Sightsong

自縄自縛日記

道場親信『下丸子文化集団とその時代』

2017-02-28 23:19:33 | 関東

道場親信『下丸子文化集団とその時代 一九五〇年代サークル文化運動の光芒』(みすず書房、2016年)を読む。

1950年代にあって、なぜ下丸子なのか、なぜ東京南部なのか。それは、朝鮮戦争の特需に応える形で、中小の軍需工場が多く立地していたからでもあった。レッドパージの嵐が吹き荒れ、職を追われた者たちは、帝国の戦争に加担するという構造に対する意識を先鋭化させていった。(読む前に蒲田で呑んでいたとき、本書の話から、川崎の町工場を背景にウルトラセブンと戦うメトロン星人のことを思い出したのだったが、川崎も、そのようにして発展した街でもあった。)

選ばれた主な表現手段のひとつは「詩」であった。表現のコードを知らずとも書くことができる手段、それが詩なのだった。もちろんそれらが文学的表現として高い水準に達したかどうかという点でいえば、そのような結果にはならなかった。当時も「ヘタクソ詩」として議論の争点となったようだ。野間宏などは政治的実践と創作活動とを明確に分けて考えようとした。その一方で、本書で大きく取り上げられている江島寛は、詩であろうと、便所の落書きであろうと、ルポであろうと、すべて政治的実践と文学的創作とは不可分のものとして激しく反発した。

このあたりは、人の活動を抽象的に純化したがる衝動、指導的立場を設定したがるパターナリズムへの衝動など、現在でも生きている視点であると言うことができる。そして特に後者については、共産党との関連を想起せざるを得ない。オルグのために、安部公房、勅使河原宏、桂川寛(かなり忘れられた存在だが、たとえば、ストルガツキー兄弟の邦訳本の表紙を描いた画家である)といったアヴァンギャルディストがこの地域に入ってきたことは、共産党入党の実績作りでもあった。

その共産党が、1955年の「六全協決議」において方針転換する。それまでの武装闘争方針を棄て、同時に、サークル活動や「うたごえ運動」までも批判の対象となってしまう。もとより朝鮮戦争が休戦となり、文化集団は、直接的に戦う相手を喪失していたのだった。しかし、文化集団の(裾野の広い)メンバーたちは、「書くこと」をやめなかった。この事実こそが、「作家になること」といった「であること」の追及ではなく「書くこと」そのものが人間の文化的本能であり、生活と創作と政治的活動とが不可分であることの証明であるように思えてならない。

文化集団の活動の影響は、東京南部にのみとどまっていたわけではない。本書には、文化集団と同じように、朝鮮戦争への加担という問題意識から大阪で直接行動を起こした金時鐘が参加していた『ヂンダレ』と、接点があったことにも言及がある(『海鳴りのなかを~詩人・金時鐘の60年』)。また、1950年代も半ばになると顧みられなくなった「工作者」という概念を、谷川雁が再び先鋭的なものとして、福岡の炭鉱において復活させる。

本書には言及がないが、東京西部においても、コミュニティ・草の根的な運動があった(原武史『レッドアローとスターハウス』)。こういった動きは、社会的な矛盾への問題意識を背景として同時多発的に創出されたものなのだろうか。

前述の江島寛は、1952年に、朝鮮人民軍の捕虜収容所をモチーフにした詩「巨済島」を発表している。かれはまた、東京南部の工場地帯を象徴するイメージとして、「クレーン」という言葉をよく使っていたという。作家・井上光晴も、巨済島収容所を舞台にした『他国の死』(1973年)を書き、その前には谷川雁からも影響を受けているはずだ。『虚構のクレーン』という作品もものしている。井上光晴はどのように位置付けられるのだろう。

本書にはこのようにある。「60年代以降の文化運動に伴った困難は、マスプロダクトな文化産業によって表現や文化経験への欲望が回収されてしまうことに抗しつつ、しかもナルシシズムに堕することなく文化生産と享受の回路をどのようにして生き生きと創り出していくかという点にあったのではないかと考えるが、50年代のサークル運動は、マスプロダクトな文化産業の影響を受けつつも、独自のネットワーク、独自の流通回路を編み出しながら、広汎な人びとを文化生産の「喜び」に立ち合わせた点でいまなお際立っている」と。どうだろう、現在また視てもいい現実的な夢なのではないか。


プール+クリスペル+ピーコック『In Motion』

2017-02-28 22:29:33 | アヴァンギャルド・ジャズ

プール+クリスペル+ピーコック『In Motion』(Intakt、2014年)を聴く。

Richard Poole (ds)
Marilyn Crispell (p)
Gary Peacock (b) 

