がんを治す「がんワクチン」とは、その仕組みと有望な理由、数十種類の候補が治験に
幾度も失敗が繰り返されてきたが、明るい兆しが見え始めている
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がん細胞(緑色)に取りついた2つのT細胞(黄色)をとらえた走査電子顕微鏡(SEM)の着色写真。T細胞は白血球の一種で、体の免疫系を構成する要素の一つ。(STEVE GSCHMEISSNER, SCIENCE PHOTO LIBRARY)
一般的に、ワクチンはあらかじめ病気から私たちを守るものだ。だが「がんワクチン」は、すでにがんにかかっている患者の治療に主に使われる。がんワクチンは長年研究され、幾度も失敗が繰り返されてきたが、最近は明るい兆しが見え始めている。 ギャラリー:2022年の驚くべき発見22 写真20点
この10年間にゲノム解読などの技術革新が進んだことで、がん細胞とその遺伝子の変異をより詳しく調べられるようになった。その結果、標的がより明確なワクチンを設計できるようになっている。それと同時に、免疫系そのものや、免疫系ががんを認識し破壊する仕組みについても研究が進んでいると話すのは、米ラホヤ免疫研究所の細胞免疫学者スティーブン・ショーエンバーガー氏だ。
がんワクチンの研究はまだ初期段階にある、と米マウントサイナイ・アイカーン医科大学の血液内科・腫瘍内科の専門家ニーナ・バルドワジ氏は話す。だが、さまざまながんに対する数十種類のワクチン候補について初期の臨床試験(治験)が行われており、有望な結果が得られているという。 開発の目標は、がん細胞を破壊するワクチンの実用化だ。一方で、リスクが高い人のがん発生を予防できるワクチンの試験も行われている。
がんワクチンとは?
あらゆるワクチンの目的は、体の安全を守るために、免疫系に標的について教え込むことにある。例えば、新型コロナウイルスワクチンは、ウイルスの情報を事前に免疫系に教える。そのおかげで免疫細胞は、侵入したウイルスをすぐに特定して破壊することができる。 同じように、がんワクチンもがん細胞の「顔つき」を免疫細胞に教え込んで、免疫細胞ががん細胞を見つけて破壊できるようにさせる。この「教育」というプロセスが、サイトカインや抗体などを治療に活用したり、患者の免疫細胞の遺伝子を改変してがん細胞と闘わせたりする他の免疫療法と異なる点だ。
専門家によれば、がんワクチンには、他の治療法で生き残ったがん細胞を破壊したり、腫瘍の成長や転移を防いだり、がんの再発を防止したりできる可能性がある。 がん治療用ワクチンの中には、免疫細胞の「樹状細胞」を利用するものもある。患者の血液サンプルから樹状細胞を取り出し、その患者のがん細胞から得た主要なタンパク質にさらして樹状細胞を教育するのだ。すると、患者の体内に戻された樹状細胞は、T細胞など他の免疫細胞に対し、がん細胞を見つけて破壊するように刺激したり教えたりすることが期待される。
T細胞は生物学的に最も驚くべきトリックをやってのける、と米メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターの腫瘍内科医クリストファー・クレバノフ氏は解説する。T細胞には、腫瘍細胞の表面にあるタンパク質を認識し、結合する受容体がある。まるで鍵と鍵穴のような関係だ。いったん結合すると、T細胞は腫瘍細胞に穴を開けて破壊する。
しかし「残念ながら、大きな腫瘍の除去に必要な質と量のT細胞をワクチンで生み出すのは、まだ難しいようです」とバルドワジ氏は話す。ワクチンは腫瘍が小さいうちに接種することが望ましいそうだ。 がんワクチンの効果を強化するために、腫瘍に対する免疫の反応を促す医薬品と組み合わせて使用する研究もよく行われている。
現在、ワクチンメーカーではmRNA(メッセンジャーRNA)技術の活用が増えている。これは新型コロナワクチンの開発にも用いられた技術だ。mRNAがんワクチンは、患者の体内の樹状細胞に、腫瘍に特有のタンパク質やペプチドを産生するよう指示し、免疫反応を生み出す。 また、がんの予防を目的としたワクチンもいくつかある。B型肝炎やヒトパピローマウイルス(HPV)のワクチンは、一般的なワクチンと同じように、将来的にがんをもたらす恐れがあるウイルスへの感染を防ぐ効果をもつ。