チャペルで世的な話はよくないのですが、小泉首相の靖国政策にあまりに宗教的純朴が目立ちますので、日本のために少し語ってみます。またすぐに、本来の霊的な話にもどります。戻らなければならないです。
<怒りのレスポンス>
前回の春平太の投稿に対し、読者から、長いレスポンスを個人的にいただきました。要点は下記のごとくです。
~~なるほど、小泉さんの
論理は、国際社会(アメリカ、中国、韓国)には通じがたい
ということがよくわかりました。
ただ「戦争に正義を導入し
て断罪する」というやり方は、アメリカそして中国に特殊な
考え方であるということを聞いたことがあります。
・・・(中略)・・・
日本を悪とし、共産主義を悪とし、イスラムを悪とするアメリカ。
また歴史を都合
よく平気で改ざんし、自国の支配の道具とするとともに、外
交における有利な交渉材料、他国侵略の道具とすべく、戦時
プロパガンダを執拗に展開するという、まさに中華社会の伝
統に忠実な中国や韓国。
これらは、欧州の主流の伝統的な戦
争観から見れば、極めて特殊な考え方です。つまり「誰が良
い者で誰が悪者であるかを言い続ける」というイデオロギー
史観こそ特殊です。
A級戦犯という、東京裁判のバカげた決め付けそのも
のが意味ないわけであり、その後の国会決議でも、戦犯特赦
を圧倒的多数で決議し、無念を晴らした。これは当時の国民
の常識です。A級戦犯が許せない、霊も弔えないなら、A級
戦犯である岸さんが、なぜ総理になった時に、アメリカも中
国も、文句を言わなかったのでしょうか?つまり、自国にと
って有利に使える材料だから、情勢によって、靖国を持ち出
しているだけであり、一貫性など何も無いのです。
従って、小泉首相に期待するのは、国際社会を意識してもっと論理的に徹底的に主張
をすることでしょう。まっとうなブレーンをつかって徹底し
た論理展開を、国内、国外に向かって、各国の母国語で直接
語りかけること。
・・・(中略)・・・
間違った戦後60年のゆがみを正
すこと、それが、残された任期における小泉さんの重大な仕
事である~~~
<春平太のレスポンス>
で、鹿嶋としては、こんな対応をいたしました。
***
~~憤懣、よくわかります。
心ゆくまで怒ってください。私も一緒に怒ります。
これはこれで、抗議していていいのです。
ただし、そう言いながら他方において、
犯人を明確にして事件は事件として銘記する、
というのは独立に処せねばならない、ということですね。
全大和民族がこの辺を「わからない、しない」なので、
中国の民衆暴動が誘発されている、
という面も、濃厚にあるのですね。
火に油を注ぐというか、その油の役割までしてしまっているのですね。
その意味で、犯人銘記の必要がわかっていないこと
へのいらだちは、できものの根っこに当たるわけです。
これを切除したら、できものはス~と引っ込んでいくでしょう。
多少、かさぶたは残りますけどね。
(>「誰が良
>い者で誰が悪者であるかを言い続ける」というイデオロギー
>史観こそ特殊です。
~~これは、史観などという頭のてっぺんに
あるものとは違いますよ。多民族社会統治の知恵です。
それに、当事者が自主的にちゃんと対処したら
「言い続け」ませんよ)
そこで、根っこをとるための考察をすすめましょう。
その方が生産的です。
<かみ合わないなあ>
春平太の前回の投稿を読んで、
「要するに分祠をしろといってるだけじゃないか、
よく聞く通説じゃないか・・・」という印象をおもちに
なったかも知れませんね。
だが、よ~くみて下さい、そうではありませんよ。
通説では、分祠を一つの選択の道のように捉えています。
私はそうではなく「分祠は選択の余地のない
絶対的な道だ」といっているのです
(だから、できものの根っこです)。
この違いは、大きいですよ。
分祠という道は避けて通れない道なのです。
国際社会で生きていく限りは、やらねばなりません。
これが十分にわかっていないから、
「戦後60年間も平和主義を通してきたではないですか、
そのあたりを評価していただかないと・・・」
といったような、ずっこけたお願いを、
政権政党の幹事長あたりがすることになるのです。
それと、犯人を消滅させない、というのとは、別の話なのです。
ほーんとにかみ合わない。中国側は、あきれているでしょう。
(これがすすむと、バッシングになります。
わからなければ、子供を訓戒するときのように
バッシングするしかない、というのは
アメリカもやりましたね。
ジャパンバッシング・・・)
<女性副首相が帰ったのは>
中国の女性副首相が、小泉君との面談をドタキャンして日本を離れましたね。
小泉君に上記のことがわかっていないのが明らかだったからです。
どうして話し合いさえしないのか、ですって?