いちどマリリン・クリスペルの演奏を目にしてから、崇拝の対象になってしまっている。しかし、本盤では、そこまでの魔法はかけられないですむ。もちろん良い演奏なのだが、ぞくりとさせられる即興のタッチは希薄で、言ってみれば、ジャズ・ピアニストの範疇内なのである。

ここで魅せられるのはゲイリー・ピーコックのベースの音色だ。指で弦をはじいた瞬間から、香り立つような、深い響きを創り出す。決して軽くはなく、むしろスピーカー全体が激しく震える。それでも単に硬く重いだけではない。キース・ジャレットのスタンダーズ・トリオでの演奏においては、ここまでピーコックの音を出していないような印象がある。

●マリリン・クリスペル
ガイ+クリスペル+リットン『Deep Memory』(2015年)
マリリン・クリスペル+ルーカス・リゲティ+ミシェル・マカースキー@The Stone(2015年)
「ニューヨーク、冬の終わりのライヴ日記」(2015年)
ゲイリー・ピーコック+マリリン・クリスペル『Azure』(2011年)
ルイス・モホロ+マリリン・クリスペル『Sibanye (We Are One)』(2007年)
マリリン・クリスペル『Storyteller』(2003年)
マリリン・クリスペル+バリー・ガイ+ジェリー・ヘミングウェイ『Cascades』(1993年)
ペーター・ブロッツマン
エバ・ヤーン『Rising Tones Cross』(1985年)
映像『Woodstock Jazz Festival '81』(1981年)

●ゲイリー・ピーコック
ゲイリー・ピーコック+マリリン・クリスペル『Azure』(2011年)
テザード・ムーン『Triangle』(1991年)
キース・ジャレット『North Sea Standards』(1985年)
キース・ジャレット『Standards Live』(1985年)
ローウェル・デヴィッドソン(1965年) 


MoGoToYoYo@新宿ピットイン

2017-02-28 07:49:48 | アヴァンギャルド・ジャズ

新宿ピットインにて、MoGoToYoYoの初ライヴ(2017/2/27)。この前に下北沢アポロでも演奏がなされたがそれは準備段階だったということである。

芳垣安洋 (ds, perc, vo)
吉田隆一 (bs, cl, fl, perc, vo) 
岩見継吾 (b, perc, vo)
元晴 (as, ts, ss, perc, vo)
有本羅人 (tp, bcl, perc, vo) 

コンセプトとしては、アート・アンサンブル・オブ・シカゴ。そしてまた、ファマドゥ・ドン・モイエの息子アダマ・モイエ(昨年暮れに亡くなった)に捧げられている。

確かに全員が持ち楽器の他に多くのパーカッションを扱い、架空の民族のような恰好で、顔にペイントし、祝祭的なステージを展開する。しかしサウンドはそれぞれのプレイヤーが個性を爆発させた独創的なものだった。休憩なしの2時間超、もう酸欠。周囲を見るとノリノリの人も沈没している人もいる。これもお祭りだからである。

芳垣さんのドラムスはやはりマーチングバンド的なもので、推進力と強烈なビートに、思わず『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のクルマを幻視する。上に乗った傾奇者たちが他のプレイヤーである。岩見さんのベースが太く、サウンド全体を覆う。そして吉田、元晴、有本三氏のソロがそれぞれ賑々しく、どや顔的。実に愉しかった。

●芳垣安洋
ネッド・ローゼンバーグ@神保町視聴室(2014年)
『RAdIO』(1996, 99年) 
大島保克+オルケスタ・ボレ『今どぅ別り』 移民、棄民、基地(1997年)
『RAdIO』カセットテープ版(1994年)

●吉田隆一
秘宝感とblacksheep@新宿ピットイン(2012年)
『blacksheep 2』(2011年)

●元晴
Worldwide Session 2016@新木場Studio Coast(2016年)


りら@七針

2017-02-26 08:38:44 | アヴァンギャルド・ジャズ

新川の七針に足を運び、「りら」を観る(2017/2/25)。

笠松環 (朗読、声)
佐々木久枝 (書道、華道)
鈴木ちほ (バンドネオン)
Special Guest:齋藤徹 (コントラバス)  

