南青山のビリケンギャラリーにて、北井一夫さんの写真展『写真家の記憶の抽斗』。
「週刊読書人」における連載をまとめた本(日本カメラ社)の出版を記念した写真展であり、これまでの北井さんの作品がピックアップして展示されている。
『神戸港湾労働者』(1965年)や『過激派』(1965-68年)では、ミノルタSR-1が使われている(北井さん曰く、頼りにならないのでニコンFもその後使っている)。前者の吊り下げられる男、後者の放水車に群がる男たちの写真などとても良い。
三里塚の写真以降はほとんどキヤノンIIbとIVSbにキヤノン25ミリ。ここでは、三里塚での写真のうち、DMにある少年行動隊(ソウル・フラワー・モノノケ・サミットのジャケットにも使われている)や、放水車に向かって抗議の手を広げる農民女性の後ろ姿が展示されている。農民の手と放水の線が重なっているのでレンズの悪戯かと思ったが、偶然である。『村へ』(1970年代)も25ミリばかり、長屋の写真などはフィルムが傷だらけである。
『湯治場』(1970年代)の写真もある。ところで、たまたま東京に来る途中だった記者のDさんに写真展のことを紹介したところ、そのあと合流して飲んでいるときに、身体を快復させ自分と向き合うためには、あのような湯治をすべきであると助言された。わたしは寒いところは苦手なので東北に行く気はしないが、湯治という考えはいままでの自分にはなかった。北井さんからもゆっくりした方が良いとの言葉をいただいた。今後湯につかることがあれば、この写真のお導きである。
中国の写真は、木村伊兵衛らと旅をした『1973 中国』(1973年)や、『北京―1990年代―』(1990年代)から数点。後者のころにはほとんどエルマー50ミリだという。
『英雄伝説アントニオ猪木』(1982年)の写真は2点、猪木のファイティングポーズと、猪木を待ち構える観客。思わず買おうかとしてしまった、いい写真である。『アサヒカメラ』1982年4月号には、使ったのはライカM5にズミルックスの35ミリと50ミリ、それにトライXとあるのだが、前者を撮ったレンズは、このために買ったエルマリートの135ミリだそうである。
『新世界物語』(1981年)からは3点。やはりズミルックス35ミリを使っている。北井さんによれば、大阪の写真は東京ではあまり売れないのだという。わからなくもないが、呑み屋で脱力する女性など良い瞬間だ。
『フナバシストーリー』(1989年)からは3点。団地で撮られた女性が、以前に船橋で開かれた写真展で、これはわたしですとあらわれて仰天したことがあった。これらもズミルックス35ミリ。
カラーもいくつかの作品群からピックアップされている(写真集になっていない『フランス放浪』、『信濃遊行』、『西班牙の夜』(1978年))。白黒作品だと思っていた『ドイツ表現派1920年代の旅』(1979年)にもカラー作品があった。『フランス放浪』などはエクタクロームで退色しており、『西班牙の夜』はコダクローム64ゆえそうではない。面白いことに、北井さん曰く、カラーは退色したほうがいいんだよ、と。
ちょうど、粟生田弓『写真をアートにした男 石原悦郎とツァイト・フォト・サロン』において取り上げられたためか、お客さんが妙に多いらしい。オリジナルプリントの展示という写真文化を切り開いた人の評伝である。北井さんのプリントはいつ観ても素晴らしいので、ぜひ足を運んでほしいと思う。
ところで、北井さんはソニーのアルファにライカレンズを付けてデジタル写真に取り組んでいる。以前はまだ慣れるところだということだったのだが、ついに、2017年1月20日発売の「日本カメラ」に7点が掲載されるようだ。これは楽しみである。
●北井一夫
『COLOR いつか見た風景』
『いつか見た風景』
北井一夫×HMT『過激派 AGITATORS』(2015年?)
『道』(2014年)
『Walking with Leica 3』(2012年)
『Walking with Leica 2』(2010年)
『Walking with Leica』(2009年)
『北京―1990年代―』(1990年代)
『80年代フナバシストーリー』(1989年/2006年)
『フナバシストーリー』(1989年)
『英雄伝説アントニオ猪木』(1982年)
『新世界物語』(1981年)
『ドイツ表現派1920年代の旅』(1979年)
『境川の人々』(1978年)
『西班牙の夜』(1978年)
『ロザムンデ』(1978年)
『遍路宿』(1976年)
『1973 中国』(1973年)
『流れ雲旅』(1971年)
『津軽 下北』(1970-73年)
『湯治場』(1970年代)
『村へ』(1970年代)
『過激派』(1965-68年)
『神戸港湾労働者』(1965年)
大津幸四郎・代島治彦『三里塚に生きる』(2014年)(北井一夫出演)
粟生田弓『写真をアートにした男 石原悦郎とツァイト・フォト・サロン』