Sightsong

自縄自縛日記

サミュエル・シモン『An Iraqi in Paris』

2012-02-29 23:42:27 | 中東・アフリカ

サミュエル・シモン(Samuel Shimon)というイラク出身のジャーナリスト・作家による自伝的な本、『An Iraqi in Paris』(パリのイラク人)(原著2005年)を読む。出張先で持って行った本を読み終えてしまい、ドーハの空港で手に取ったものだ。

著者は、いつの日かロバート・デ・ニーロを主演とする映画を撮ることを夢見て、イラクの田舎を飛び出る。勿論、タイトルは『パリのアメリカ人』のパクリであることは言うまでもない。ヨルダンやレバノンでそのようなことを口走る若者は怪しまれ、暴行され、投獄される。なんとか辿りついたパリでは、ホームレスであったり、誰かの家に転がり込んだり、たまたま仕事を得れば安宿に泊まったり。それでも、パリのバー通いを欠かすことはない。そして、映画創りという夢は、美しい夢のままに漂う。

夜のパリを徘徊する映画ファンであるから、愉快なエピソードがさまざまに出てくる。バーにジャン・リュック・ゴダールマルコ・フェレーリが立ち寄ってきたり、髭を剃ったところ有名なテレビタレントそっくりになって、友達と間違えたマルチェロ・マストロヤンニと話したり。中でもケッサクというべきか、ひでえ奴だというべきか、一目惚れした女の子を落とすために、ロバート・デ・ニーロに会わせてあげるよ、マスコミから逃げて実は隣りの部屋にいるんだよ、と騙す話もある。

パリの日本人は著者にとっておかしな存在だったようだ。バーに出入りしたはじめの2回は誰とも一言も口をきかなかったのが、次からは全員と話しはじめる極端な男であり、彼は著者の喧嘩中の恋人と出逢った夜に、そのバーで、結婚すると決める。著者がその恋人の部屋で痴話喧嘩をはじめると、彼は何も言わずトイレに閉じこもり、鍵をかけてしまうのである。まあ、何だかわかる気もする。

「Umberto Eco's Clown」という章では発見があった。

"I didn't understand what she meant, and for two days Nadia didn't explain, but then she told me, laughing, 'He was asking you if you were my new pimp!'"

まさに、もう10年以上前に読んだウンベルト・エーコ『フーコーの振り子』において、記憶に残っていた台詞が蘇ってきた。小説では、主人公の男が電車のなかでたまたま前に座った女性に一目惚れし、「ピム!」と言ってそのことを示したのだ。そのときはイタリア語ででもあろうかと思っていたのだが、改めて調べてみると、「pimp」は、もともと「売春斡旋人」、転じて「超イケてる!」という意味のようなのだった。

そんなわけで、それなりに愉しく自伝を読んだのだが、最後の100頁ほどは奇妙な物語に割かれている。これがつまらない。本当につまらない。映画の素材のつもりなのだろうか。時間の無駄ゆえ、それは読むのをやめた。


ジェームズ・フォーリー『パーフェクト・ストレンジャー』

2012-02-27 08:12:41 | 北米

ジェームズ・フォーリー『パーフェクト・ストレンジャー』(2007年)を観る。

サイコ・スリラー、しかも裏切りが「こちら側」にある。ジェームズ・マンゴールド『アイデンティティ』やマーティン・スコセッシ『シャッターアイランド』を想起させるが、まあ一過性の作品なんだろう。ハル・ベリーは魅力的でありますね。

そうか、フォーリーは『フーズ・ザット・ガール』を撮った人か。


"カライママニ" カドリ・ゴパルナス『Gem Tones』

2012-02-27 00:57:28 | 南アジア

昨年末、インド・プネーのホテルに置いてあった『DNA India』紙(2011/12/9)に、現地のサックス奏者が紹介されていた。カドリ・ゴパルナス(Kadri Gopalnath)。南インド・カルナータカ音楽の人であるらしく、その彼が、北インド・ヒンドゥスターニー音楽のフルート奏者、ロヌ・マジュムダール(Ronu Majumdar)と共演したコンサートを絶賛するレビュー記事だった。