「りら」とは、齋藤徹さんのワークショップをきっかけに出来たトリオだという。この日、闘病中のテツさんも参加した。もちろん駆けつけないわけにはいかない。

パフォーマンスの開始は始業のベルから、と思いきや、鈴木ちほさんの打ち鳴らすトライアングル。

直立した笠松環さんがいきなり滔々と朗読しはじめたのは「就業規則」だった。それはカリカチュア化した恐るべき規則のようにも、それが現実化した紛れもない本物の規則のようにも聴こえた。もっともアートから離れたところにありそうな、「カッコ、4」、「漏らすこと」、「酒気帯び運転」、「許可」といったタームが換骨奪胎されて迫ってくる。「酒気」にかぶせてテツさんや鈴木さんによるシュキシュキという発声が、それらのタームを異化してゆく。滔々としゃべっていたはずの笠松さんという朗読機械も、ときに、「ただし」・・・「やむを得ない」・・・「事由が」・・・「ある場合には」・・・と、機能不全を起こしてしまう。

テツさんの流れるようなソロ、しかし、破裂音によるノイズ。まさにテツさんの音であり、嬉しくなる。鈴木さんのバンドネオンの音色も素晴らしく良くて、次の展開への予兆となるような曲調へとシフトする。囁き、突っつき合うようなふたり。

佐々木久枝さんが紙を破り、墨で痕跡を残し、こすれる音とともに笠松さんの身体を覆ってゆく。その間にも、世界は、身体への直接的な脅威へと変化していた。裁判所への出頭、妊産婦、育児、生理、無休無給。またしてもムキュー、ムキューの発声、自暴自棄、これは世界を取り戻そうとする下からの声か。そして世界は身体からオカネへと変貌してゆく。「賞与は支給しない」・・・!。

紙と墨とコントラバスとバンドネオンと声による騒乱、ここに来て言葉と世界とのどちらがどちらなのか混淆とする。笠松さんは座り込んで頬杖をついて動かなくなってしまう。その諦念と、遠くで聴こえる笛や太鼓のような音が重なる。世界への屈服か、あるがままの世界の受容か。しかし、そこから世界がふたたび開けるかのように、人間は動きはじめる。人間に抗する世界が提示するものは、懲戒、罰則、賠償。

そして笠松さん=人間は横たわり、紙=言葉と、花=人間の無力、に埋もれてゆく。「無」、「無」、「無」。昇華。春。

Fuji X-E2、XF35mmF1.4、XF60mmF2.4

●齋藤徹
広瀬淳二+今井和雄+齋藤徹+ジャック・ディミエール@Ftarri(2016年)
齋藤徹『TRAVESSIA』(2016年)
齋藤徹の世界・還暦記念コントラバスリサイタル@永福町ソノリウム(2016年)
かみむら泰一+齋藤徹@キッド・アイラック・アート・ホール(2016年)
齋藤徹+かみむら泰一、+喜多直毅、+矢萩竜太郎(JazzTokyo)(2015-16年)
齋藤徹・バッハ無伴奏チェロ組曲@横濱エアジン(2016年)
うたをさがして@ギャラリー悠玄(2015年) 
齋藤徹+類家心平@sound cafe dzumi(2015年)
齋藤徹+喜多直毅+黒田京子@横濱エアジン(2015年)
映像『ユーラシアンエコーズII』(2013年)
ユーラシアンエコーズ第2章(2013年)
バール・フィリップス+Bass Ensemble GEN311『Live at Space Who』(2012年)
ミッシェル・ドネダ+レ・クアン・ニン+齋藤徹@ポレポレ坐(2011年)
齋藤徹による「bass ensemble "弦" gamma/ut」(2011年)
『うたをさがして live at Pole Pole za』(2011年)
齋藤徹『Contrabass Solo at ORT』(2010年)
齋藤徹+今井和雄『ORBIT ZERO』(2009年)
齋藤徹、2009年5月、東中野(2009年)
ミッシェル・ドネダと齋藤徹、ペンタックス43mm(2007年)
往来トリオの2作品、『往来』と『雲は行く』(1999、2000年)
齋藤徹+ミシェル・ドネダ+チョン・チュルギ+坪井紀子+ザイ・クーニン『ペイガン・ヒム』(1999年)
齋藤徹+ミシェル・ドネダ『交感』(1999年)
久高島で記録された嘉手苅林昌『沖縄の魂の行方』、池澤夏樹『眠る女』、齋藤徹『パナリ』(1996年)
ミシェル・ドネダ+アラン・ジュール+齋藤徹『M'UOAZ』(1995年)
ユーラシアン・エコーズ、金石出(1993、1994年)
ジョゼフ・ジャーマン

●鈴木ちほ
齋藤徹+類家心平@sound cafe dzumi(2015年) 


原田依幸+後藤篤@なってるハウス

2017-02-26 07:48:01 | アヴァンギャルド・ジャズ

入谷のなってるハウスにて、原田依幸・後藤篤デュオ(2017/2/25)。

Yoriyuki Harada 原田依幸 (p)
Atsushi Goto 後藤篤 (tb) 

