フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

8月6日(火) 晴れ

2019-08-07 09:58:56 | Weblog

8時半、起床。今日も猛暑の一日になる。

トースト、カレー、サラダ、牛乳、紅茶の朝食。 

夏の甲子園が始まった。夏本番だ。決勝戦は8月21日(予定)。そして、いつものことだが、甲子園が終ると、夏の終りが近づいたことを感じるのだ。 私は決して熱心な高校野球ファンではない。テレビ観戦もほとんどしない。でも、「今日も高校野球をやっている」という日常が好きなのだ。

10時に予約している歯科に行く。虫歯の治療(歯に新しい金属を被せる)。 

昼食はカップ麵(白ごま担担麺)。時間とお金の節約。だぶんダイエットにもなる(はず)。

デザートは先日川副さんからいただいた桃のゼリー。 

答案の採点の見直し終了。「確定」ボタンを押す。

夕方、散歩に出る。 

駅ビル東館の「くまわざ書店」で今村夏子の小説を2冊購入し、「テラスドルチェ」で読むことにする。 

今村夏子『あひる』(書肆侃侃房、2016年)

 *老眼なので、角川文庫版ではなく、単行本を購入。

今村夏子『父と私の桜尾通り商店街』(角川書店、2019年) 

さてどちらを先に読もうかとしばし考えて、先に出た『あひる』の方を読むことにする。3つの作品が収められているが、もちろん表題作の「あひる」を読む。

「 あひるを飼い始めてから子供たちがうちによく遊びに来るようになった。あひるの名前はのりたまといって、前に飼っていた人が付けたので、名前の由来を私は知らない。」

のんびりとした書き出しである。瀬尾まいこの作品だと言っても通じそうだし、もしかしたら庄野順三の作品だと言っても通じてしまうかもしれない。ちなみに庄野の長女の名前は今村夏子というが、これは偶然で、まったくの別人である。

しかし、「読み始めると心がざわつく。何気ない日常のふわりとした安堵感にふとさしこむ影」と帯に書いてあるとおり、瀬尾まいことは違う、もちろん庄野順三とも違う、今村夏子の小説世界が展開していく。だが、それは昨日読んだ『むらさきのスカートの女』の世界とは別物である。しかも驚いたことに、帯には大きな文字で「新たな今村夏子ワールドへ」とある。つまり私が未読のデビュー作『こちらあみ子』(筑摩書房、2011年)の世界とも別物だということだ。書くたびに作風が変化しているというのだろうか。それは自分の作風を模索中ということなのだろうか、あるいはピカソのように不断に自己改革を志向しているのだろうか。

30分ほどで読み終わる。続けて『父と私の桜尾通り商店街』に手がのびそうになったが、止めておく。映画やテレビドラマを2本続けて観ないというのは私の流儀で、それは小説の場合も同じである。後味が上書きされてしまうのが嫌なのだ(ただし短篇作品集の場合は別)。

帰宅して、忘れないうちに、アマゾンで、今村の『こちらあみ子』と『星の子』(朝日出版社、2017年)を注文する。これで彼女の全部の本(といっても5冊だが)が揃う。

夕食は鶏肉とズッキーニとパプリカの炒め物、刺身豆腐、油揚げの味噌汁、ご飯。 

二人前です。 

演習のレポートの採点も終わる。締め切りの一日前に全部終わって、やれやれだ。これでようやく本当の夏休みに入れる。

風呂を浴びて、今日放送の『Heaven?』(録画)を観る。

2時半、就寝。