『DNA India』紙(2011/12/9)

そんなわけで俄然興味を覚え、1枚取り寄せてみた。ふたりの共演盤は見当たらない(南北インドの共演が少ないのかもしれない)ため、ゴバルナスの『Gem Tones』(Ace Records、2000年)。インドではなく英国盤、録音もロンドンである。

Kadri Gopalnath (as)
Ms A Kanyakumari (vl)
M R Sainatha (mridangam)
Bangalore Rajasekar (morsing)

調べてみると、ムリダンガムは南インドの両面太鼓(つまり、タブラとは奏法が異なる)、モルシングはやはり南インドの口琴(名前にバンガロールと入っているから南インドの人である、笑)。インドにも口琴があったのか!

一聴、サックスがこんな風にラーガを演奏するのかと吃驚する。まったく不自然ではないのだ。いかにも滑らかなラーガ音階の演奏である。ヴァイオリンとの掛け合い、ムリダンガムやモルシングのソロも素晴らしい。例によって、曲の最期、同じフレーズを繰り返しながら加速するエクスタシーもある。おそらくは決まりごとと即興とが融合しているのだろう。背後で聴こえる基底音もモルシングだろうか、口琴でずっとこれをやっているとすれば凄い技術と口である。

ちょっと、ジョン・ハンディのインドかぶれサックスと聴きくらべたいところ。耳がカライママニ。

●参照
ラヴィ・シャンカールの映像『Raga』
スリランカの映像(6) コンラッド・ルークス『チャパクァ』(シャンカールがサントラを担当)
チャートリーチャルーム・ユコン『象つかい』(口琴)
ハカス民族の音楽『チャトハンとハイ』(口琴)
酔い醒ましには口琴
宮良瑛子が描いたムックリを弾くアイヌ兵士


アンディ・シェパード『Movements in Color』、『In Co-Motion』

2012-02-25 23:30:56 | アヴァンギャルド・ジャズ

アンディ・シェパードを2年前にパリで聴いて以来、『Movements in Color』(ECM、2009年)を聴こう聴こうと思いながらようやく今になって入手した。

Andy Sheppard (ss, ts)
John Parricelli (ac-g, el-g)
Eivind Aarset (el-g, electronics)
Arlid Andersen (b, electronics)
Kuljit Bhamra (tabla, perc)

巧いサックスである。その分、味という面で希薄だ、などと言えないほど巧い。ルイ・スクラヴィス然り、ミシェル・ポルタル然り、ここまで吹ければそれを活かした音楽になる。

ECM独自の数秒の静寂から、まるで叫んでいるような音ではじまる。そしてタブラ、弦楽器、エレクトロニクスのサウンドの中を、濁らない音色のサックスがドラマチックに泳ぎ続ける。どの曲も緻密にして自由さが損なわれておらず、まさにライヴで感じた感嘆をあらたにした。

なかでも、2曲目の「Bing」は、同じフレーズを繰り返しながらタブラとともにスピードアップしていくさまがまるでインド伝統音楽であり、微笑んでしまう。

それに比べれば、改めて聴く旧作、『In Co-Motion』(Island Records、1991年)はいかにも時代遅れのサウンドに聴こえる。

Andy Sheppard (ts,ss, Yamaha WX11 wind sythesizer)
Clande Deppa (tp, flh)
Steve Lodder (kg, p)
Sylvan Richardson Jr. (el-b, g)
Dave Adams (ds, perc)

