Sightsong

自縄自縛日記

液から粉へ

2007-12-24 23:58:48 | 写真
モノクロ印画紙の現像液として、これまで富士フイルムのスーパーコレクトールLを使っていた。これが商品構成の縮小により無くなり、買い置きも無くなったので、粉のコレクトールEをはじめて使った。値段はそれほど変わらないし、かさばらないし、希釈も難しくないのでよしとする。ただ、富士フイルムのウェブサイトで、「販売継続品」という表現を使うのはやめてほしいとしみじみ思う。なんだか風前の灯火みたいな雰囲気じゃないか。

きょうは、夜のチキンをはさんで、暗室でせっせと家族の写真を焼いていた。しかし、その印画紙フォルテも、ハンガリーの工場閉鎖により、もうお店にはほとんど残っていない。以前、富士フイルムの方が、残存者利益があるので大丈夫だと言っていたが、何とか日欧で数社でもニッチとして残ってほしいと切に思う。

以前、写真家の北井一夫さんと話をしたら、そんなの雑誌が極端に煽っているだけだよ、必要な人はいるんだから無くならないよ、と言っていた。



カメラじろじろ(2)

2007-12-23 23:59:52 | 写真
いくつかドキュを観ていたら、気になるカメラがときどきあらわれた。というより、人が使うカメラはいつも気になる。

●木之下晃

クラシック音楽家を撮りつづけている写真家。『カメラで音楽を撃て~写真家 木之下晃 創造の秘密~』(NHKハイビジョン)で、その撮影の様子を見ることができた。ニコンFM2かFE2などのボディに、開放F2.8の望遠を組み合わせて3台並べて使っていた。絞りは全て開放で、ファインダー内でシャッター速度を確認するそうだ。他に、ニコンF6を手製の防音袋に入れて使っていた。また、高校の修学旅行で友人から借りっぱなしで使ったという、オリンパス35が出てきた。


ニコンFMかなにか


ニコンF6を防音袋に入れる


オリンパス35

●沢田教一

ヴェトナム戦争で知られるカメラマン。映画『SAWADA』(五十嵐匠、1997年)では、メガネ付きのズミクロンかズミルックスを付けたライカM3とM2を首から下げたスチールが映し出されていた。ヴィゾを装着したライカが写された記録もある。『季刊クラシックカメラNo.4』によると、「安全への逃避」はM3に135ミリ(エルマーか?)で撮られたらしい。

それから、現地に赴く前に働いていた三沢基地で写真を教えてもらった軍人の娘に、ミノルタオートコードをプレゼントしたとのエピソードもあった。


ライカ2台


ミノルタオートコード

●岡村昭彦

『SAWADA』から。沢田教一には、香港のカメラ屋で声をかけられたらしい。愛用品は黒のライカM4にズミルックス35ミリF1.4だったようだ。


ライカM4+ズミルックス35ミリF1.4

●ホースト・ファース

『SAWADA』から。ライカM2(?)と、ヴィゾ付きM型を下げて沢田の横で写っている写真があった。


沢田とファース

●ティム・ペイジ

『SAWADA』から。最近の姿だが、黒のライカM4(?)にエルマリート28ミリだろうか。


ティム・ペイジ

●小田実

『小田実 遺す言葉』(NHKハイビジョン)では、入院間もないころ、ライカII型を構える姿が見られた。古いながらもシンプルで現在も実用、妙に小田実に似合っているように思った。


ライカII型

●ラリー・バローズ

やはりヴェトナム戦争で活躍した写真家。ブルース・ウェーバー『トゥルーへの手紙』(2004年、良い映画!)にてエピソードがいくつか使われた。エルマリート28ミリ付きのライカM3、あとはニコンFだろうか。


ライカM3+エルマリート28ミリ?


ライカ2台


『トゥルーへの手紙』より、何かスーパー8カメラ


『トゥルーへの手紙』より、ローライを下げた犬たち

『子乞い』 鳩間島の凄絶な記録

2007-12-22 23:39:31 | 沖縄

森口豁『子乞い 沖縄・孤島の歳月』(2000年)は、沖縄の国境に近い小さな鳩間島での、凄絶な80年代の記録である。普段は想像もできないような状況が、極端な姿であらわれている。

鳩間島では、小学校を廃校にしないために、小学生を最低1人は確保しなければならなかった。廃校になるということは、小学生の家族と、学校の先生とその家族がまとめていなくなることを意味する。それが5人であっても、島の人口50人程度の1割が減ってしまう。そして子どもという「未来」がいなくなることは、時間とともに「廃村」が見えてくるということだ。

