臨時休業を余儀なくされた飲食は「コロナ7業種」のひとつ。地域金融機関の取引先にはコロナ問題の影響を受けやすい業種が多い
新型コロナウイルスの感染拡大で、金融庁が危機モードに転換した。12日に成立した改正金融機能強化法は公的資金の申請期限を4年間延ばし、2026年3月にする。これまで金融庁は競争を促し、退出すべき銀行をあぶり出す地銀改革を一丁目一番地に置いてきた。返済期限の撤廃も売り物にしたコロナ特例で守るべき最後の一線を越えたのか。
あるリポートが金融庁内で話題になっている。岡三証券グローバル・リサーチ・センター理事長の高田創氏が5月20日に配信した「コロナショックは中小の『コロナ7業種』問題」。7業種は陸運、小売り、宿泊、飲食、生活関連、娯楽、医療福祉で「地域金融機関の取引先にはコロナ問題の影響を受けやすい業種が多い」と指摘した。
金融庁のある幹部は「第2波が訪れた時に事業継続の意欲を失い、自主廃業する企業が続出するのではないか」と危機感を隠さない。「その余波で銀行が収益を失った時に何が起きるのか。銀行自体が店じまいすることだってあり得る」
「コロナショックの時に限り、債務免除は有効な策としてやるべきなんです」。5月26日、参院財政金融委員会で、自民党の西田昌司氏は銀行に債権放棄を迫る案を披露した。コロナの第2波で一段と景気が悪化し、財政で企業を支援する余力がなければ、銀行が損失をかぶればいいという議論が出てくるかもしれない。
「9月中間決算がマズいかもしれない」。金融機能強化法を審議している真っ最中の6月8日の週。金融庁内では「9月越え対策」が話題になっていた。
過去の金融危機の時、決算の期末が訪れるたびに「A銀行が危ないらしい」「B銀行は大丈夫なのか」との噂が飛び交った。リーマン・ショック時にも銀行の信用不安をあおるような噂話が業界で広がった。
19年3月末に5期以上連続で本業赤字の地銀は27行ある。コロナ禍の前から苦境に陥っている地銀は全体の4分の1に達している。金融庁の別の幹部は「資本不足対策も出てくるかもしれない」と語る。
地銀は経営介入を嫌い、公的資金を拒否してきた歴史がある。今回はこれまでにない企業業績の冷え込みで、廃業も目立ち始めた。景気の停滞が長期化すれば、背に腹は代えられなくなる地銀が続出する可能性がある。
金融システムを守るために公的資金を地銀に注入するという政策は間違っているわけではない。かつてと違うのは、コロナ特例で返済期限のない公的資金が入ることだ。人口減や企業の移転などでもともと苦しい状況にある地銀が、公的資金を返済できるまで業績が回復するとは考えにくい。永久に公的資金が入り続ける状況になれば、国が実質的に支配する「国有化」になってしまう――。
「その考えにはくみしないな」。金融機能強化法改正案を閣議決定した6月8日朝、記者が投げかけた質問を遠藤俊英長官は否定した。
金融庁は翌9日の衆院財務金融委員会で「返済のための財源を確保できる見込みがあることは確認する」と答弁した。「具体的な年限を一律・画一的に定めることはしない」という解釈で、個別銀行ごとに返済期限を設定する。「コロナ特例を使えば永久に返済しなくて良い」という究極のモラルハザードを防ぐ布石だ。
金融庁は地銀改革を一丁目一番地に置いてきた(写真は遠藤長官)
金融庁が地銀改革に着手したのは13年のことだ。当初5年はアメをちらつかせて、改革を促す手法をとった。金融検査マニュアルで義務付けていた資産査定の検査を免除し、不良債権か正常債権か判定する自己査定の運用を銀行に委ねた。
自主性を尊重した金融庁の期待は外れ、遠藤長官は就任から1年たった19年に方針をムチに転換した。
その肝が「早期警戒制度」だ。これまで金融庁が経営に介入するのは健全度の基準である自己資本比率4%を割った後だった。新制度では4%を割る前から対話し、場合によっては業務改善命令を出す。19事務年度(19年7月~20年6月)は約10行を重点監視対象にした。
今通常国会では「合併特例法」も成立した。独占禁止法の適用を除外し、体力のある各県1番手の地銀が2番手や3番手を救済できる道を開いた。銀行の信用格付けに格差を付ける「預金保険料の可変料率制」も準備している。競争に落後した後、自助努力で再建できない銀行に初めて淘汰のメカニズムを埋め込むシステムを用意するところまできた。
競争原理で地銀を改革しようとする機運は12年前にもあった。経営が悪化した銀行に公的資金を入れる金融機能強化法の延長議論を封印し、予定通り08年3月末で失効させた。リーマン・ショックが半年後の9月に起きると一転、復活を求める声が日増しに高まる。12月に強化法は復活した。大なたを振るおうとした矢先の経済危機で地銀改革にブレーキがかかった。
今回も競争原理で地銀を改革するやり方は早くも修正を迫られている。政治主導で地域経済の底割れを防ぐ動きが強まれば、金融庁は劣勢に立たされる。焦点は公的資金を実際に注入するかだ。
参考になる指標がある。リーマン・ショックを受けて公的資金を注入した10行のうち、完済できた地銀は北洋銀行1行のみという現実だ。東日本大震災後に公的資金を入れた銀行を含めると、現在の注入行は13行ある。共通するのは、公的資金を除いた実質自己資本比率では健全化できていないことだ。
仙台と豊和の2行は4%割れ、山形県のきらやかが4%台、鹿児島県の南日本、福井県の福邦も5%台。最も改善が進む秋田県の北都銀行や群馬県の東和銀行も8%台で地銀平均の9%超に届いていない。今年夏、福邦と南日本が事実上の最終計画を提出し、公的資金回収の議論をスタートさせる予定だが、他行との再編など外部から資本支援がなければ、返済のメドはたたない。
返済期限のない公的資金が登場した場合、注入済みの公的資金はどうするのか。再生のための時間を買うという理由で借り換えを認めるのか。地銀改革の尻抜けとみて借り換えを認めないのか。金融システムを守ることを優先すれば大目に見るのだろうが、借り換えを認めたのは強化法注入第1陣の豊和銀だけ。本来は今年だった返済期限を29年4月に延長した。同行はもはや自己資本の過半を公的資金が占め、資本の面では事実上の国有化状態にあるとも言える。
金融庁の幹部は「公的資金注入行が1行でも経営破綻し、公的資金を回収できなくなれば、金融庁自身、責任を問われ、組織自体なくなるでしょうね。日銀の子会社になっているかも」と話す。1998年に一時国有化した旧日本長期信用銀行(現新生銀行)の公的資金は回収できていない。過去の危機で投入した公的資金の最終処理を終えないまま、さらに公的資金を投入する事態は金融庁、とりわけ監督局にとって避けたいのが本音だ。
それでも地銀の苦境と向き合わないといけない。金融庁は経営統合や資本提携といった再編で資本不足に対処することを描いている。地元1番手行やSBIホールディングスのような異業種に秋波を送る。危機対応という大義名分で逆に地銀を甘やかす結果になれば、これまでの行政方針との整合性を問われかねないからだ。金融庁内には公的資金の緊急注入論も浮上している。「9月対策」は金融行政の針路を占う試金石となる。