King Diary

秩父で今日も季節を感じながら珈琲豆を焼いている

変わるルール

2017年12月19日 14時38分01秒 | 珈琲

トヨタは中国で電気自動車を売り出すと発表し、2025年までに全車種を

電気自動車化するとしています。

脱炭素社会とか脱化石燃料化という世の中の変化はより身近により近未来の出来事と化してきています。

 

そんな世の中の変化とルールの変化に日本は取り残されているようで、未だに石炭発電の火力発電所を輸出するとしています。

異次元の金融緩和で円安にして輸出企業や大企業は景気拡大の恩恵を受けていて一般の人々は長時間労働に低い賃金で離職率が上がり求人倍率は上がっても誰もそんな仕事に就こうとせず数字上の景気拡大が続いているのです。

秩父の現状はもっと悲惨で高年齢化と過疎とさびれる地方の実態をさらしています。

それなのに交わされる会話には秩父は今観光客が増えて景気がいいでしょうとか祭りの湯がにぎやかだとか土日の道路の混雑とか活気があるかのようなことが言われています。

 

しかし、それらは実体経済の動きを知らない人たちのうわべの見方です。

確かに駅や市役所は新しくなり、道も広がりいろいろと投資が進んでいるように見えるものの実際には人口がどんどん高齢化し一人暮らしのお年寄りばかりがいる旧市内や耕作放棄地が増え野生動物がすぐ身近に現れるようになっているのです。

これらは実体経済に合わせた政策や具体的な処方箋がなく、見た目の豊かさだけという日本の現状の危うさを表しています。

毎年過去最高の予算を組みその35%が国債によるものであり、それがずっと続くという借金財政でこれが火種とならず国際問題にもならず何かあると比較的安全な通貨として買われ続けるという不思議な現象がもう何年もつづいています。

 

テレビを見れば日本のおもてなしとか外国人が日本の文化やアニメをもとめて続々と訪れて世界に誇る国であるかのように持ち上げています。

かつて、武士道を説いて日本の独自性をアピールし世界に独自のルールでアプローチした新渡戸稲造が結局は日本の進む方向を変えられなかったように正しいことだけでは動き出したうねりは簡単には方向修正できないのです。

しかし、正しいとみんなが気が付くことやおかしいと言い続けることで誤った方向に向かうルール変更に修正が加えられるのではないでしょうか。

世界では脱炭素社会が進んでいるが、地方で何ができるかといえば薪ストーブとかペレットストーブの普及ではないでしょうか。

秩父に移住する人のほとんどが薪ストーブを使い、その前で飲む珈琲をと買い求めにいらっしゃいます。

放棄された農地や山間地の活用で人口減を食い止め秩父の良さをアピールしていくことが今後より重要な施策になっていくのではないでしょうか。

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珈琲の印象と顔と

2017年12月19日 13時32分39秒 | 珈琲

結局あの焦げ味のコーヒーの味はずっと付きまとい、

それを拭い去り珈琲とはこんな素晴らしいものであるというもとに戻すのに一週間は

必要だと感じています。

 

浅煎りの豆と深煎りの大粒豆と普段でないような希少豆がここのところギフトがらまり

で注文され香りの妙や甘さの差などいろいろと刺激を受けやっとあの打撃を緩和してきたところです。

ここのところの寒さで大粒豆は今までより深く焼くようになっています。

 

しかし、それは焦げとは無縁なさらに一段階深い焼きであり、甘みが強く前面に出てきて味は厚く深く重なります。

小粒なコロンビアなどで希少な豆はティビカと違い浅煎りに仕上げました。

これは酸味の妙を強調し、切れとコクが絶妙に感じる点で焼きを止めます。

 

小粒のモカなどもあまり焼き過ぎないように仕上げました。

 

どれも豆姿焼き色がそれぞれ違います。

これが当然ですが、焼き豆が並ぶ豆屋さんの店頭でみると同じ色で同じ豆姿のものが並ぶ店が大半です。

生豆が店頭に並ぶ店はジェット焙煎などの電気熱風式ですが、先日の豆屋さんなどは

ガスコンロに小さい釜が乗るタイプのものが何台も並び注文を受けてから焼くらしいスタイルです。

当店の釜ではたとえ300gの最小限豆でもやはり30分かかり、この少ない豆を焼く方がこまめに火力を調節し、気を使い短時間で仕上げることはできません。

特に最初の10分は気を使いここで下手に温度変化を与えれば外だけ焼けて中は生という状態になり、豆色で焼きの判断がつかない状態になります。

人により自分はプロだから豆の状況はいちいち豆色や時間と火力を見なくても焼けるという自分なりのルーチンを持ちそれが揺るぎのないものというオリジナルメソッドを論じる人がいます。

しかし、豆の状況は保存状況やロットごとにまちまちであり、保存方法でも味は変化し水分量の持続も豆ごとにまちまちなのです。

さらに火力というのはその日により変わり、重力により微圧計の数値も外気温により排気温度も変わってくるので毎日毎日のデーターが重要になってきます。さらにそれを飲んで変化を感じさらに季節の移り変わりも自分の肌で常に感じていないと味の変化をどうつけてどう感じるかも解りません。

 

増して焼いている人が季節を感じこの季節にどういう味のものを飲みたいかという確たるビジョンを持たずに焼いている店がほとんどだと感じます。

そんな意味で今年のケニアレッドマウンテンが焼けるのは私にとっても喜びであり

勧めるに足りる冬の味がしっかりとあります。

こんなために日々ランニングをし、その時に聞こえる鳥の声に耳をそばだて、香る空気に何が今咲いていて何がなっているのか心を砕きます。

冬には冬の香りがあります。

どこかで藁を燃やすような匂いも終わり、冷たい湿った香りがいろいろなものの本質を際立たせる季節になりました。

こんな冷たい空気の中でも花をつける植物があります。

今の時期見られる鳥たちの行動や音があり、空気の香りに豆を見てこう焼こうという構想もできるのです。

そもそも焦げてしまえば何の豆でも同じであり、本来の魅力もなく、焦げの持つガツンとした味だけが残ります。これが直火焙煎の醍醐味とする人がいるのも事実ですがそれは焦がしていいという意味ではありません。ネットで焦がしとか焦げコーヒーなどで検索してかなりのものがヒットしてきます。それも否定的に書かれたものより好意的に使っている場合がほとんどで私が思うほど嫌悪感をもって飲んでいるケースよりむしろ喜んでいるのが不思議でなりません。

かつて炭火焼きコーヒーというのがはやり、本来の焼き方からかけ離れた炭で焦がしたようなものが出回っていた時期があります。

今でもそういうのが本物のコーヒーだと思っている人もいるようで炭火の持つ本来料理などでの利点を知らない人が炭火の香ばしい匂いが付いたものを喜んでいるようですが、それでは本来の珈琲の味でなく炭の焦げ味などという本来炭を使う意味すら知らない自身の愚かしさに気が付くべきです。

実際には焦げたピザにしろ焦がした料理や食品に絶妙な火加減の魔術的な味といった経験をしらないという根本的な誤りがあり、素人の失敗したものを食わされたり飲まされたりしなければならない現状に文化の低下と感性のなさを痛感するのでした。

 

 

 

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