シェパードのよりアウトするフレーズは時にまるでマイケル・ブレッカーでさえもあり、やはり現在のスタイルの方に円熟と個性を感じる。


Andy Sheppard (2010年) Leica M3、Summicron 50mmF2.0、Tri-X(+2増感)、フジブロ4号

●参照
アンディ・シェパード、2010年2月、パリ


篠原哲雄『地下鉄に乗って』と浅田次郎『地下鉄に乗って』

2012-02-25 17:51:21 | 関東

篠原哲雄『地下鉄に乗って』(2006年)を何の気なしに観たところ、存外にも引きこまれた。大会社社長(大沢たかお)の息子・真次(堤真一)は、父親に反発し、小さな下着のセールス会社で働いている。妻との関係は悪く、一方で同僚のみち子との関係を持っている。ある日、中学時代の教師(田中泯)と永田町駅で偶然再会、それを機にタイムスリップを繰り返す。その時代は、兄が家を飛び出して事故死した日であったり、父が満州から引き揚げてきて闇市で稼いでいた時だったり。さらには、父の出征、父が満州で開拓民を護って闘う場面にもジャンプする。そして、真次は、みち子が、同じ父を持つ腹違いの妹であると知る。みち子は、兄妹ゆえ許されない関係であると覚悟し、自分自身を身ごもっている母とともに石段を転がり落ち、自らの存在を消す。

はじめにタイムスリップする過去は、東京オリンピックが開催された1964年、新中野駅の鍋屋横丁だった。わたしの生まれる前であるものの、ディテールが面白い。実在した映画館・オデオン座では、『キューポラのある街』『肉体の門』(鈴木清順版)、『上を向いて歩こう』を上映している(『肉体の門』以外は2年前の封切りであり、同時上映の名画座ということなのだろう)。赤電話。パチンコ屋の景品はピースの煙草。2年近く前に、『キューポラのある街』のシナリオ集を古本で買ったら、中にピースの空き箱が挟まっていたことも、偶然としては出来過ぎていて愉快なのだった(>> リンク)。

堤真一や田中泯という存在感のある役者を使っていることも嬉しい。堤真一に感情移入して、何だか身につまされてしまった。女性が、「愛する人の幸せ」のために自殺を選ぶことには、共感しかねるものがあるのだけれど。

忘れないうちにと、浅田次郎による原作小説(講談社文庫、原著1997年)も読んだ。 いつも機内誌のエッセイで馴染んでいる、簡潔な文章が良い。

上野駅、神田駅、銀座駅と東銀座駅とをつなぐ地下道など、歴史を感じさせるところを使って、時代の雰囲気を描いている。東銀座の日産自動車あたりは、一面の廃墟でそこが闇市になっていたのだな。この佳作を、うまく映画化したことも改めてわかる。

ただ、多少の設定の違いはある。煙草はピースではなくパールである。映画では堤真一はIWCの時計をつけていたが(これが、若き日の父の手に渡るという仕掛け)、原作では安物。父が闇市で稼ぐのは、米軍から横流しされた砂糖の売買によってではなく、PX(米軍の売店)で米兵と詐称して安く買ったライカとコンタックスの転売である。ライカであればM3登場前のバルナック型の時代、ぜひこれを映像にしてほしかったところだ。

●参照
鈴木雅之『プリンセストヨトミ』(堤真一)
横山秀夫『クライマーズ・ハイ』と原田眞人『クライマーズ・ハイ』(堤真一)
『時をかける少女』 → 原田知世 → 『姑獲鳥の夏』(堤真一)
姜泰煥・高橋悠治・田中泯
姜泰煥・高橋悠治・田中泯(2)
犬童一心『メゾン・ド・ヒミコ』、田中泯+デレク・ベイリー『Mountain Stage』