これを防ぐために、ぎりぎりのところで島の方々が取った手段は、外部から子どもを連れてくることだった。当然、公募などではないから、親類縁故や出身者に対し、島がなくなってもいいのかという気持ちを衝くことによって、何とか1人1人とつないでいった。

このあたりの過程を読んでいると、郵便局は窓口業務だけになってしまう、医療が不安、効率化やコスト削減のための教育委員会からの圧力など、小さく/マージナルで/不利な場所/人に対する無策(あるいは、無策という政策)が明らかになっていく。このような思想の根本をなすものは、第一次産業の軽視、環境の軽視、現在の「格差社会」、さらには均一化の社会とダイレクトにつながっている

「だが西原は想う。
 どんなに空と海が碧く美しくても、ワシらの腹が満たされることはない。
 その想いのなかに彼のいう花が秘められている。生きているあいだに花も咲かせたい、犠牲になる前に一度は花も咲かせて欲しい・・・・・・。
 その花とはなんだろう、と佐藤は考える。」

『子乞い』を原作として、尾瀬あきらの漫画『光の島』や、テレビドラマ『瑠璃の島』がつくられている。『光の島』を最初の何巻かブックオフで立ち読み(笑)したが、島に他の小学生がきたときに万歳した子どもの写真が漫画のコマにも活かされていて、思わずほろりとしてしまう。正月休みに、『瑠璃の島』のDVDをレンタルしてこようと考えている。

戦後の一時期に600人以上だった人口が日本復帰以降はずっと50人程度。そのなかで小学生が1人とか2人とかいう時期があったのだ。私の田舎は1学年20人くらいだった(中学校は数年前に合併によって潰された)。それでもよほど田舎だが、ちょっとこれはなかなか想像が難しい。

いま調べると、現在では70人台にまでなっていて、中学校が復活した鳩間小中学校の在校生は11名のようだ。鳩間可奈子は、中学生のときに父親の実家がある鳩間島で過ごしたそうで、90年代だからこれも中学校復活後ということになる。


『八重山人の肖像』(今村光男・石盛こずえ、南山舎、2004年)より


森林=炭素の蓄積、伐採=?

2007-12-21 23:38:30 | 環境・自然
環境アセスメント学会で話をしてきた(→リンク)。森林や緑地に関して、温暖化対策(特に京都議定書)という側面から整理したものだ。仕事の延長だが、普段と違って、環境の別フィールドの方々に話をすることはそれほど多くない。今年は、WWFのお誘いで京都の枠について問い直す場で話をしたりと、他にも新鮮な機会をもらって楽しかった(仕事だが)。

大気中の二酸化炭素を吸収・固定するということだけでは、森林の持ついわゆる「多面的機能」(保水とか、生態系の保全とか、心のよりどころとか、景観とか)をカバーすることができない。それは当然だから置いておくとして、その温暖化対策としても、森林はあまりいい位置を与えられていない。

●国内の林業が成立しにくい状況にあって、温暖化対策がそれを後押しできていない(従来の補助金行政のまま)。
●海外の植林事業や森林保全を良い形で後押しするためには、いまの京都議定書は力になっていない(複雑な説明は避けるが、要は、温暖化対策として植林をしたい企業の意志が届かない形)。
●にも関わらず、企業の温暖化対策として、森林のイメージは非常に受けが良い。勿論、批判の多い、木材や炭素を稼ぐためだけの単一林などでなく、場所や状況に応じた植林であることは大前提。

ノーベル平和賞を受賞したIPCCの言う長期的対策も当然必要だが、温暖化対策としての森林保全が後回しになっていることも、もっと騒がれていいことだと考えている(炭素の蓄積装置という単純な考え方をしてはならないが)。それに、「あれ」は、もっとねじれていくことに違いない。

今後の話題として大切なことのひとつは、木を切ったあとの運命を気にすることだ。日本は木造住宅が多いので、森林の2割くらいの炭素が国土の上にある(何年か前に分析した)。これは他国よりもかなり多い。第二の森林として良い評価をしてもいいし、その木材を伐ったに違いない国の状況のことを考えるべきでもある。

●いま: 樹木を伐採した瞬間に、二酸化炭素が大気に放出されると見なされている。途上国で伐採した木材を日本で棄てて燃やしても、その二酸化炭素を排出しているのは途上国と見なされている。
●今後: 本当は伐採後に木造住宅になったり紙になったりして、大気に放出されるのは燃やされたり分解したりするときだから、その行く末をおさえること。木造住宅を長く使うことも、本を捨てないことも、炭素を大気中に放出しないことにつながる。途上国で伐採した木材を野放図に輸入することへの歯止めになるかもしれない。国内の林業再生にとって力になるかもしれない。