後藤さんのトロンボーンを聴くと、なぜだかウルトラセブンやサンダーバードに出てくるようなエンジン付の金属機械を幻視する。閾値を超えて管がぶりぶりと共鳴するためか、それが金管そのものであるためか、藤川球児の直球のようにバットの上を超えていくのだという気概を感じるためか。

原田さんのピアノは、絶えず上から下へ、下から上へと激烈に往還する。両者ともチアノーゼになりそうなところ、その活を音楽の形にして創出する。こんな雰囲気かと予想はできても、もちろん演奏はそれを目の前で次々に凌駕して塗り替えていく。これを快感と言わずして何と言おう。

セカンドセットは、40分が過ぎるころ、唐突に「その時」が来たのか、原田さんが演奏をぴたりと終えた。 

●原田依幸
生活向上委員会2016+ドン・モイエ@座・高円寺2(2016年)
「KAIBUTSU LIVEs!」をエルマリート90mmで撮る(2)(2010年)
くにおんジャズ(2008年)
「KAIBUTSU LIVEs!」をエルマリート90mmで撮る(2007年)
生活向上委員会大管弦楽団『This Is Music Is This?』(1979年)
『生活向上委員会ニューヨーク支部』(1975年) 

●後藤篤
後藤篤『Free Size』(2016年)
秘宝感とblacksheep@新宿ピットイン(2012年)
『blacksheep 2』(2011年) 


中平穂積、セロニアス・モンク、渋谷

2017-02-26 00:21:15 | アヴァンギャルド・ジャズ

先日、新宿ゴールデン街のBar十月に中平穂積写真展『Jazz Giants』を観に行ったところ、何でも急に中平さんがその気になったとかで、展示されている写真が売られていた。値段は言わないが、これで中平穂積オリジナルプリントが買えるとは信じられないくらいである。

慌ててわたしも1枚買ってしまった。スーツを着て大汗をかいているモンクの写真には既に買い手が付いていたので、その次に好きだと思ったモンクの写真に、購入印を貼った。1963年、モンクが来日した時に、渋谷の街を歩いている写真である。これも凄く良い。

写真展が終わって、十月のかずこママからもメールが来たので、飲みがてら受け取りに足を運んだ。扉を開けたら、そこには写真家の海原修平さんが座っていて仰天した。上海から帰国されていたとは知らなかった。以前にここで写真展を開き、お店を紹介してくださった方である。そんなわけですっかりご馳走になり、酔って写真を忘れないようにと気を付けながら帰宅した。

ところで、この写真が撮られた場所がわからない。「かりよん」、「とんかつ あら井」、「モコ」をググってみても、もうお店がないのか、ヒットしない。いつか同じ場所で同じポーズを取ってみたいものだ。

●参照
中平穂積写真展『Jazz Giants』@Bar十月
中平穂積『JAZZ GIANTS 1961-2002』


オッキュン・リー+ピーター・エヴァンス+スティーヴ・ベレスフォード『Check for Monsters』

2017-02-25 09:35:40 | アヴァンギャルド・ジャズ

オッキュン・リー+ピーター・エヴァンス+スティーヴ・ベレスフォード『Check for Monsters』(EMANEM、2008年)を聴く。

Okkyung Lee (cello)
Peter Evans (piccolo tp, tp)
Steve Beresford (p) 

聴きながらもっとも印象に刻まれるのは、チェロとトランペットとの親和性、近さのようなものだ。リーのチェロとエヴァンスのトランペットとは、文字通り擦音を発しつつ、擦れながら並走し、抜きつ抜かれつしている。エヴァンスの循環呼吸への追随もリーにとってはたやすい。あるいはトランペットやチェロの破裂音によって、一方がもう一方を震わせたりもする。

ここまで親密であれば、ベレスフォードのピアノによる干渉がなかったら、どのような演奏になっていたのだろう。隘路に入り込んで出口が見つからなかったか、そのためにさらに親密な演奏になっていたか。

しかし、もう少し沈んだところとの往還があって欲しかったと思うのだった。いかに翳りがあっても、これは陽の記録である(NYのルーレットやフィラデルフィアでのライヴ)。

●オッキュン・リー
オッキュン・リー+ビル・オーカット『Live at Cafe Oto』(2015年)
エヴァン・パーカー ElectroAcoustic Septet『Seven』(2014年)
アクセル・ドゥナー+オッキュン・リー+アキム・カウフマン『Precipitates』(2011、13年)
エヴァン・パーカー+オッキュン・リー+ピーター・エヴァンス『The Bleeding Edge』(2010年)
オッキュン・リーのTzadik盤2枚(2005、11年) 