パンソリのぺ・イルドン

2012-02-25 11:22:03 | 香港

NHK-BSプレミアムの『Amazing Voice』で、韓国のパンソリを紹介していた(>> リンク)。

登場するのは歌い手ペ・イルドン。ドキュメンタリー『人はなぜ歌い、人はなぜ奏でるのか/韓国の鼓動と踊る ~オーストラリア人ドラマーの旅』(エマ・フランズ)(>> リンク)では、山中に7年棲み、滝の音に負けないよう毎日歌い続ける姿を捉えていた。この番組では、既に山を下り、韓国のあちこちで歌う一方、パンソリを他人に教えるようになっている。

それにしても凄まじい声である。絞り出すのではなく空間を作り出すような声法、それは感情とあまりにも直接的につながっている。

パンソリは韓国南西部の全羅道で生まれたものだという。「パン」は場、「ソリ」は歌。全羅道差別はよく知られたところだが、このような芸との関連はいかなるものだろう。

●参照
『人はなぜ歌い、人はなぜ奏でるのか』 金石出に出会う旅
金石出『East Wind』、『Final Say』
ユーラシアン・エコーズ、金石出
姜泰煥+サインホ・ナムチラック『Live』
姜泰煥・高橋悠治・田中泯
姜泰煥・高橋悠治・田中泯(2)


久江雅彦『日本の国防』

2012-02-25 00:56:51 | 政治

ドーハのホテルで時間を持て余し、久江雅彦『日本の国防 米軍化する自衛隊・迷走する政治』(講談社現代新書、2012年)を一気に読んでしまった。『米軍再編 日米「秘密交渉」で何があったか』を書いた人である。

戦後、「冷戦の落とし子」として米国の意向に沿う形で誕生して以来、自衛隊はしばらくは「日陰者 」扱いを余儀なくされた。吉田茂は、1957年の防衛大学校第一回卒業式において、「・・・言葉を換えれば、君たちが日陰者であるときのほうが、国民や日本は幸せなのだ。どうか、耐えてもらいたい」との訓辞を述べたという。それが、今では防衛庁は省に昇格し、「制服組」も政治家たちの政策決定に関与するようになり、さらには国際貢献と詐称して憲法違反の海外派遣を行ってさえいる。本書は、そのあたりの経緯を具体的に示してくれている。

勿論、このプロセスが、シビリアン・コントロールのなし崩しの崩壊であることは確かだ。本書によれば、シビリアン・コントロールとは、①国会における統制、②首相や防衛相などによる政府内の統制、③防衛相の下にクッションを置くことによる統制、の3つである。このうち③が日本独自のものであったようで、クッションとは参事官(官僚)が務め、「制服組」がトップと直結しない仕組であった。これこそが「制服組」の抑圧された不満であり、石破茂防衛相(当時)が後押しすることで廃止されたのだという。

シビリアン・コントロールの崩壊だけが問題なのではない。シビリアンに他ならない外務省自らが率先し、米国の意に沿う政策を誘導してきた。アフガン攻撃時の「Show The Flag」やイラク戦争時の「Boots On The Ground」は、伝えられているように米国の高官が日本を脅すために発言したのではなく、外務官僚が外圧を装って作りあげた「作文」であったのだ。鳩山首相が普天間基地の県外移設を打ち出したとき、外務官僚たちが米国政府に対して、柔軟になるな、譲歩するなと働きかけ続けていたというエピソードもあった(山口二郎『政権交代とは何だったのか』>> リンク)。そのように大所高所から国家をコントロールする権利が、どこにあるというのだろう。

とは言いながら、本書も、米国の軍事戦略に乗る形での安全保障というストーリーが、何よりも最優先されるのだの陥穽にはまっているように思えてならない。PKOで仮に戦死者が出たら政治の「腰が引けてしまう」かもしれないと指摘したうえで、「問われているのは、政治家の覚悟であり、私たちの覚悟でもある」などと書く。誰にどのように問われているのでしょうか、「私たち」とは、「覚悟」とは何でしょうか。突然「公」を装うのは欺瞞でしかない。