ただ、この議論も後回し感がある。

ところで、主催者の方と辺野古の話をした。なぜ、環境アセス法を国自身が破壊することができるのか、という点である。ひとつの原因は、環境保護を責任を持って行う機関がない仕組みになっているからだ、との指摘があった(他ならぬ環境省が抵抗勢力になりえていない)。もし辺野古のアセスを米国が行っていれば、このようなことにはならないに違いない、ということだ。具体的にどこがどうそうなのか、来年のテーマとして調べてみようと思っている。

ジュゴンの棲む辺野古に基地がつくられる 環境アセスへの意見(2)

2007-12-19 23:56:15 | 沖縄
沖縄の辺野古に新設(「代替」ではない)が計画されている基地に関して、エセ環境アセスが強行されている。これは何度もまとめた通りだが、アセス実施は、本来、以下のような順序でなされる。


図1 アセスフロー
(資料をもとに作成)

今問題なのは、この順序が守られず、「方法書」を確定する前に、その後になされるべき「現地調査」に組み込むつもりであることが明白な「事前調査」がなされていることだ。そして、その「方法書」にも「事前調査」にも問題が多い。要は、基地を2014年までにつくる「ため」に建前で行う環境アセスなのである。

さて、上の図にあるように、「方法書」に対して沖縄県知事は意見を出すことができる。そのために、沖縄県環境影響評価審査会が知事に答申を出した(2007/12/17)。それはかなり怒りにみちた、良心的で極めて真っ当なものだった。方法書として全く駄目なものだから、作り直せというものだ。(→リンク

審査会の様子については、ブログ『「癒しの島」から「冷やしの島」へ』の記事(→リンク)が非常に参考になる。

これとは別に、政府でも、「普天間飛行場の移設に係る措置に関する協議会」が開かれている。第5回会合の資料(→リンク)を、「方法書」と比較すると、いかに滅茶苦茶かがよくわかる。


図2 「普天間飛行場の移設に係る措置に関する協議会」で示された図面
(資料をもとに作成)

何が「方法書」と違うかというと、

○「洗機場」がある(軍用機を真水で洗うための設備)。当然、廃水を垂れ流せば大変なことになりうる。
○「弾薬搭載エリア」がある。「方法書」では、改めて見ると、形だけ示されていて何のためかわからない。
○「燃料桟橋」がある。

議事録における防衛大臣の発言を読むと、この無茶苦茶さが確信犯的であることがわかる。

○「方法書」は要件を満たしていると(この期に及んで)発言している。
○「現況調査は基本的に順調に進んでいるが、サンゴ、藻場の採捕等について県の許可が得られていない。これらの採捕等はこの冬季のシーズンを逃すと1年後に調査を行わざるを得なくなる。」と発言している。現況調査なるものがそもそも環境アセス法違反であることを無視し、また、環境影響評価よりも、基地をつくるための時間のみを気にしているのである。
住宅地の上を例外的に飛行することはありうると認めている。これがなし崩しになることは容易に想像できる。
○今頃「滑走路の他に駐機場、格納庫施設、飛行場支援施設、燃料施設、燃料桟橋、弾薬搭載エリア、洗機場などを設置する。」と述べている。言うまでもなく、「方法書」に書いてあるべきだったことだ。
○普天間基地では弾薬搭載ができないため嘉手納基地から運んでいるが、それを辺野古で行うとしている。つまり普天間代替ではなく、基地機能を拡張した新設にほかならない。
○「燃料桟橋」は、大浦湾を軍港化するためのものではない、と発言している。逆に「燃料桟橋」の存在を「方法書」で伏せていたのは、その危惧が市民にあることを予期して反発を防ぐためだったのではないか?

話を戻し、いま、沖縄県知事が、極めて真っ当な沖縄県環境影響評価審査会の答申を取り入れて意見を出すのかどうかが注目されている。

政治的な妥協は充分に考えられることだ。いま良心的な市民である私たちにできることは、知事が日和ることのないよう、メッセージを送ることである。「沖縄県環境影響評価審査会の答申を引用し、「方法書」の再作成を、環境アセス法に沿って行うよう意見を出すべきです」と、簡単に書いて出すつもりだ。

◆郵送の場合 
〒900―8570沖縄県那覇市泉崎1の2の2 
知事公室広報課「知事へのたより」あて
◆FAXの場合 FAX番号098(866)2467 
知事公室広報課「知事へのたより」あて
◆Eメールの場合 kouhou@pref.okinawa.lg.jp
「宝の海~辺野古日記」より(→リンク