彼等は、人間社会の本質をよく知っているのです。
ある問題をめぐって「わかっているものと」「わかっていないもの」
とが論争したら、後者の「わかっていない方が勝つ」ということを。
実際そうでしょう、常に。
日本人でも既婚者には、それを知っている人が
少なからずいるのではないでしょうか。
中国の為政者の知恵に関して、マスコミに出ないものが
私の耳に入ってくることがあります。
宗教社会的な側面のものですけどね。
それから受ける彼等の知恵の深さには、驚嘆することがあります。
中国の統治者の知的な能力には飛び抜けたものがあります。
なにせ、麻雀を考え出した民族です。
でも、小泉君は、自説を率直に、堂々と主張しますよね。
慶応ボーイそのもの。裏がない。
だから、中国の統治者も、安心できるし、
憎めないんじゃないですか。
やんちゃな息子のようにかわいく感じる面もある。
そこで、今回は、
「純なる少年よ、我々の負けです。バンザイです」
ということになった。
そこで、女性副首相は呼び戻されたのです。
日本の識者・ジャーナリズムは「何故だ、失礼ではないか」
などと理解に苦しんでおりますけどね。
筋道は明瞭なのです。
<怒りのレスポンス>
前回の春平太の投稿に対し、読者から、長いレスポンスを個人的にいただきました。要点は下記のごとくです。
~~なるほど、小泉さんの
論理は、国際社会(アメリカ、中国、韓国)には通じがたい
ということがよくわかりました。
ただ「戦争に正義を導入し
て断罪する」というやり方は、アメリカそして中国に特殊な
考え方であるということを聞いたことがあります。
・・・(中略)・・・
日本を悪とし、共産主義を悪とし、イスラムを悪とするアメリカ。
また歴史を都合
よく平気で改ざんし、自国の支配の道具とするとともに、外
交における有利な交渉材料、他国侵略の道具とすべく、戦時
プロパガンダを執拗に展開するという、まさに中華社会の伝
統に忠実な中国や韓国。
これらは、欧州の主流の伝統的な戦
争観から見れば、極めて特殊な考え方です。つまり「誰が良
い者で誰が悪者であるかを言い続ける」というイデオロギー
史観こそ特殊です。
A級戦犯という、東京裁判のバカげた決め付けそのも
のが意味ないわけであり、その後の国会決議でも、戦犯特赦
を圧倒的多数で決議し、無念を晴らした。これは当時の国民
の常識です。A級戦犯が許せない、霊も弔えないなら、A級
戦犯である岸さんが、なぜ総理になった時に、アメリカも中
国も、文句を言わなかったのでしょうか?つまり、自国にと
って有利に使える材料だから、情勢によって、靖国を持ち出
しているだけであり、一貫性など何も無いのです。
従って、小泉首相に期待するのは、国際社会を意識してもっと論理的に徹底的に主張
をすることでしょう。まっとうなブレーンをつかって徹底し
た論理展開を、国内、国外に向かって、各国の母国語で直接
語りかけること。
・・・(中略)・・・
間違った戦後60年のゆがみを正
すこと、それが、残された任期における小泉さんの重大な仕
事である~~~
<春平太のレスポンス>
で、鹿嶋としては、こんな対応をいたしました。
***
~~憤懣、よくわかります。
心ゆくまで怒ってください。私も一緒に怒ります。
これはこれで、抗議していていいのです。
ただし、そう言いながら他方において、
犯人を明確にして事件は事件として銘記する、
というのは独立に処せねばならない、ということですね。