この印象は、沖縄の普天間、辺野古についての章においてさらに強くなる。著者は、愚かなメディアによって繰り広げられた「鳩山首相が寝た子を起こして与えなくてもいい人(=沖縄住民)に希望を与えてしまったがために、問題がこじれた」論を展開したうえで、それがなければ辺野古で政治合意がなされた可能性があった、と残念そうに書いているのである。おそらく、一応は書いていても、憲法や環境保全など脇に置かれるべきだと考えているのだろう。勿論、住民が絶対にイヤだと身体を張って主張し続けているにも関わらず、それを押しつぶしていくファシズム国家の姿の是非など、かけらも論じられていない。

以下の文章が、いかに一面的でつまらぬ「現実主義」に過ぎないか。

「このままでは、世界で最も危険と言われる普天間飛行場は、いつまでも市街地に居座り続ける。
 大きな事件や事故が起きれば、米軍撤退論が火を噴いて、「要石」と位置づける沖縄から日米同盟は崩れかねない。」

●参照
久江雅彦『米軍再編』、森本敏『米軍再編と在日米軍』
『現代思想』の「日米軍事同盟」特集
終戦の日に、『基地815』
『基地はいらない、どこにも』
前泊博盛『沖縄と米軍基地』
屋良朝博『砂上の同盟 米軍再編が明かすウソ』
渡辺豪『「アメとムチ」の構図』
○シンポジウム 普天間―いま日本の選択を考える(1)(2)(3)(4)(5)(6
押しつけられた常識を覆す
『世界』の「普天間移設問題の真実」特集
大田昌秀『こんな沖縄に誰がした 普天間移設問題―最善・最短の解決策』


汪暉『世界史のなかの中国』

2012-02-24 00:05:25 | 中国・台湾

ドーハに向かう機内で、汪暉『世界史のなかの中国 文革・琉球・チベット』(青土社、2011年)を読む。サブタイトルにあるように、本書は、文革、琉球、チベットという3部から成る。

第一部(文革)では、文革そのものの評価を下しているわけではない。1960年代において統治や社会のかたちを模索しながらつくりあげていった過程を本来的な<政治>であるとするならば、作りあげられた統治と社会の構造を維持し、強化するあり方は<脱政治化>なのだとする。より中国に則しては、<党-国体制>から<国-党体制>への転換である。すなわち、絶えず自己構成を繰り返す時期を過ぎたあとのかたちは<政治>でも<党>でもなく、その終焉であるというわけだ。著者によれば、異常な活動が跋扈した文化大革命こそが<脱政治化>のあらわれであった。

利権のネットワーク、権力のかたちから外れた存在の疎外といった現在への視点からは、納得できる説明ではある。おそらくは腐敗もヴィジョンの健忘もこれと無関係ではなく、あらたな<脱・脱政治化>は、単なる政局上のスクラップ&ビルドではありえない。むしろ、ヴィジョンとは本質的には絵空事、非現実的であるべきものなのだろう。ヴィジョンを語る人を蔑む精神は、きっとヴィジョンをかたちにしていく精神とは対極にあるものだ。

それでは中国はどのように<政治>を取り戻すのか(<再政治化>)。そのメッセージは抽象的ではあるが、当然ながら、硬直化、腐敗した<自然>からの<脱自然化>を図ること、もういちど政治空間や政治生活を活性化すること、もう一度批判的に20世紀を生きること、差異や多様性や対抗性や創造的な緊張を取り戻すこと。要は現在の国家のかたちを揺るがすこと。これを具体的に述べることができるわけはない。

第二部(琉球)は、沖縄における政治闘争に注目している。歴史と世界の矛盾がすべて現在において顕現している地にあって、何らかの追求は歴史を負ったものとなる。ここでは、著者は、<脱政治化>が存在しないのだと断言しているが、それは沖縄の政局を敏感に感じ取っての発言とは思えない。