●参考
ジュゴンの棲む辺野古に基地がつくられる 環境アセスへの意見を出す前に(1) 環境アセスが正当に行われていない
ジュゴンの棲む辺野古に基地がつくられる 環境アセスへの意見を出す前に(2) 「事前調査」の問題点
ジュゴンの棲む辺野古に基地がつくられる 環境アセスへの意見を出す前に(3) 「方法書」の問題点
ジュゴンの棲む辺野古に基地がつくられる 環境アセスへの意見
「方法書」への国民等の意見
沖縄県環境影響評価審査会の質問に対する沖縄防衛局のひどい回答
安次富浩さん(ヘリ基地反対協議会)の最近の発言(すでに洗機場などのことについて指摘している)

藤田敏八は恥ずかしい

2007-12-18 23:59:43 | アート・映画
藤田敏八の映画をまとめて3本観た。

秋吉久美子主演の『妹』、永島敏行主演の『帰らざる日々』、村野武範やテレサ野田が出る『八月の濡れた砂』だ。『妹』には、子供時代からのアイドル(勿論、『ウルトラセブン』のアンヌ隊員)、ひし美ゆり子がいい役で出ていたので儲けた気分である。

それにしても、どれも暑苦しく(みんな汗をだらだらかいている)、鬱陶しく、ぬるぬるしていて、乱暴で、馬鹿馬鹿しい。噴出祈願の悶々としたエネルギーが真っ当でなくニキビのように出てきている(そういえば、足立正生の映画『噴出祈願・15歳の売春婦』というのを観たことがある)。たぶんそういうものなので、観ていてやたらと恥ずかしい。

藤田敏八が梶芽衣子を使った『野良猫ロック・ワイルドジャンボ』、『野良猫ロック・暴走集団'71』、『修羅雪姫』も観たことがあるが、とにかくとほほ力が爆発しそうでしていなかった。梶芽衣子を観たかったので、文句を付けるつもりは毛頭ないのだが。

いま藤田敏八を追いかけて観ている人はどれくらいいるのだろう。アホらしくて、また何か観たい気分になるのだ。


これには『妹』のことは書いていなかった

沖縄「集団自決」問題(11) 『沖縄戦と「集団自決」』

2007-12-17 23:56:54 | 沖縄
『世界』(岩波書店)の増刊号として出た、『沖縄戦と「集団自決」』を読んでいる。

新崎盛暉、山口剛史、高嶋伸欣、村上有慶、目取真俊など多くの発言者の文章がまとまっている。また、台湾、韓国、中国、マレーシアからの発言が異化作用をもたらす。何よりも、証言をはじめた体験者の方々の声があまりにも重い。何事もなければ敢えて人に話すこともなかったであろう、受苦の「肉声」は、赤の他人である自分にとってさえ読み進めるのが辛いほどだ。

ここまでの動きをもたらしたものは、直接的には教科書検定だが、この本質がいまの世界につながっているわけだ。もっともらしい顔で毎日語られている「国際貢献」という名の戦争と市民の「難死」(小田実)、強い者と理屈にのみ依存した判断停止、小さい単位とつながっていない大きな政治、自分のことだけを考える「血塗られた論理」(吉田敏浩)、こんなものをどう考えるかの試金石が、沖縄戦問題にあるのだろう。一見小さな声は、実際には大きな世界そのものに重なるということを、世界と歪んで結び付けられている私たちは、何度も理解しなければならないのだろうと思う。



佐藤真、小田実、新宿御苑と最後のコダクローム

2007-12-16 23:05:31 | もろもろ
今年亡くなった映画監督・佐藤真をとりあげたドキュ、『佐藤真の贈り物~『我が家の出産日記』』をBSジャパンで観た。佐藤真が1994年に撮った『我が家の出産日記』をコアとして、その紹介を冒頭に付け加えたものだ。その映像に残された、佐藤真と娘が遊ぶ公園を再訪し、不在の公園と重ね合わせる手法が、佐藤真が写真家・牛腸茂雄の足跡を追ったドキュ『SELF AND OTHERS』(2000年)を思い出させて哀しい。





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やはり今年亡くなった小田実を偲んだドキュ、『小田実 遺す言葉』(BS hi)を観た。ベ平連の頃、そして亡くなる直前にテレビカメラに向かって語った言葉のひとつひとつが突き刺さってくる。これはすなわち、平和と民主主義を希求した小田実の言動が、私たちの中に蓄積され、改めてレセプターとして機能していると言ってよいのではないか。