全大和民族がこの辺を「わからない、しない」なので、
中国の民衆暴動が誘発されている、
という面も、濃厚にあるのですね。
火に油を注ぐというか、その油の役割までしてしまっているのですね。
その意味で、犯人銘記の必要がわかっていないこと
へのいらだちは、できものの根っこに当たるわけです。
これを切除したら、できものはス~と引っ込んでいくでしょう。
多少、かさぶたは残りますけどね。
(>「誰が良
>い者で誰が悪者であるかを言い続ける」というイデオロギー
>史観こそ特殊です。
~~これは、史観などという頭のてっぺんに
あるものとは違いますよ。多民族社会統治の知恵です。
それに、当事者が自主的にちゃんと対処したら
「言い続け」ませんよ)
そこで、根っこをとるための考察をすすめましょう。
その方が生産的です。
<かみ合わないなあ>
春平太の前回の投稿を読んで、
「要するに分祠をしろといってるだけじゃないか、
よく聞く通説じゃないか・・・」という印象をおもちに
なったかも知れませんね。
だが、よ~くみて下さい、そうではありませんよ。
通説では、分祠を一つの選択の道のように捉えています。
私はそうではなく「分祠は選択の余地のない
絶対的な道だ」といっているのです
(だから、できものの根っこです)。
この違いは、大きいですよ。
分祠という道は避けて通れない道なのです。
国際社会で生きていく限りは、やらねばなりません。
これが十分にわかっていないから、
「戦後60年間も平和主義を通してきたではないですか、
そのあたりを評価していただかないと・・・」
といったような、ずっこけたお願いを、
政権政党の幹事長あたりがすることになるのです。
それと、犯人を消滅させない、というのとは、別の話なのです。
ほーんとにかみ合わない。中国側は、あきれているでしょう。
(これがすすむと、バッシングになります。
わからなければ、子供を訓戒するときのように
バッシングするしかない、というのは
アメリカもやりましたね。
ジャパンバッシング・・・)
<女性副首相が帰ったのは>
中国の女性副首相が、小泉君との面談をドタキャンして日本を離れましたね。
小泉君に上記のことがわかっていないのが明らかだったからです。
どうして話し合いさえしないのか、ですって?
彼等は、人間社会の本質をよく知っているのです。
ある問題をめぐって「わかっているものと」「わかっていないもの」
とが論争したら、後者の「わかっていない方が勝つ」ということを。
実際そうでしょう、常に。
日本人でも既婚者には、それを知っている人が
少なからずいるのではないでしょうか。
中国の為政者の知恵に関して、マスコミに出ないものが
私の耳に入ってくることがあります。
宗教社会的な側面のものですけどね。
それから受ける彼等の知恵の深さには、驚嘆することがあります。
中国の統治者の知的な能力には飛び抜けたものがあります。
なにせ、麻雀を考え出した民族です。
でも、小泉君は、自説を率直に、堂々と主張しますよね。
慶応ボーイそのもの。裏がない。
だから、中国の統治者も、安心できるし、
憎めないんじゃないですか。
やんちゃな息子のようにかわいく感じる面もある。
そこで、今回は、
「純なる少年よ、我々の負けです。バンザイです」
ということになった。
そこで、女性副首相は呼び戻されたのです。
日本の識者・ジャーナリズムは「何故だ、失礼ではないか」
などと理解に苦しんでおりますけどね。
筋道は明瞭なのです。