、こちらをご覧ください。六つ子の仔猫の動画もあります。

最新記事は、この下です↓
通常1日おきに更新の予定ですが、2日おき、あるいは3日おきになることもあるかも・・・(^v^;)

太陽の散歩

2018-03-30 | おきにいり

恒例(?)お久しぶりでございます



相変わらずの下手な落書きでスミマセン


数日前、突然ラジオから耳に飛び込んできた言葉・・・


太陽は毎日空を散歩して私を喜ばせる


なんてステキな表現だろうと思ったらFiston Mwanza Mujila(フィストン・ムヴァンツァ・ムジラ?)さんの言葉でした。
何しろ、聞くつもりもなく瞬間的に飛び込んできた言葉を脳内翻訳機が訳してしまって、元はややこしい文章だったのでドイツ語は覚えていません
名前もロクに聞かなかったので、後でラジオのHPで見ただけ。つまり発音が分からないからカタカナ書き換えも果たしてこれでいいのやら
この人が執筆するときの言語はフランス語のようです。英語ウィキに経歴あり

「おきにいり」は「太陽の散歩」が気に入ったのであって、私のマズイ落書きのことではありません



いよいよ春ですね これからセッセと(まばら)更新いたします でも乞無期待








夏時間訂正

2018-03-24 | その他

前回、今年の夏時間は4月1日からと書きましたが、な、なんと25日からでした

なるほど、2つの月にまたがらない3月最後の週末ということなのですね
日曜日に友達と待ち合わせがあるので早く気付いてよかった(いつもの新聞HPでのお知らせ)。


25日の午前2時が午前3時になっちゃうのです



これまでにもサマータイムのことを書いてきましたが、いつも「石油危機以来、惰性で続いている」と否定的に書いてきました。ところが、少なくともオーストリアでのアンケート調査では、夏時間肯定派が過半数を占めています。


緑が肯定派、ピンクが否定派


肯定の人たちの理由も、石油危機当時の「省エネ」などは殆ど問題外(9%)。
「日が長いから」「長く外出できる」「日照時間をうまく割り振りできる」が主要な理由。
切り替えに困ると答えた人は32%で少数派でした。



向こう数日また急ミニゴタでございます。こんなボログでございますが、これからも宜しく でも乞無期待





ふたりきり

2018-03-21 | その他

この地球上に人間がふたりきりだったら・・・で高齢の女性だけだったら・・・
もうじき滅亡ですね


そういう状況なのがキタシロサイ


3月19日に亡くなった地上最後の殿方スーダンさん(そういう名前)


保護区で過ごしていたスーダンさんは45才で、高齢による疾患に苦しみ、立つこともできなくなったため、保護区の獣医の判断で安楽死となりました。
現在、地上に生存しているのはスーダンさんの娘と孫娘のふたりきり。
関係者は、何年も前に採取・保存された精子によって、娘さんと孫娘さんに人工授精を試みるそうです。

20日のラジオでも新聞HPでも報道されました。
追記:3月22日付けのNZZにも「スーダンさん死去」の記事が載りました。


キタシロサイは赤道より北部に住んでいたシロサイの亜種です。
1960年には、まだ自然状態で2360頭が確認されていたのですが、サイの角に薬効があるという迷信のため乱獲され、現在に至っています。
しかし、角の成分は髪や爪と同じタンパク質なので、薬効はないものと思われます。


ミナミシロサイは19世紀に絶滅されたと思われていたのですが、その後、生き残りが発見され、熱心な保護活動によって今では南アフリカを中心に、ナミビア、ケニヤ、ジンバブエ、ボツワナなど合わせて数千頭が生きています。これからも保護活動は続けられるでしょうから、ミナミシロサイは存続できそうです。


シロサイ
サイ科


前回のトラさんと同じく、サイさんも地球上の大切な「宝物」です。
ずっと存続し続けてほしいと思います


 今日の蛇足


3月20日は「春の始まり」でした(春分の日)。別に休みでも何でもありません。
日本では21日が、お彼岸の中日としてお休みですね。
こちらでは3月末の土日から又「夏時間」が始まります。今年は3月31日が土曜日なので、ぴったり4月1日から夏時間になります。