ヴェトナム戦争終結時、小田実は「勝った。喜ばしい。しかし(米軍基地などを介して戦争に加担していた)日本政府やそれに同調していた人たちは何をしていたのか。考えなおしが必要だ」と語った。これは現在の日本の姿に不幸にも重なってしまう。そして小田実は病床で、「国民投票法」を「少数独裁法」だと喝破し、それに無関心な市民のことを憂えていた。

「正義の戦争」などはない。民主主義は上からの多数主義ではない。違う人たちは共生できる。こんな当たり前に違いないことが実現されないことに怒りを感じながら、米国の力から独立しようとしているラテンアメリカ諸国と逆の日本の姿をも憂えていた。

あらためて、「個」として途轍もない存在だったのだと感じる。

○参考 「簡潔な断言(2) 『中流の復興』小田実



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コダクロームの国内現像が終ってしまうので、最後の手持ちを使って、大切な家族の写真を撮るために新宿御苑に行った。安心して這ったり転がったりできる場所は、都心ではそう多くない(広い公園はあっても)。

ペンタックスLXとK2DMDに、M35mmF2、M50mmF1.4、それからM100mmF4マクロを使って、5本を撮り終えた。御苑は他人のカメラウォッチングも楽しい。ハッセルやペンタックス67、ニコンFM3Aなど、まだ銀塩ユーザーが結構居るのを見ると嬉しくなる。



帰りに、入口脇の建物で開催していた『屋久島ウミガメ展』を覗いた。スタッフの方々が親切にいろいろと解説してくれた。成長速度の遅い屋久杉のこと、その植生や更新のこと、ウミガメの挙動。屋久島を訪れたことはまだないが、とても興味がわいた。こんどの週末まで(~12/23)だがおすすめだ。

この新宿御苑で今月予定されていたPAC3(パトリオットミサイル)の移動訓練は、来年に延期されたようだ。そんな示威活動は永久にやらなくてよい。




ランディ・ウェストンの『SAGA』

2007-12-14 01:55:36 | アヴァンギャルド・ジャズ
もう80歳を超えているジャズピアノの巨大な存在、ランディ・ウェストン。正直言って、全ての記録を聴こうと考えるほどの熱心な聴き手ではないものの、いくつも好きな作品がある。『SAGA』(Verve、1995年)はそのひとつだ。いまもまた聴いている。

自分にとって、この作品の目玉は、愛するテナーサックス奏者、ビリー・ハーパーの参加にある。「The Beauty of It All」や「Loose Wig」での粘っこく渋い音が堪らない。喜びに満ちたアルトとテナーの掛け合い「Saucer Eyes」も良い。あるバーの女性従業員の眼があまりにも大きかったので、このタイトルを付けたようだ。謎めいた「Casbah Kids」は、モロッコのカスバの迷宮を思わせて面白い。

90年代後半に来日したとき、仕事が忙しくて「神田TUC」に聴きに行くことができなかった。とても悔しい思いをしたが、2005年、神田明神で演奏したときには駆けつけることができた。スタンダード中心のピアノソロで、あまり(勝手に)期待したようなソウルフルな演奏ではなかったが、それでも満足だった。




神田明神のランディ・ウェストン、2005年 ライカM3、ズミクロン50mmF2、Tri-X、フジブロ2号

コダクローム、小田実、辺野古

2007-12-13 08:15:20 | もろもろ
先日コダクロームをプロラボ・堀内カラーに出したところ、国内現像は12月20日受付分までだと言われた。年末かと思っていた。国内ではどこに出しても多分ここに行き着くので事情は同じ(むしろタイムラグがあるのでもっと早まるか)。

たった10日だがその差は大きい。この週末に家族を撮影して使い切るつもりだ。

その先は、米国送り・中2週間となる。まあ、スーパー8でも同じような世界なので(といっても、スーパー8用のコダクロームは既にない)、同じように悠然と楽しめばいいだけの話かもしれないが。


忙しくて疲れている所為か、コーヒーをこぼした(笑)

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今日、NHKハイビジョンで『小田実 遺す言葉、この国の人を信じて』が放送される。

http://www.nhk.or.jp/bs/hvsp/

12月13日(木) 午後8:00~9:30

12月21日に再放送、さらに地上波でも放送するようだ。

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辺野古の基地(普天間代替という名目の新規基地)について行われた、不適切な環境影響評価に関して、沖縄県環境影響評価審査会沖縄防衛局に質問をした。それに対する沖縄防衛局の回答が出た。(沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックの方からいただいた。)

一読して、真っ当に質問に回答している箇所が見当たらない。「米側と協議中であり、現時点において具体的に示すことは困難」のオンパレードだ。「協議して、2014年までの基地完成を目指して、そのために環境影響評価を行う」方向性があからさまに示されている。

