日本史から出発して西洋史を専攻したので、読書の主要分野も歴史書です。
但し歴史小説なるものは好きではありません。主人公(歴史上の人物)を美化して、血沸き肉踊る波瀾のストーリーにする傾向があるからです。
(以前にアップした「平家物語」は、むしろ軍記で現代の歴史小説とは違い、辻邦生の「嵯峨野明月記」は例外のひとつです)
しかし最近読んだ3冊は、そういう傾向が全くなく、非常に好感が持てました。しかし「おきにいり」カテゴリーに入れるには、描かれている歴史的事実が悲惨なので「その他」にしてしまいました。
その1
雪の中に放置された駕籠が事件を象徴しています
あまりにも有名な歴史的事件です。誰でも学校の授業で「
安政の大獄があって、その反動として
井伊直弼が桜田門外で殺された」という事実は教わっているはずです。
事件そのものは3分で終わったようです。しかし、その集約的な3分に至る長い過程と、その後の長い過程があります。この2冊は、それを記録に基づいて誇張なく美化せず、淡々と描いています。井伊直弼の側からではなく、襲撃した側に焦点を合わせています。犠牲者の側からだと突発事件ですが、襲撃者側からは、暗殺を決意し準備する過程、決行後の後続計画の齟齬や失望・困難などが描けるので、事件を見つめる奥行きも幅も広がります。
著者の吉村昭は、
桜田門外の変と
二二六事件を比較し「きわめて類似した出来事」と呼んでいます。当初は、ちょっと疑問を持ちましたが、確かに実に類似した事件なのです。
大老を襲った人々も、二二六事件の将校も、手段を選ばず現在の国家体制(幕藩体制、大日本帝国)を立て直さなければならないという「信念」に燃えて決起し、その結果、8年後(1868)には幕藩体制崩壊(明治維新)となり、9年後(1945)には敗戦という破局を迎えています。
桜田門外の襲撃者は、古典的な意味のテロリストですが、多くの市民を犠牲にする現代の無差別テロと違って、彼らが「現在の危機を招いた元凶」と考える人物だけを襲っている点は、ある意味「好感」が持てます(民主主義の政治システムと違い、当時は井伊直弼を平和的に批判する方法は全くありませんでした)。
フランス革命当時の
シャルロット・コルデーも古典的なテロリストのひとりですね
この小説に基づく
映画化があるようですが、たった3分を中心とする歴史的経過を映画として描くのは難しいだろうと思います。恐らく事件そのものの描写も、本当の3分より不自然に「延長」せざるを得ないでしょう。
その2
日本史かぶれだった子供の頃、大日本帝国海軍の軍艦なども色々覚えていたので、
陸奥が爆沈したことは知っていましたが、それ以上の興味を持ったことはありませんでした。アマゾンの解説を読んで気になり、これも読みました。
追記:陸奥が爆沈したのは、柱島泊地に停泊中で、航行中でも戦闘中でもありません。乗員は日常の業務に従事していました。
これは、著者が陸奥爆沈の原因を調査する過程を克明に記録したものです。陸奥は艦内で爆発を起し、
2分で沈没、1121名の乗員が犠牲になりました。著者の執拗な調査の結果判明したのは「爆沈の前、上官に激しく叱責され、うつ状態になった水兵が爆発を引き起こした」という事実でした。この水兵が単に自殺を図ったのか、全艦の乗員を道連れにしようとしたのかは永遠に不明です。著者も書いているように、こうした「内部からの爆沈」は、日本だけでなく色々な国の海軍で起こっているようです。やや強引に簡略化して言えば、物理的な強さだけでなく、人間関係が大切だということでしょう。
ネルソン提督は、何よりも最下層の水夫の生活条件を重視し、その結果、水夫から絶大な信頼を得ていたと読んだことがあります。ネルソン艦隊の強さの秘密だったかもしれません。
この本です。
テロリズム、
クーデターなどの定義、軍隊の本質的な問題といった領域にまで立ち入ると、やたら複雑になるので全く省略しました
子供の頃、吉村昭の「
冬の鷹」を読んで感動しました。最近になって、まず中編集「
磔」を読んでみて、その淡々たる叙述を確認したので、上記の2編(3冊)も読んだわけです。