猫の化けたの

2018-03-18 | かりねこ

急なゴタゴタでまたまたご無沙汰しました

ここら辺もぽかぽか陽気のあと冬が戻ってきましたが、長くは続かないようです。


さて「猫の化け物」と呼ばれる方々ですが・・・


虎さんはネコ科の大型肉食獣ですから、確かに「猫の化けたの」とも言えるかもしれません
この表現は五代目古今亭志ん生バージョンの「はてなの茶碗」に登場します。

上の写真は、時々カンパしているWWFからのカードです。
食物連鎖の頂点に立つ方々なのにライオンさんと同様、種の存続が危ぶまれています。これも人間に多大な責任があります。
彼らも地球の多様で豊かな自然を構成する重要なキャラクターですから、なんとか、ずっと生き続けてほしいと思います


 今日の蛇足:前回への補足


80年前、ナチス・ドイツによる併合でオーストリア第一共和国は消滅しました。それが可能だったのは、オーストリアにもナチス党員や信奉者が多数存在し、彼らは併合後もナチスの戦争犯罪に加担しているのですが、第二次世界大戦の際、当時のソ連は、後にオーストリアを獲得しようという政治的計算もあったのかオーストリアを「ナチス・ドイツの最初の犠牲国」としました。
これに便乗して、戦後長らくオーストリアは、第二次世界大戦に関する犯罪(ユダヤ人迫害や大量虐殺その他)の責任は無いものとしていましたが、フランツ・フラニツキーが首相在任当時、オーストリアの首相として初めて「オーストリアにも戦争における犯罪の責任がある」と公式に認め、漸く本格的にオーストリアの戦争責任に関する論議が始まりましたが、他方ネオナチも世界的な現象となっています。イギリス、アメリカ、カナダなどにさえネオナチが存在するというのは奇妙です。






80年目

2018-03-13 | その他

80年前1938年の3月12日ナチス・ドイツ軍がオーストリアに入り、13日にはウィーンに到着、事実上のアンシュルス(併合)が行われました。
このとき第一次世界大戦後の1918年に生まれたオーストリア共和国(第一共和国)は消滅したのです。


ヘルデンプラッツ、新王宮から演説するヒトラー(1938年3月15日)


後方にウィーン市庁舎が見えます。このときは25万人が広場に集まったとされます。

ヒトラーとナチス・ドイツ軍は、恐らく過半数以上のオーストリア人に熱狂的に迎えられました。
それには勿論理由があります。
それまでのオーストリア人は、オーストリア帝国(1867年からはオーストリア・ハンガリー二重帝国)という多民族大国(当時のヨーロッパ列強の1国)の国民であり、同時に「支配民族」でもあったのです。第一次大戦でハプスブルク王朝が崩壊すると、オーストリア人は突然、アルプスの小国の孤立した住民となったのです。
「こんな小さくなってしまった国は独立国家として存続できない、生き残る唯一の道はドイツの一部になることだ」という考えは極めて一般的でした。

ドイツでのナチスの台頭の大きな責任は、第一次大戦の戦後処理にあります。イギリスとフランスでは、第一次大戦(当時は単に大戦)に続いてイギリスとフランスの間の戦争になるだろうと危惧する人が多かったのです。それでイギリスもフランスも嫌なことは全てドイツに押し付けて「ごまかす」方法を選びました。全てのしわ寄せを受けたドイツは悲惨な状況になり、ヒトラーが唯一の救いだと思う人も多かったのです。

オーストリアでもナチス党員と信奉者が急増し、ヒトラーの第三帝国に「加わる」ことが唯一の解決策だと思われました。
しかし併合後の現実は多くのオーストリア人にとって全く希望とは違う恐怖政治になりました。併合と同時に多くの政治家やナチス反対者が投獄・処刑されました。

