フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

6月16日(日) 小雨のち晴れ

2013-06-17 10:20:39 | Weblog

  9時、起床。日曜日だ。日曜日は週に一度めぐってくるが、日曜日らしい日曜日、つまり休日としての日曜日は久しぶりである。

  少しばかり雨が降っているが、そのうち止むだろう。10時頃、家を出て、「テラス・ドルチェ」で朝食をとる。   

   鞄には昨日購入した黒田杏子『新版 俳句、はじめてみませんか』(学研)を入れてきた。さっそく読む。実は、俳句はまったく初めてというわけではない。高校生の頃、旺文社や学研から出ていた学習雑誌の短歌・俳句欄に毎月投稿して、2・3回に1回くらいの割で入選して、図書券をもらっていた。青年にありがちなことだが、自由律俳句に惹かれていた。とくに季語も意識していなかったと思う。しかし、今回は違う。ちゃんと季語のある定型の俳句を作ろうと思う。

  「『俳句を作る』ということは、ことばあそびをするのではなく、何度もいいますが、季語という日本語の中の宝石、大勢の、かぞえ切れない人々によって、使い込まれ、磨き抜かれた特別の言葉を一句一句の中にいきいきと働かせて、あなた自身のこころをオリジナルな作品にするのだとお考えください。
  季語をいきいきと働かせる、そのためにはまず、その季語をよく 知る、その季語の実体を知る必要があるのです。季語の現場に踏み込んで、直接、季語に接してみましょう。季語そのものをじっくりと眺めてみましょう。
  水仙なら水仙をあらためてよく観察する。寒さというものを肉体的にもこころの内でもじっくりとかみしめ、あらためて体験してみること。ひとつ、ひとつ、こうして歳時記に載っている季語と実際に出合い、知り合いになり、生きたつきあいを重ねてゆく、積極的に季語の実体に触れ、感じ、体験することをつみ重ねてゆくことです。あなたの生活は好奇心に満ち、いきいきとしていくるはずです。」(黒田、40-41頁)

  なるほど。日常的な世界を、ただなんとなくではなく、意識的に経験するという意味では、俳句はカメラや日記と似ている。 

  恵比寿の東京都写真美術館へ行く。いつも3つの展示会を同時にやっているが、今日はそのうちの2つ、「日本写真の1968」と「写真のエステ 五つのエレメント」を見物する。

  「日本写真の1968」は、1968年という戦後日本の大きな転換点となった年、写真の世界では何が起こっていたのかを改めて検証しようとしう企画である。 ラウンジにはこの企画への感想が書かれたノートが置かれていた。パラパラと読む。誰かの感想にもあったけれど、こういう感想ノートというものがそのもの1968年的である。「発言する」ことが、強く、熱く、求められていた時代だった。

   「写真のエステ」は年間企画で、3つのサブテーマで構成される。いま開催中のものは最初のサブテーマで、光、反映、表象、喪失感、参照という写真表現に特徴的な5つの要素に焦点をあてて、それぞれの要素を十全に発揮している作品を展示している。

  見物を終えて、恵比寿ガーデンプレイスタワー最上階(39階)にある「東天紅」に昼食をとりに行く。

  華定食(2100円)を注文。前菜、エビチリソース、かさごの黒豆ソースがけ、春巻き、スープ、ご飯、漬物、杏仁豆腐。食事の後にお茶(ジャスミン茶)が出て、ゆっくりできるのがいい。 

   さて、本日のメインイベント、牧阿佐美バレエ団公演「白鳥の湖」を観に五反田のゆうぽうとホールへ。 

  「白鳥の湖」を伊藤友季子の主演で観るのはこれで三度目である。同じバレエ団の公演を継続して観ていると、団員の顔と名前も自然と覚えてくる。若い世代の台頭を今回は感じた。とくに、第一幕でパ・ド・トロワを踊った中川郁、第2幕で小4羽の白鳥を踊った織山万梨子、この二人の踊りは「はじけるような」という表現がまさにピッタリのバネの効いた切れ味のいい動きで、魅了された。これから表現力を磨いていけば、伊藤・青山(季可)のツートップの後継者として間違いなく育っていくだろう。

  終演後、本日の主演の2人のサイン会。少女たちと一緒にまた並んでしまいました。「場違い」という言葉が頭をかすめたが、頭を振って、振り落した。

   日が本当に長くなった。


切り落とした庭木の枝で爪を研ぐなつ。「おかえりニャー」