むしろ、興味深いのは、琉球と中国との関係である。1871年、台湾に漂着した琉球民54人が現地住民によって殺害された。清政府はこれを「化外の民」がしたことと責任回避をする。著者によれば、その解釈は、清国の管轄する地域ではなかった、ということではなく、ゆるやかな統治であったということだという。すなわち西欧流の国境概念はなじまなかった、というわけである。さらに、日清両属であった琉球の位置付けも、そのコンテキストで説かれる。後者は史実として納得するが、前者の違和感は残る(これが第三部のチベットでさらに大きくなる)。

なお、2011年に佐喜間美術館所蔵のケーテ・コルヴィッツの版画が、彼の作品を好んでいた魯迅にちなんで北京魯迅博物館(>> リンク)で展示されたことが話題になったが、コルヴィッツの作品を介した沖縄-中国のつながりに注目し、展覧会を開くことを提案したのが他ならぬ著者であったというのだ。なるほど、魯迅がコルヴィッツ作品集を刊行していたことは、藤井省三『魯迅』(>> リンク)によって気付かされたのだったが、それがつながったのは偶然ではなかったというわけである。

また、著者は、丸川哲史『台湾ナショナリズム』(>> リンク)において指摘されたのと同様に(この論考はまさに丸川哲史氏によるインタビューをもとにしている)、カイロ会議における蒋介石の意向が沖縄の運命を左右したのだ、と、より詳細に整理している。注目すべきは、蒋介石がそのような方向性を示したのは、米国の意を汲んでのことだったという点だ。大田昌秀『沖縄の帝王 高等弁務官』(>> リンク)においては、ルーズベルトが沖縄を中国に割譲しようとしたものの蒋介石が拒んだとあるが、本書では、それを明確に否定している。このことはもっと言及されてもいいことなのだろう。

「もしも蒋介石が、カイロ会議の際そして戦争終結後、琉球の国際委託管理や非軍事地域化を終始堅持し、アメリカに軍事占領させていなかったら、琉球の運命はもしかしたら異なる部分があったのかもしれない。しかし、蒋介石は明らかに、アメリカの力と意志に抵抗しそれを拒絶しようとはしなかった。」

第三部(チベット)については、驚きと違和感が残った。驚きとは、チベットがまさに欧米の夢として位置づけられ続けてきた<幻視>であったということ。そして異和感とは、チベットを含め、中国政府の異民族支配を批判の対象とせず、その批判こそが西欧流の民族国家観、国境観に毒されたものだと言わんばかりの勢いのことだ。<脱政治化>を<政治>の終焉として批判するならば、<脱政治化>によって建国当時の国家ヴィジョンから外れてしまった現在の支配構造についても批判の対象とすべきだと思うのだがどうか(加々美光行『中国の民族問題』に詳しい >> リンク)。それとも、「天下」概念に復古したいのででもあろうか。

●参照
天児慧『巨龍の胎動』
天児慧『中国・アジア・日本』
『世界』の特集「巨大な隣人・中国とともに生きる」
『情況』の、「現代中国論」特集
加々美光行『裸の共和国』
加々美光行『現代中国の黎明』 天安門事件前後の胡耀邦、趙紫陽、鄧小平、劉暁波
加々美光行『中国の民族問題』
堀江則雄『ユーラシア胎動』
L・ヤーコブソン+D・ノックス『中国の新しい対外政策』
鹿野政直『沖縄の戦後思想を考える』
丸川哲史『台湾ナショナリズム』


ドーハの村上隆展とイスラム芸術博物館

2012-02-22 23:21:51 | 中東・アフリカ

カタールの首都ドーハ。夜到着しての印象は、上海を凌駕するほどギラギラしたハイテク都市ぶり。ペルシャ湾に面してちょっとした内湾になっており、水面越しに高層ビル群を眺めるとその光景は『ブレードランナー』である(下に猥雑な通りがない点が決定的に違う)。