国防や外交が環境問題に優先するものではない。ゼロオプションも含めて、環境影響評価を行わなければならないということが、毫も理解されていないことが改めてわかる。

浦安魚市場(11) 「泉銀」の豆鯵とキングサーモン

2007-12-09 21:35:00 | 関東

浦安魚市場はお歳暮市とかで、数の子だの新巻鮭だのを並べている。自分はお歳暮を贈るでもないので、まずは「丸善青果」で白菜とキャベツ(小振りだが1個70円、安い)を買う。それから「泉銀」に寄る。

この「泉銀」、以前は、目玉商品である「鮪の頬肉」目当てで時々寄っていたが、「仕事している人にインタビューする」という息子の宿題に協力してもらって以来、買い物する回数が増えた。

焼き魚にするものと言うと、店主の森田釣竿氏が「めちゃくちゃ旨い」と奥から出してきたのが、冷凍物のキングサーモン。ついでに豆鯵が旨そうだったので、2皿(1皿100円、安い~)を買ってほくほくと帰宅した。

豆鯵は南蛮漬けが良いかとも思ったが、昼ごはんまで時間がないので唐揚にした。小さくても鯵なので、横にある「ぜいご」を全部取らなければならないのが面倒だ。ただ、苦労の甲斐あって、よく揚げたら骨まで食べられて、一瞬でなくなった。



キングサーモンはムニエルにした。「丸善青果」の白菜を鍋ぎゅうぎゅうに詰め込んだトマトソースのパスタと一緒に食べた。赤ん坊は赤いものが好きなようで、凄い勢いで食べてしまった。



ところで「泉銀」のバンド、「漁港」(※港は鏡文字)は、セカンドアルバム『FISH & PEACE』を出すそうだ。あの「おさかな天国」をカバーしている(笑)。まだ、「漁港」は聴いたことがないので、市場でかけてほしいんだけど・・・。


陳凱歌の映画

2007-12-08 23:43:24 | 中国・台湾

陳凱歌(チェン・カイコー)の映画を何となく3本観た。

私が知っていた陳の映画は、『黄色い大地』(1984年)のみ。『人生は琴の弦のように』(1991年)は、それと同様に、地味ながらエキセントリックな演出がそこかしこにあり、素晴らしい映画だった。盲目の老人は、琴を弾いて旅をしている。その師匠から教えられた、「100本の弦が切れたら眼が見えるようになる」という言葉は、そのときになって、嘘であったことを知る。絶望する老人だが、弦を切ってきた過程や、人生自体が意味をもつことに気づかされる、ということだと思う。老人の顔、弟子に恋をする女性の視線、河沿いにある飯屋の主人のたたずまいなどがとても魅力的。

次作『さらば、わが愛/覇王別姫』(1993年)は、京劇の役者兄弟の人生を、日中戦争、太平洋戦争、共産党による国家成立、文化大革命などの歴史の中で描いていく長編ドラマ。陳は文革期に少年時代を過ごした。その陳にとって忌まわしいに違いない文革を、このように突き放して振り返ることができていたのか、という印象を持ちながら飽きずに3時間程度を続けて観た。京劇ってこのようなものなのか、こんど機会があれば観に行こうと思う。

最近の『PROMISE/無極』(2005年)は真田広之、チャン・ドンゴン、セシリア・チャン、ニコラス・ツェーが共演していて、中国に加え、日本、韓国、香港も製作に関与している。明らかにカネがかかった超大作の歴史おとぎ話。これ見よがしなCGが満載で(カップヌードルのコマーシャルみたいだ)、冗談としてしか面白くなかった。

こうみると、大作になるほどつまらなくなってきたヴィム・ヴェンダースのようだ(ヴェンダースは無事回帰したと思っている)。陳の映画としては、地味な小品をこそ観たいと思う。しかし、撮影中の次作もレオン・ライ、チャン・ツィイーを起用した京劇もの『梅蘭芳』のようだ(2人とも好きな俳優なので、これはこれで楽しみだが)。梅蘭芳は伝説的な京劇の女形だそうで、『覇王別姫』の女形と関連があるのだろうか。


太田昌国『暴力批判論』を読む

2007-12-08 10:59:17 | 政治

太田昌国『暴力批判論』(太田出版、2007年)が9月に出版されてから何度か読んでいる。世の大勢を占める、たかを括ったような「強者の論理」に対し、怒りをもって「別の論理」を打ち出そうと試みている。