●ピーター・エヴァンス
Pulverize the Sound@The Stone(2015年)
Rocket Science変形版@The Stone(2015年)
エヴァン・パーカー US Electro-Acoustic Ensemble@The Stone(2015年)
トラヴィス・ラプランテ+ピーター・エヴァンス『Secret Meeting』(2015年)
ブランカート+エヴァンス+ジェンセン+ペック『The Gauntlet of Mehen』(2015年)
エヴァン・パーカー ElectroAcoustic Septet『Seven』(2014年)
MOPDtK『Blue』(2014年)
チャン+エヴァンス+ブランカート+ウォルター『CRYPTOCRYSTALLINE』、『Pulverize the Sound』(2013、15年)
ピーター・エヴァンス『Destiation: Void』(2013年)
『Rocket Science』(2012年)
MOPDtK『(live)』(2012年)
ピエロ・ビットロ・ボン(Lacus Amoenus)『The Sauna Session』(2012年)
ピーター・エヴァンス+サム・プルータ+ジム・アルティエリ『sum and difference』(2011年)
ピーター・エヴァンス『Ghosts』(2011年)
エヴァン・パーカー+オッキュン・リー+ピーター・エヴァンス『The Bleeding Edge』(2010年)
ピーター・エヴァンス『Live in Lisbon』(2009年)
ウィーゼル・ウォルター+メアリー・ハルヴァーソン+ピーター・エヴァンス『Mechanical Malfunction』(2012年)
MOPDtK『The Coimbra Concert』(2010年)
ウィーゼル・ウォルター+メアリー・ハルヴァーソン+ピーター・エヴァンス『Electric Fruit』(2009年)
MOPDtK『Forty Fort』(2008-09年) 


クレイグ・テイボーン『Daylight Ghosts』

2017-02-24 23:17:02 | アヴァンギャルド・ジャズ

クレイグ・テイボーン『Daylight Ghosts』(ECM、2016年)を聴く。

Craig Taborn (p, electronics)
Chris Speed (ts, cl)
Chris Lightcap (b, bass g) 
Dave King (ds, el-perc) 

テイボーンのスタイルにはとても多くの要素があって、引きだしの多さで言えばジャキ・バイアードにも匹敵するに違いない。

かれによるサウンドは、ここではテキスタイルのようで、他の3人という糸とともに丹念に形を織りあげている。その側面において、クリス・スピードのテナーはまるで中空になってしまった樹木のなかで共鳴する音であり、とてもマッチしている。テイボーンとスピードとは、異なる旋律でぶつかり合ったり、複雑な旋律をユニゾンで奏でたり、それでいて微妙にずらしたりと、優雅にダンスしているようだ。

7曲目の「Jamaican Farewell」は聴き覚えがあった。ロスコ―・ミッチェル『Nine to Get Ready』においてミッチェルが深く刺しこむように吹いていた曲ではないか。しかし、ここではやはりテイボーンたちのテキスタイル。

最後の曲はちょっとアルバムの中でも異色なエレクトロニクス・サウンドで、この執拗さには狂気をも感じる。今後のテイボーンの展開を垣間見せてくれるのかと想像する。

●クレイグ・テイボーン
チェス・スミス『The Bell』(2015年)
クレイグ・テイボーン『Chants』(2013年)
クリス・ライトキャップ『Epicenter』(2013年)
クリス・ポッター『Imaginary Cities』(2013年)
『Rocket Science』(2012年)
デイヴ・ホランド『Prism』(2012年)
Farmers by Nature『Love and Ghosts』(2011年)
オッキュン・リーのTzadik盤2枚(2005、11年)
ロブ・ブラウン『Crown Trunk Root Funk』(2007年)
アイヴィン・オプスヴィーク『Overseas II』(2004年)
ティム・バーン『Electric and Acoustic Hard Cell Live』(2004年)


高嶺剛『変魚路』

2017-02-24 07:54:12 | 沖縄

イメージフォーラムにて、高嶺剛『変魚路』(2016年)を観る。あぶないあぶない、終わってしまうところだった。

いきなり流れる唄は嘉手苅林昌の「時代の流れ」、そしてリーフを画面のかなり上に平行に配して、手前には、なにやらヘンな挙動をする平良進と北村三郎。映画の総合プロデューサーをつとめた岡本由希子さんに、沖縄芝居のふたりの凄さを吹き込まれていたのだが、確かにとんでもなくヘンである。

