フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

1月3日(金) 晴れ

2014-01-04 11:48:50 | Weblog

      9時半、起床。

      今日は妹夫婦が来ることになっている。12時頃に来るものと思っていたら、道が渋滞していて、いま高井戸あたりという連絡があった。こちらは朝食抜きなので、先に出前の寿司を食べる。刺身は連日食べているが、寿司はまた別である。

     次男は電車で来たが、有楽町の火災の影響で1時頃に到着。妹夫婦は2時頃到着。

     新しいメンバーがいた。ジョンに加えて、犬がもう一匹、「まめ」ちゃんだ。ジョンの前にいたモモと姿形は似ているが、性格が違う。モモはよく吠えたが、 まめはおとなしい。ただし、食いしん坊だ。

      まめは野菜が大好き。そんな犬がいるとは知らなかった。食卓にあるレタス、キュウリ、ブロッコリーをあげると、どれも夢中で食べた。ジョンもつられて食べるのだが、「そんなに美味しいですか?」という顔をしている。

      夕方、散歩に出る。

      年末年始無休で頑張っている「テラス・ドルチェ」でコーヒーを飲む。年末はマスターと「よいお年を」の挨拶をしたが、今日はマダムと「本年もよろしくお願いします」の挨拶をする。お年始にコーヒーのパックをいただく。

     栄松堂で宮藤官九郎『「あまちゃん」完全シナリオ集』第一部・第二部(角川書店)と、『文藝春秋』1月号を、新星堂でモダン・ジャズ・カルテットのベスト盤(500円!)を購入。

      夕食はカレーとパンとサラダ。Uさんからいただいたホタテをフライにしてホタテカレーにする。初めて食べたが、肉厚の食感と淡泊な味わいは独特である。

     ちなみに昼は定番のバター焼きで食べた。

      夜、今日購入した「モダン・ジャズ・カルテット」のベスト盤を聴く。ミルト・ジャクソンの奏でるビブラフォン(鉄琴の一種)が特徴的なバンドである。「あるす」のマスターが一番影響を受けたバンドとしてあげていたのも頷ける。マスターはビブラフォンの奏者で、店内の一隅にはいまは使われなくなったビブラフォンが置かれている。

      ところでこのCD、驚いたことに、ジャケット(およびCDの表面)に記された収録曲と実際の収録曲が違っている。

      ジャケットに記されいる曲目は以下の通り。

         1 ジャンゴ

         2 ニューヨークの秋

         3 ヴェルサイユ

         4 デローネイのディレンマ

         5 ミラノ

         6 オール・オブ・ユー

         7 クィーンズ・ファンシー

         8 朝日のようにさわやかに

         9 バット・ナット・フォーミー

         10 コンコルド

       実際の収録曲は以下の通り。

         1 ジャンゴ

         2 ニューヨークの秋

         3 ワン・ベイス・ヒット

         4 オール・オブ・ユー

         5 バット・ノット・フォー・ミー

         6 朝日のようにさわやかに

         7 アイル・リメンバー・エイプリル

         8 ガーシュイン・メドレー

         9 ヴァンドム

         10 オール・ザ・シングス・ユー・アー

      10曲中5曲が同じだが、全体としては、似て非なるものである(笑)。よくあることなのかしら。まさかね。ちなみにトータルの演奏時間はどちらも45分でこれはちゃんと合っている。私がこうした事態に寛容でいられるのは、実際の収録曲も悪くないチョイスだからである。

 

     というわけで、MJQのCDを聴きながら、『文藝春秋』1月号掲載の村上春樹の小説「イエスタディ」を読んだ。「女のいない男たち」シリーズの2作目である。主人公(大学生)+友人(浪人生)+友人の彼女(大学生)という登場人物の組み合わせは村上春樹の小説にはときどきあるように思う。主人公は関西(芦屋)の出身で、上京して大学(早稲田)に入るときに、それまでの自分とは違う自分になるために(という無意識の動機が働いて)、関西弁を封じて、完璧な標準語を話すようになった。一方、友人は東京(田園調布)の出身で、高校を卒業して(浪人生になって)、それまでの自分とは違う自分になるために、標準語を封じて、完璧な関西弁を(独学して)話すようになった。動機は共通しているが、主人公の方はよくある話で(上京という近代日本の人生の物語に内在するベクトルに沿っている)、友人の方はエキセントリックである。その結果、主人公の人生問題はいったん後方へ退き、物語は友人と彼の彼女の人生問題がクローズアップされる形で進行する。主人公は彼自身の問題を抱えながらも、傍観者の位置にとどまり、人生の標準的なコースを大きく逸脱することなく生きていくことになるが、それは友人が逸脱的な人生を生きていくことと相補的な関係にある。ここに村上春樹の作品の一つの特徴があると思う。ストーリーテリングとしての面白さと、市井の人々の抱える人生問題についての考察がワンセットになっているのである。