ここでの強者とは、米国であり、新自由主義であり、それに追随する他国の政府(勿論、日本も含まれる)であり、さらにはそれを下支えする市民とメディアといったところだ。そして別の論理を支えるものは、多くの者が見ようとしないところでの受苦の歴史であり、平和の理想であり、強者の構造を明らかにしようとする論考の力である。その意味で、怒りとはいいながらも論考は静かに進んでいく。批判の対象としているのは、あくまで対話を前提としない、一方的に押し付けられる暴力的な制度だ。

著者は、ボリビアの映画制作集団ウカマウの作品から次の台詞を引用している。ここから、私たちは様々な起きてしまっている現象を思い出すことができる。

「きょうは暴力について学ぼう。民衆は抗議する権利をもつ。要求する権利もある。暴力に拠らずに、だ。(略)正しい対話をするためには、双方が共に主体的に決定する力をもった対話者であることが必要だ。もし片方が、その場にいない権力に操られているのであれば、正しい対話というものは成立しない。いいかな。暴力が生まれるのは、そうした場合だ」

平和憲法の理念については、「人びとがごく自然に持っているらしい「国家である以上、軍隊を持つのは当たり前」という前提そのもの」に批判を加え、九条の理念の現実化に重要性を見出している。

大量殺戮がなお成立していることについては、国家がそのような「権利」を持つことや人間の「死」が前提とされている、その明らかな不自然さへの弁解として、「「抑止効果」や「テロや戦争をなくすための戦争」」という言葉が用いられることを喝破している。

メディアについては、「現代人の精神形成に大きな影響力を行使している」テレビに関して特に、「明らかに異論は排除されて、ひとつの流れに沿う考え・意見に独占されている」危うさを提起している。

米国による「9・11」の悲劇の独占。チリにおけるアジェンデ社会主義政権(一般選挙を通じて世界史上初めて成立)を打倒したピノチェト軍政は、例によって、米国に支援されたものであった。それは1973年9月11日のことだった。それも含め、世界には数多くの「9・11」があふれていることを理解しなければならない。そして、著者は、いくつもの「9・11」を人為的に引き起こしたのは、他のどの国よりも多く米国であることを告発する。(これは勿論、2001年の「9・11」の陰謀論などを指すのではない。)

「米国が自己の姿をこのような歴史的現実という鏡に映し出して自己検証することができたならば、2001年の「9・11」は、現状とはまったく別な結果を持ちえたかもしれない。(略)真の悲劇は、その正気の声の持ち主は圧倒的な少数派に留まり、米国は、私たちが実際に見てきているように、「反テロ戦争」を遂行してきていることにある。」

ひとつの象徴として、他ならぬキューバにある米軍基地グアンタナモで、「反テロ戦争」で捕捉された捕虜たちが虜囚され、拷問されていると伝えられていることが挙げられる。このことは人権団体などが訴えているものの、テレビや新聞などといった世論形成装置で伝達されることはほとんどない。2001年の「9・11」に起因する暴力の連鎖を諌めたヴィム・ヴェンダースの『ランド・オブ・プレンティ』(→感想)に対し、最近のマイケル・ウインターボトム『マイティ・ハート 愛と絆』(→感想)の愚劣さを改めて感じてしまう。

この本で手がかりにしている事象は他にも多様だ。北朝鮮の拉致被害者。ボリビアのモラレス政権。ベネズエラのチャベス政権。死刑制度の是非。中国の反日機運。メキシコのサパティスタ解放運動。イラクの故・フセイン大統領。どれもが、「強者の論理」に沿って、安全な位置から一方的に裁くことの非につながっている。これが、現在の日本の姿(体制だけでなく、他ならぬ私たち)に重なってくるのは不幸なことだが、たかを括るのはさらに罪を大きくしてしまうことになる。

国の暴力について、著者がまとめた論点を、少々長くなるが引用したい。もやもやした問題意識に、ひとつの解を与えてくれるような気持であるからだ。国際政治などの現実論らしきものを、したり顔で語るミニミニ政治家・評論家であるより、将来の理想を持つべきではないか。

「(1)「敵の先制的な攻勢がある以上、これに武力で対抗することは不可避であり、必然的だ」とする思考方法に留まることは、少なくとも止めること。それは、「なぜ」「いかにして」「いつまで」などの問いを封じ込めることに繋がり、「その選択は暴力の応酬の、無限の連鎖である」とする批判的な解釈に応答しないことを意味する。
(2)(略)仮に、それ(※軍)が過渡的には必要な活動形態であることを認める場合であっても、本来的には、軍の廃絶、すなわち兵士のいない社会、戦争のない社会を、未来から展望するという視点を手放さないこと。
(3)(略)海外派兵に対する批判活動を、現行憲法九条に依拠しつつ、さらには、いかなる国家にせよ国軍を持つ根拠自体を批判し、その廃絶を企図する展望のなかで行うこと。その際に、上記(2)の立脚点は大きな意味をもつことになる。」