ヘンだといえば、大城美佐子の佇まいもヘンだ。海辺に立って、ときには分身したりもして、何なのかわからない。もちろん「ヤッチャー小」や「白雲節」など、アルバム『絹糸声』に収録された美佐子先生の唄が流れてくると、嬉しさに打ち震えてしまう。そして買喰をして酢昆布をむさぼり喰う川満勝弘もヘン、生命力の有無の隙間を浸食する愛人3人組もヘン。

ことばもヘンである。メリケン粉に偽装して置いてある媚薬「トットローB13」だとか、何やら爆発させる「島ぷしゅー」だとか、それらのヘンなことばが発声されるたびに脇腹あたりが痙攣して笑いだしそうになる。

『夢幻琉球・つるヘンリー』(1998年)もよほどヘンだと思ったが、この映画を観てしまうと、『つるヘンリー』すら模索過程の産出物だったのではないかと思える。高嶺剛は映画に回帰したのか、物語に回帰したのか、それとも映画と物語の放逐に回帰したのか。すさまじくヘンな映画を創ってくれたものだ。長いのか短いのかわからない、朦朧とする時間だった。

●高嶺剛
高嶺剛『夢幻琉球・つるヘンリー』 けだるいクロスボーダー(1998年)
高嶺剛『パラダイスビュー』(1985年)
沖縄・プリズム1872-2008(高嶺剛『オキナワン・ドリーム・ショー』1975年)


山崎晴雄・久保純子『日本列島100万年史』

2017-02-23 00:06:39 | 環境・自然

山崎晴雄・久保純子『日本列島100万年史 大地に刻まれた壮大な物語』(講談社ブルーバックス、2017年)を読む。

貝塚爽平『東京の自然史』が二十歳の頃に読んで以来の愛読書でもあったから、東京の地形の形成プロセスについてはある程度は知っている。またプレートテクトニクスについては大学院時代の研究テーマだったから、それなりに解っている。しかし日本各地となると、実はあまり理解していなかった。

本書は、北海道から九州までの地形の形成プロセスを平易に概説してくれる本である。関東平野の造盆地運動はなぜ起きているのか。プレート境界と火山フロントとが重なる富士山がいかに稀有な場所か。なぜ日本列島はくの字に折れ曲がっているのか。中央構造線はなぜ横ずれするのか。・・・など、ああなるほどと目から鱗が落ちそうな箇所がいろいろあった。

南海トラフでの大地震に関する周期説が当然のように書かれていることには、違和感を覚えたのではあるけれど。また、沖縄の自然史も入れてほしかったところ。

●参照
貝塚爽平『東京の自然史』
貝塚爽平『富士山の自然史』
榧根勇『地下水と地形の科学』
薄っぺらい本、何かありそうに見せているだけタチが悪い 
島村英紀『火山入門』
島村英紀『「地震予知」はウソだらけ』
ロバート・ゲラー『日本人は知らない「地震予知」の正体』
黒沢大陸『「地震予知」の幻想』
大木聖子+纐纈一起『超巨大地震に迫る』、井田喜明『地震予知と噴火予知』
石橋克彦『南海トラフ巨大地震』
石橋克彦『原発震災―破滅を避けるために』
『The Next Megaquake 巨大地震』
『Megaquake III 巨大地震』
『Megaquake III 巨大地震』続編
沖縄の地学の本と自然の本


ジェリー・マリガン+アストル・ピアソラ

2017-02-22 23:11:00 | 中南米

『Gerry Mulligan / Astor Piazzolla』(Accord、1974年)を聴く。

Astor Piazzolla (bandoneon)
Gerry Mulligan (bs)
Tullio De Piscopo (ds, perc)
Guiseppe Prestipino (b)
Bruno De Filippi, Filippo Dacco (g)
Alberto Baldan, Gianni Zilioli (marimba)
Angel "Pocho" Gatti (p, org)
Renato Riccio (viola)
Umberto Benedetti Michelangeli (vln)
Ennio Miori (cello) 

こんな録音があるとはまったく知らなかった。調べてみると何度も再発されており、オリジナル盤は『Summit』というタイトルであったようである。

1曲のマリガンのオリジナルを除き、あとはすべてピアソラの曲。マリガンの曲にしてもまるでジャズらしくはない。これはタンゴのアルバムである。あまりピアソラを聴いてはいないのだが、馴染みのメロディーが流れてくる。

それにしても、最初はタンゴ・サウンドの中にあるバリトンサックスの音に違和感を覚えた。しかし繰り返していると、バンドネオンとバリサクの絡みが実に気持ちよくなってくる。名人ふたりの共演だから当然なのか。

