宮澤昭『野百合』(東芝EMI、1991年)がずっと愛聴盤である。日本のモダンジャズ黎明期に名を残すプレイヤーだが、個人的には、フォービートの演奏はさほど好みでない。それでも、この、渋谷毅とのデュオ盤は掛け値なしに素晴らしい。一度はそのプレイを観たいと思っていたが、2000年に亡くなってしまった。
浅川マキがプロデュースしたシリーズ第一弾である。渋谷毅の起用は宮澤昭本人が浅川マキに持ちかけた話らしい。この組み合わせが本当に絶妙であり、どっしりとして繊細な宮澤の即興の隙間に渋谷毅のピアノが入り込み、またゆらりと引いていく。冒頭の愉しげな「野百合」も良いし、宮澤のカデンツァにピアノが噛んでいく「浜名湖」も良い。飄々としたピアノソロ「秋意」も良い。
しかし何といっても、「BEYOND THE FRAMES」。浅川マキのラストアルバム『闇の中に置き去りにして』(東芝EMI、1998年)(>> リンク)において、マキが呟くように歌っていた曲「無題」と同じであり、渋谷毅のピアノソロもよく聴いた。ここでの宮澤昭のふわりと入る哀愁も繊細さも溢れたサックスソロは最高なのだ。
『JAZZLIFE』(1995年9月号)は「浅川マキの闇」という特集を組んでいる(よくジャズ雑誌でこの特集と表紙にできたね)。そのなかで、宮澤昭がインタビューに答え、『野百合』録音時の話をしている。とてもそんなことは感じられない演奏だが、血糖値が高く、ワンテイクごとに横になって休んでいたという。驚いたことに、本人はジャズのレコードを何十年も聴いておらず、他のプレイヤーに影響されることを嫌っていた。これが如何に凄いことか。
「だって彼は彼だし、自分は自分なんだから。上手い下手じゃなくてね。上手い人の演奏を聴いたら真似したくなる。しかしこの世界は真似じゃダメなんだよ。真似はいくら上手くやったって真似だからね。いくら真似してもレスター・ヤングにはなれないし、若い人でレスター・ヤングより上手い人は大勢いるけど、レスター・ヤングの方が枯れてていいでしょ。そこなんだよ、音楽は。」