これからのクリッピング

2007-12-05 23:45:39 | もろもろ
展覧会

●東松照明の写真展『Tokyo曼荼羅』
2007/10/27~12/16@東京都写真美術館 →リンク

長崎や沖縄などの曼荼羅シリーズの最後。→行けなかった

●『ウルトラマン大博覧会~ROPPONGI天空大作戦~』
2007/12/6~2008/1/20@森アーツセンターギャラリー  →リンク

どうもこういうのに弱い。息子を誘って行こうともくろんでいる。

映画

●『ゴーヤーちゃんぷるー』(松島哲也、2005年) →感想

惜しまれてなくなった名護シアターで、暑さ対策も兼ねて観た映画。1月にDVDになるようだ。多部未華子が主演、大城美佐子も鳩間可奈子も登場。主題歌が神谷千尋の「ティンジャーラ」。借りてきてまた観よう。

●『夜顔』(マノエル・ド・オリヴェイラ、2006年) →リンク
2007/12/15公開@銀座テアトルシネマ

ポルトガルの巨匠オリヴェイラ(今年99歳!)の新作。なんと、ルイス・ブニュエルの怪作『昼顔』の38年後の物語。オリヴェイラ、たまらなく好きなのだ。『階段通りの人々』、『世界の始まりへの旅』、『アブラハム渓谷』、『メフィストの誘い』、『Party』、『家路』・・・。

●『オレの心は負けてない』(安海龍、2007年) →リンク
公開中@ポレポレ東中野

これも、「人の視点」から。→行けなかった

音楽

●松風鉱一・小森慶子ライヴ →リンク
2007/12/9@なってるハウス

珍しいサックス2人の組み合わせ。松風さんは私の師匠、是非聴きに行こうと思っている(念のため、私は下手)。→行けなかった

●登川誠仁『酔虎自在』(リスペクトレコード) →リンク
2008/1/16発売

セイ小の新譜。

出版物

●『世界』臨時増刊 「沖縄戦と『集団自決』――何が起きたのか、何を伝えるのか」(岩波書店) →リンク
2007/12/8発売

これまでの動きを振り返る意味でも重要な出版物かと思う。→感想

●『琉球・沖縄研究』(琉球・沖縄研究所 紀要) →リンク

そのうち注文して読もうと思っている。「普天間基地移設問題に対する辺野古住民の応答」など興味深い論文が収録されている。

●『写真0年 沖縄』(photographers’ gallery press 別冊) →リンク

これもそのうち読もうと思っている。仲里効による比嘉康雄論、比嘉豊光『島クトゥバで語る戦世』、ペリー寄港以降の「沖縄写真史年表」など、刺激的そうだ。

東京の樹木

2007-12-04 23:58:32 | 関東

風で、勤め先のビルの中に、ケヤキの落ち葉が何葉も吹き込んでいた。東京で働いているからといって、自然に全く触れられないわけではない。大きな公園にも、街中の小さな公園にも、道路にも、オフィスビルの横にも、いろいろな樹がある。種類はじろじろ見ていくと驚くほど多い。

樹木の本としてよく参照するのが、『葉で見わける樹木』(林将之、小学館)である。文字通り、葉っぱの形―分裂しているか羽状・うろこ状・針上か、枝には向かい合って付いているか交互か、縁は滑らかかぎざぎざか、落葉樹か広葉樹か、などの判断基準でかなり突きとめられるのが楽しい。

東京の樹木に限れば、『東京樹木探検(上・都心編、下・都周縁編)』(東京樹木探検隊、河出書房新社)がある。1991年の本なので、ひょっとしたらもう絶版かもしれない。都内あちこちの場所にある特徴的な樹木について、エピソードとともに紹介してくれているので、持って歩くと面白い。日本で詩歌などに詠まれているアカシアはだいたいニセアカシアであること、皇居脇のエンジュが多いなかに一本だけエンジュに似たニセアカシアがあること、など、はじめて知った話ばかり。

それから、都庁で販売している『TOKYO街路樹マップ2005』(東京都)。5万分の1の地図上に、道路ごとに街路樹の種類によって色分けがしてある。勤め先の近くにちょっとあるヤマボウシも、しっかり記載してある。道端でいちいち大きな地図を開くことができないのが難点だ。この手の地図は、都の区や市でも作っているところがあるに違いない。

私は公園なら新宿御苑が好きだが、今月、PAC3(パトリオットミサイル)の移動訓練が行われるようだ。街の中にも、自然の中にも、醜悪なものをいれないでほしい。