仕事が終わって少し時間ができたので、話題の村上隆展を観に行った。『murakami ego』と題されており、会場のAlriwaq Exhibition Spaceを大通りから見ると村上隆のキャラでギトギトに飾り付けられている。玄関を入るとそこには巨大な村上隆の座像、横に笑うお花たち。何なんだ。

受付の女の子たちはフレンドリーで、こちらを日本人だと見るや嬉しそうに日本語で話しかけてくる。やはりサウジ社会とはまるで違う。

中も凄い。DOB君、TOKYO MXのゆめらいおん、お花、カイカイとキキ、カッパ、美少女たちといった馴染のキャラたちが、圧倒的な物量で迫ってくる。ここまで親しみの圧力をかけられると、アニメ的なキャラが宗教であっても問題ないなと思った次第。それにしても、湾岸国だから出来た展示ということなのだろうか。

すぐ隣りには、イスラム芸術博物館(Museum of Islamic Art)がある。斬新なデザインのハコが、湾の中に建てられ、橋でつながっている(中野ミュージアムショップには、田原桂一による博物館の大判の写真集があったが、高いため買わなかった)。


中の吹き抜けから天井を視る


外はいい雰囲気

閉館まで時間があまりなくて駆け足での観賞だったが、それでも非常に愉しかった。撮影は自由である。


猿(イラン、1200年頃)


『シャー・ナーメ』より、ザーハックの悪夢(イラン、1525-35年頃)


小型コーラン(イラン、1550年頃)


鉄鏡(イラン、16世紀)


ボウル(イラク、9世紀)


ガラス瓶(エジプトまたはシリア、1200年頃)


モスクのランプ(エジプト、14世紀)


モスクのランプ(リバイバル品)(フランス、1881 or 84年)


『ラーマーヤナ』写本(インド、16世紀後期)


ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンのカメオ(インド、1630-40年)


宝石の隼(金、エナメル、ルビー、エメラルド、ダイヤモンド、サファイア、オニキス)(インド、1640年頃)


オスマン帝国のヘルメット(トルコまたはコーカサス地方、15世紀)


オスマン帝国のヘルメット(トルコ、16世紀初頭)




オスマン帝国の兵士(トルコ、15世紀末~16世紀初頭)


オスマン帝国のコーヒーカップ・ホルダー(金、ダイヤモンド、ルビー)(トルコまたは欧州、19世紀)


リヤドのビルと鍵と扉

2012-02-22 01:54:36 | 中東・アフリカ

サウジアラビア、リヤド。中東に行くのは、15年ほど前にエジプトとイエメンに足を運んで以来なのだ。観光にも一部門戸を開いているとはいえ、基本的には、仕事と宗教でしかビザは発行されない。

ドーハで飛行機を乗り換え、しばらくは砂漠ばかり。やがて高度を下げてくると、何やら道や人工物が見えてくる。そして街。不思議な気分である。

到着したのは金曜日の午前、それはサウジの休日。宿に荷物を置いて昼食を取り、とりあえず外を歩いてみたが、ほとんどの店は閉まっている。人もろくに歩いていない。せいぜいスターバックスなどのカフェにたむろしている程度である。ショッピングモールの中は閑散としていて、賑わっているのはフードコートのみ。とはいえ、平日も昼間はこんなもので、夜こそ活動的になるらしい。


だだっ広くて閑散


閑散


店は閉まっている


本当に辛そうだが閉まっている

目立つ超高層ビルは、尖ったアル・ファイサリヤ・センター(267m)、上海環球金融中心(492m)(>> リンク)よりも「栓抜き」らしいキングダム・センター(302m)。これでも、ドバイのブルジュ・ハリーファ(828m)やメッカのアブラージュ・アル・ベイト・タワーズ(601m)には全然敵わない。さらにクウェートやサウジに「1km超え」のビルの建築計画がある。