●ジェリ―・マリガン
ジーン・バック『A Great Day in Harlem』(1994年)
ジェリー・マリガン+ジョニー・ホッジス(1959年)
ビリー・ホリデイ『At Monterey 1958』(1958年)
バート・スターン『真夏の夜のジャズ』(1958年)


林立雄『ヒロシマのグウエーラ』

2017-02-20 23:42:20 | 中国・四国

林立雄『ヒロシマのグウエーラ ―被爆地と二人のキューバ革命家―』(渓水社、2016年)を読む。

先日、記者のDさんと有楽町で飲んだときに頂戴した。(ありがとうございます。)

「グウエーラ」とは何か、ゲバラのことである。チェ・ゲバラは、フィデル・カストロらとキューバ革命(1959年)により政権奪取したその年に、訪日し、さらには突然に広島にやってきた。そのとき、ゲバラが何者であるかも、名前さえも、日本では知られていなかった。著者(故人)は、原爆慰霊碑に献花するゲバラを取材した唯一の新聞記者だった。そして、乏しい文書から引っ張ってきた名前が「グウエーラ」だったのである。

ゲバラ訪日の目的は、国を存続させるために必要な経済的なつながりを求めてのことだった。具体的には、キューバの砂糖を輸出する先を探していた。しかし、それとは別に、被爆地・広島を訪れたいと熱く願い、外務省が嫌がるであろうことも察知して電撃的に動いた。ゲバラは、「日本人はこんなに残虐な目に遭わされて腹が立たないのか」と直情的に問うたという。

それから36年が経ち、今度は、フィデル・カストロが電撃的に日本を「非公式」に訪問した。当時、自社さきがけ政権で首相は村山富市。社会党とは言え、アメリカという主人の機嫌を気にすることは今と変わらない。村山首相は、「外務省の耳打ち」により、アメリカの受け売りで人権問題を持ち出してカストロの不興を買った。ここで、より高い政治家としてのヴィジョンで語りあっていたなら、社会党~社民党の凋落も、これほどべったりの対米追従も、少しは違った形に軌道修正されていたかもしれない。

カストロは2003年にも再来日し、ゲバラと同様に、原爆慰霊碑に献花している。そのとき、著者の機転で、1959年のゲバラの写真を見せられたカストロは興奮、感激したのだという。長く歩んで清濁併せ呑んで政治家となった革命家が、熱く走って殺された革命家に、想いを馳せたのだろう。胸が熱くなるエピソードだ。

ゲバラもカストロも、原爆資料館を実に熱心に見学したという。一方、アメリカのオバマ大統領による歴史的な広島訪問(2016年)の際には、ほとんど見学の時間は作られなかった。この段取りを設定した者が、キューバの革命家ふたりの言動の意味を深く理解していたなら。

●参照
細田晴子『カストロとフランコ』(2016年)
太田昌国の世界 その24「ゲバラを21世紀的現実の中に据える」(2014年)
太田昌国の世界 その10「テロリズム再考」(2011年)
『情況』の、「中南米の現在」特集(2010年)
中南米の地殻変動をまとめた『反米大陸』(2007年)
チェ・ゲバラの命日


CPユニット『Before the Heat Death』

2017-02-20 23:07:17 | アヴァンギャルド・ジャズ

CPユニット『Before the Heat Death』(clean feed、2016年)を聴く。

Chris Pitsiokos (as)
Brandon Seabrook (g)
Tim Dahl (b)
Weasel Walter (ds)

言うまでもなく、CPとはクリス・ピッツィオコスである。

それにしても、あまりの痙攣ぶりに思わずたじろぐ。この過激に薄い音での痙攣疾走は、登場時のジョン・ゾーンではないか。本人はどれくらい意識しているのだろう。

そして他の3人とともに、ピッツィオコスもノイズ・マシーンと化す。機械伯爵がパーティーを行う明るくて暗い未来か。いや明るくて暗いのは現在か。

●クリス・ピッツィオコス
クリス・ピッツィオコス『One Eye with a Microscope Attached』(2016年)
ニューヨーク、冬の終わりのライヴ日記(2015年)
クリス・ピッツィオコス@Shapeshifter Lab、Don Pedro(2015年)
クリス・ピッツィオコス『Gordian Twine』(2015年)
ドレ・ホチェヴァー『Collective Effervescence』(2014年)
ウィーゼル・ウォルター+クリス・ピッツィオコス『Drawn and Quartered』(2014年)
クリス・ピッツィオコス+フィリップ・ホワイト『Paroxysm』(2014年)
クリス・ピッツィオコス『Maximalism』(2013年)