独裁者の常套手段で、合法的な手続きを装うため、4月10日には住民投票が行われました。

投票用紙


1938年3月13日に完了したオーストリアとドイツ帝国(いわゆる第三帝国)との「再統一」を承認するか?
我々のヒトラー総統による治世に賛成するか?
という2つの質問があり、イエスの方は大きな丸、ノーの方は小さな丸があります。
いかにも「大丸を選べ!」と言っているようです。

皮肉なことに、併合によって初めて、オーストリア人は自分たちがドイツ人ではないオーストリア人なのだという自覚を持つようになったのです。
そして第二次世界大戦後、第二共和国が樹立されました。

アンシュルスは第二共和国にとっても極めて重大な歴史的出来事なので、80周年記念の特集番組や記事が沢山あります。

オーストリアがドイツに併合された後、当時の国際連盟加盟国で唯一メキシコが抗議してくれました。
それに感謝し記念するため、1956年にメキシコ広場が出来ました。英語ウィキMexikoplatz






7年目

2018-03-11 | その他

3月11日という日付は、もう一生忘れられません。
インターネットで、日本とほぼ同時に地震と津波の映像を見ましたが、とても現実とは思えませんでした。
4月9日から3週間に日本に滞在しましたが、当時もテレビのニュースは被災地の様子、原発事故が中心で、大きな余震もありました。
地震を知らない国々の人々は、ある意味余計に恐怖を感じたようで、日本からのニュースにハラハラしていました。
その後も忘れられたわけではなく、毎年3月11日前には「被災地の現在」が報道されています。
数日前にも「7年後の被災地の様子」を紹介する特別番組がありました。


改めてウィキを見ていたら、英語版で下の写真を見つけました。



2011年4月26日オーストラリアでのF1レースの自動車に書かれた日本語。
「我々の祈り、日本に届きますように」とあります。
旗からしてスイスの車のようです。

日本語ウィキの記事は詳しいのが当然ですが、英語ウィキも大変詳しいです。


当時の新聞記事に関するみみずボログ記事
ハラハラ倍増
失敗から学ぶ
日本は沈まない

関連記事
ライラックの思い出(ヨーロッパでのチェルノブイリ恐怖)
脱原発トリオ(福島原発事故に最も敏感に反応した国々)



      


漸くゴタゴタ・タイムも終わりの予定です。こんなボログですが、これからも宜しく 
でも乞無期待






気温上昇

2018-03-05 | かりねこ

仕事やら雑用やらゴタリング現在進行形で御無沙汰いたしました

もう長年、暖冬ばかりでしたが、この2月は久々にマイナス気温のオンパレード、雪も少しですが繰り返しチラチラ


ウィーンでは積もってもこの程度まで

いつものHP週間天気予報に登場の猫さん


マイナス10度前後の日が続いていましたが漸く0度、数日中にプラス10度くらいまで上昇しそう。
漸く春でしょうか?でも、この頃は天候が非行しているので、何が起こるか油断できません

昔は冬といえばマイナス10度前後が普通で、マイナス5度くらいだと暖かいほうだったのですが、もう長年マイナス気温は希少価値でした。
この辺の「正しい(昔の)」気温は夏は25度くらい(最高でも30度)、冬はマイナス10度前後で0度くらいは暖冬でしたが、今では夏に35度を超えるのが普通になり、地球温暖化に歯止めがかからないようです。


 今日の蛇足

ドイツではグロコ(Grosse Koalitionの略)が確定し新政権が発足します。ドイツはヨーロッパの牽引車なので安定していることが大切。
グロコは大型連合政権ということで、2大政党(キリスト教民主・社会同盟社会民主党)による政権です。

ロシアトルコなど政権が独裁的な国々では、批判的で汚職などを告発するジャーナリストが殺されたり、投獄されるのは残念ながら日常茶飯事になっていますが、2月末にスロバキアでも初めてジャーナリスト殺害事件が起きました。
その後の捜査で、イタリアのマフィアが関与していると見られています。政府の中にマフィアと関係をもつ人物がいるのではないかとも言われます。



ゴタリングは、まだ暫く続きます。そのうち又覗いてみてください もちろん乞無期待