ヘンリー・スレッギルは2001年、異なるグループによるCDを2枚発表した。そのひとつが、「ズォイド(Zooid)」という、サーカス音楽の流れを意識していると思われる名前(動物園のもじり)のグループによる、『Up Popped the Two Lips』(PI Recordings、2001年)である。
たぶん『Too Much Suger in a Dime』(Axiom、1993年)以来となる日本盤も出ていて、邦題が『ふたつの唇の音色』と付けられている。ジャケットの内側に書かれている詩には、チューリップという言葉が何度も登場しており、これが「Two Lips」に化けると同時に、「p」音の韻を踏んだものだろう。おそらく詩もタイトルもいつもの言葉遊びであり、これ以上の意味を持たせることは有害になる。
編成は、スレッギルのアルトサックスとフルートの他には、アコースティック・ギター、チューバ、チェロ、ドラムスというおとなしいものだ。ヴェリー・ヴェリー・サーカスなどの賑々しさはなく、チューバの登用に、それまでのスレッギルらしさがあらわれているに過ぎない。リバティー・エルマンのギターにしても他作品に多く参加しているブランドン・ロスのような強さはない。ドラムスも決して前に出てこようとはしない(もっとも、スレッギルは常に緻密な譜面を用意しているとのことだから、前に出てこようとしないのではなく、出てこないことになっているわけだろうか)。
それではこのグループの特徴はなにかというと、祭祀的、スキゾ的なものから、より純化されたものへの転化の試行ではないかという気がする。不穏なアンサンブルの中から、スレッギルの独特極まる音色が空間を切り裂くのは、これまでと同じ彼の音楽だということができる。そのアンサンブルが、賑々しいサーカス団ではなく、日常の動物園のような、個々の鳴き声が重なり合うような音風景になっただけ、なのかも知れない。
「ゾォイド」による次の作品『Pop Start the Tape, Stop』(hardedge、2005年)が、いまのところスレッギルの最新作であり、1,000枚限定のLPのみというところに、何か純化の行き止まりを見るような思いだ。スレッギル以外のメンバー編成は同じ(ドラムスが異なるのみ)だが、奇妙なのは、スレッギルの楽器である。フルート2種類の他に、「hubkaphone」というものを使っているのだ―――説明はないが、おそらくジャケット写真にある、8枚の円盤を紐でつないだ代物だろう。どうも、これによる演奏を録音し、オクターブを変えたりして、16個のスピーカーを個々に管理して再生する、サウンド・インスタレーションだったようだ。
「hubkaphone」が、静かに不穏な割れた音色を奏で続けるかと思っていると、突如、チューバを合図にアンサンブルが始まり、スレッギルのフルートがおもむろに入ってくる。しかしこれは、また、唐突に止まり、「hubkaphone」に戻る。これが幾度も繰り返される。ここで、作品のタイトルを思い出すことになる。
ジャケット裏には、スレッギルが「Enjoy.」という言葉でコメントを締めくくっている。最初は地味でつまらなく思えたこの作品も、聴き込んでいるうちに、足場がなくなるような掴みようの無さが、楽しいものと思えてくる。おそらく、NYで行われたライヴは、記録を聴くより何倍も体感的で刺激的だったことだろう(サウンド・インスタレーションなのだから)。しかし、ここからは、これからのスレッギルについて期待する気分が生まれてこないのが正直なところだ。