林ライガ vs. のなか悟空@なってるハウス

2017-02-20 07:57:37 | アヴァンギャルド・ジャズ

入谷のなってるハウスにて、「<出る杭は折れ!茶髪は嫌いだ!>年齢差48歳 林ライガ vs. のなか悟空」(2017/2/19)。

何だそれはと好奇心に抗えず足を運んだ。扉を開けてみると、ライガくん(18歳)は茶髪どころか赤髪。ということは、のなか悟空さんは66歳なのか。いやー竹の切り過ぎで肩が凝って、と、カッコいいことを言っておられた。

林ライガ (ds)
のなか悟空 (ds)
森順治 (as, bcl, fl)
大由鬼山 (尺八)

はじめは林+森。林さんのドラムスは研いだばかりの刃物のようで、やけに生々しく重い。森さんのシームレスで柔軟なアルトと見事にもつれた。

次に、のなか+大由。のなかさんのドラムスは対照的で、エアも含め、蓄積したさまざまなビートを発酵させて繰り出してくる。尺八を4本揃えた大由さんも荒々しさと幽玄さとのレンジの広さが凄い。

そしてセカンド・セットではついに林 vs. のなか。シンバルを倒し飛ばし、サングラスを落としそうになる勢いである。対決というより恍惚の昇華。さらにふたりが入り(疲弊したのなかさんが呼んだ)、恍惚感はさらに増していった。のなかさんはトイレに入って叩き、客席で叩き、多彩な技を繰り出した。

なんでも、林さんが14歳のときに家に来たのだが、自分よりすでに上手く、教えることはないと言ってボンカレーをご馳走したのだとか。よくわからないがいい話である。

Fuji X-E2、XF35mmF1.4、XF60mmF2.4

●参照
リアル・タイム・オーケストレイション@Ftarri(2016年)
森順治+高橋佑成+瀬尾高志+林ライガ@下北沢APOLLO(2016年)
本多滋世@阿佐ヶ谷天(2016年)
M.A.S.H.@七針(2016年)
森順治+橋本英樹@Ftarri(2016年)
M.A.S.H.@七針(2015年)
のなか悟空&元祖・人間国宝オールスターズ『伝説の「アフリカ探検前夜」/ピットインライブ生録画』(1988年)  


小泉定弘『明治通り The Meiji Dori』

2017-02-19 11:38:06 | 関東

小泉定弘さんの写真集『都電荒川線 The Arakawa Line』と、『隅田川 The Sumida』にサインをいただいたとき、写真集が三部作であり、それは実は重要なメッセージを含み持つことを告げられ仰天した。つまり、「都電荒川線」が12キロ、「隅田川」が23キロ、そして「明治通り」が33キロ。このようなコンセプトを平然と使い語る小泉さんは何者なのか。

そんなわけで、ようやく、残る『明治通り The Meiji Dori』(1988年)を入手できた。

言うまでもなく明治通りは環状道路であり、大正の東京市における都市計画の一環として開発された。1921年に着工され、そして1932年には「大東京都の中間部環状線」の名称が募集されている。審査結果として残った名称は「明治通」と「環城通」。しかし昭和通と大正通があって明治通がないという理由で採択されたという。

この写真集は、明治通りの端から端までをひたすら撮った作品集である。わたしなどは自動車を運転しないから、駅を中心に場所や風景を認識する。そのような蟻の眼でも、古いものと新しいものとが混在することを見出すことができるのが、東京の面白さである。

一方、このように高いところにのぼって道路の流れを俯瞰する眼で見ても、やはり、古いものと新しいものとが混在している。一見、いまの東京と変わらない。しかし、馴染みのある場所をじろじろ見ると、変わるところは変わっている。渋谷なんてその典型であり、この写真にある渋谷は、わたしが上京してきたころの風景だ。勅使河原宏『他人の顔』に登場する渋谷はもっと古く、ぜんぜん違う。

 

ちょうど町屋で飲み食いする機会があったので、新三河島の歩道橋から撮られた風景と同じところをスマホに記録した。変わらないように思えて、実はかなり変わっている。それなりに大きなビルが建ち、また、阪神淡路大震災以後だろうか、京成線の高架の補強工事がなされている。30年近く経っているのだから当然である。一方で、新三河島駅のホームやパチンコ店など、まったく同じように見える。


写真集(1988年)


現在(2017年)

●参照
小泉定弘写真展『漁師町浦安の生活と風景』
小泉定弘『都電荒川線 The Arakawa Line』
小泉定弘写真展『小さな旅』