<実験して初めてわかった>
前回述べましたように、マルクスは社会主義を理想郷とし、その実現を夢見ました。
この理想に向かって社会主義国家建設に邁進したリーダー国家の中に、ソ連と中国がありました。
この二国については後述します。
がともかくこのようにして、社会主義思想による経済・国家の建設・運営が初めてなされました。
それは人類史における壮大な社会実験でもありました。
にもかかわらず、結果はマルクスの夢見たようにはなりませんでした。
それどころか、ほとんどの試みは失敗に終わりました。
ソ連は社会主義方式をやめて、自由主義ロシアにもどりました。
中国でも社会主義は、理想とは逆に人民の貧困を生みました。
そして、この国では社会主義方式のままで、経済には市場方式を取り入れていきました。
それによって、初めて物的な繁栄を実現しつつあります。
こうした歴史経験によって、人類の大半は社会主義の夢から覚めるに至っています。
<運営の問題>
マルクスの理想の実現を阻む障害は、組織運営面にありました。
彼は私有生産手段を公有化すれば、効率的な社会はオートマチックに実現すると思っていました。
宇多田ヒカルのヒット曲のように「イッツ・オートマチック」だと思っていた。
ところが国有化をすれば実際には、国家や地方政府の役所の企業運営部門に、
何百という企業をまとめることになります。その状態で企業を運営しようとする。
これは無理な企てでした。
経営というのは大仕事です。
一つの企業を運営するだけでもたいへんです。
自由主義社会の創業者経営者も、自分のつくった会社なのに運営に苦闘しています。
サラリーマン経営者も又、それなりに、苦労しています。
なのにその企業を何百とまとめて経営したら、きめ細かな企業運営は
全く出来なくなります。
政権担当者は仕方がないので、官庁の役人に大まかな生産・販売計画をつくらせます。
これでもってノルマを定めて、人民を命令に従わせようとします。
だが、これでは、企業間の自発的な連携がほとんど働かなくなってしまいます。
企業内でのワーカーの連携作業もなくなります。
現場の中で、調整しあいながらやっていくということが不可能になってしまうのです。
あちこちで原料不足、部品不足が生じます。欠陥部品が増大します。
それに対処する手立てもありません。
革命当初は、革命の活気でもってある程度機能しても、
短期間の内に極度な非効率に陥っていきます。
食料生産の効率が急落していったら、国民に食べ物が十分に行き渡らなくなります。
実際そうなって、社会主義方式の国家は経済面から崩壊に向かいました。
歴史経験は、社会主義経済は70年くらいで行き詰まることを教えています。
20世紀人類史になされた壮大な社会実験は、そのことを経験的に教えてくれたのです。
<驚異的な説得力>
マルクスは、どこを間違ったか。
革命後の組織運営の見通しで間違いました。
彼は人間が組織を運営していく局面を全く見ていなかったのです。
だが、そうした事柄は、経験するまでは、人々はわからなかった。
人類は社会主義の実状を事前に認知することができませんでした。なぜでしょうか?
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最大原因は、マルクス思想の扇情力にあると、鹿嶋は思います。
この思想は、人間の心情に訴える力が卓越していたのです。
人々はあまりに強烈に感動を与えられるがゆえに、事実を冷静に見通すことが、
出来なかったのです。
この経済理論は、貧しき者への同情と、資本家という少数の金持ちへの怒りに
理論的根拠を与えました。
これによって人々は、富める資本家の、愛に欠けた利己的な行為に対し、
確信ある批判精神を抱くことが出来ました。
それらは資本家への強い憎しみにつながっていきました。
またこの思想は、搾取という不平等な行為を社会からなくそうという正義感をも燃え立たせました。
さらに社会の全員が愛でもって結びあえる理想郷への夢とあこがれをも、人々の心の中で膨らませました。
加えて、そういう社会を実現するために運動する人々に、正しき使命のために自己犠牲するという
陶酔感も与えました。
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この思想の概略がとてもわかりやすいことも、扇情力形成に役立ちました。
人々はこの理論によって、資本主義社会の、非常にわかりやすい全体観を得ました。
人類社会の将来についても、わかりやすい全体ビジョンを得ました。
人は世界の全体観を心に得ると、精神に「統一感」を得ることが出来ます。
よく「身の引き締まる思う」といいますが「引き締まった」気分というか、
「まとまり感覚」というか、そういうものを得ました。
この感覚はとても快いものです。
概略がわかりやすいことは、多くの人々がその思想を共有することをも可能にします。
そして他者と思いを共有しあうのもまた、快いことでした。
思想のわかりやすさはまた、人の心に「真理がわかった」という自信を与えます。
マルクス思想は、この面からも人の心に快い統一感を与えました。
~それゆえに、知識人の多くも社会主義革命を夢見たのです。
その結果、一時は地球の半分が社会主義国家になるまでに、事態は展開したのでした。