文化逍遥。

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NHKスペシャル取材班『母親に、死んで欲しい』2017年新潮社刊

2018年01月13日 | 本と雑誌
 最近、図書館から借りて読んだ本から。



 本書は、2016年7月3日に放送されたNHKスペシャル『私は家族を殺した~“介護殺人”当事者たちの告白~』をベースにディレクター、記者が書き下ろし、昨年10月に出たドキュメンタリー。題名を読めば、内容はほぼ察しがつくだろう。
 わたしも、認知症だった母の介護を約15年続け、2014年に自宅で看とった。その間、介護自体を辛いとか、苦しいとか感じたことはなかった。しかし、人格が変ってゆく母にどう対応して良いのか、さらには周囲の無理解、そこには苦しんだ。一時期は、軽い精神安定剤を飲んでやり過ごすこともあった。今思えば、一番つらかったのは患者本人で、自分が自分でなくなってゆく不安に常に苛まれているのが認知症なのだった。「認知症の人と家族の会」の会報や、認知症患者本人であるクリスティーン・ブライデンの著作などを読み、知識としては持っていても、それを実感し自らの介護に生かしてゆくことは容易ではなかった。それでも母の場合は、まれに「ありがと」と言ってくれたので、その一言でわたしは救われたのだった。逆にいえば、その言葉が無ければ、この本の「当事者」になっていた可能性はあった、と今も思う。

 本文中の、ある介護施設長の言葉を引用しておく。
「国は在宅介護を進めているけど、施設のヘルパーでも手に余る人を、素人の家族が朝から晩まで介護することは、精神的に大変なことなんです。自分の身内だからできるでしょうというが、それは違う。認知症で昔と変ってしまった家族を受け入れることは難しいんです」(p70)

 高齢化が進み、けっして他人事ではないのは明白だ。統計によると、昨年の5月時点で、介護を必要としている人は634万人。介護のために離職している人は、年間10万人以上いるという。政府は、介護離職をなくす、と言っているが今のところ掛け声だけに終始している。介護施設でのトラブルも多い。大切な家族を安心してあずけられる施設は少ないのが現実だ。このままでは、間違いなく社会全体がジリ貧になる。
 スマホなどIT技術がさらに進み、孤立する介護者の一助になることを期待したい。が、今のところ現実はそうはなっていない様に見える。多くの人に、読んでもらいたい一冊。

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