王族の所有するキングダム・センターの77階には、「世界でもっとも高い場所にあるモスク」があるという。


アル・ファイサリヤ・センター


向こう側にキングダム・センター

もうヒマですることがない。「勧善懲悪委員会」(宗教警察)に取り上げられるのが嫌で銀塩カメラを持ってこなかったのだが、そもそも人がいない。向こう側のビルには「2 Reasons 2 Be Here」と書いてある。ヒマな自分のできること、それは鍵の写真と扉の写真を撮ること。


ここに居るふたつの理由

その1、鍵シリーズ。

その2、扉シリーズ。

そんなわけで1時間半ほどウロウロして宿に戻ったら、急激に眠気を覚えて爆睡。気がついたら夜、待ち合わせの時間になっていて飛び起きた。

●参照
保坂修司『サウジアラビア』


サタジット・レイ『チャルラータ』

2012-02-21 11:25:26 | 南アジア

ドーハからの帰途、カタール航空の機内で、サタジット・レイ『チャルラータ』(1964年)を観る。

カルカッタ(現在のコルカタ)。チャルラータは美しい。インテリの夫は、金持ちも怠惰ではいけないと新聞を発行し、リベラルな政治への運動に関与している。オペラグラスで窓の外を眺めたり、刺繍をしたりとヒマなチャルを心配した夫は、能天気な大学生の従弟アマルを呼び寄せる。姉のようにアマルに接し、何か社会に接しなさいと文章を書かせて雑誌に投稿させるチャル。それが雑誌に採用されるや、自らの外部への発信意欲を刺戟され取り乱す。チャルもアマルに促され、エッセイを書いたところ、雑誌に掲載される。しかし、チャルはさらに気持ちを掻き乱され泣いてしまう。一方、夫は親戚にオカネを騙し取られ、新聞事業を頓挫させてしまう。今まで顧みなかったチャルとの生活を再開しようとするが、既にチャルの気持ちはアマルに向いていた。家庭は一気に崩壊し、もう元に戻ることはない。

チャルラータの描写はきめ細やかで素晴らしい。歩きつついくつもの窓から外の人をオペラグラスで覗き続けるテンポ。アマルが草の上で昼寝する横でブランコ遊びをするチャルが弾みをつける足、アマルの横顔ごしに捉えたブランコの動き、ブランコとともに流れる背景とチャルの顔。自我がコンクリートのようにへばりついたチャルの背中と顔。

サタジット・レイ(ショトジット・ライ)の手練の技を見せてもらったという印象だった。

●参照
サタジット・レイ『見知らぬ人』


ドミニク・デュヴァル+ジミー・ハルペリン+ブライアン・ウィルソン『Music of John Coltrane』

2012-02-16 16:17:42 | アヴァンギャルド・ジャズ

ドミニク・デュヴァル+ジミー・ハルペリン+ブライアン・ウィルソン『Music of John Coltrane』(NoBusiness、2009年録音)を聴く。

Dominic Duval (b)
Jimmy Halperin (ts)
Brian Wilson (ds)

タイトル通りのジョン・コルトレーン曲集であり、「Giant Steps」、「Moments Notice」、「Syeeda's Song Flute」、「Naima」、「A Love Supreme」といった有名曲が演奏されている。コルトレーン自身のテナーサックスの音色が苦手な自分だが、作曲はもちろん素晴らしいと思う。ここでは、ジミー・ハルペリンというウォーン・マーシュの系譜のプレイヤーが吹いている。

デュヴァルとハルペリンのデュオによるセロニアス・モンク曲集『Monk Dreams』では、奇っ怪なるモンクの曲に対して、デュヴァルは柔軟に、そしてハルペリンは裏返りよれる音色のテナーで向かい合っていた。それは非常に魅力的な組み合わせだったのだが、相手がコルトレーンでは、そこまで伸び縮みはしないようだ。ハルペリンの音色もフレーズも硬く、折角のよじれたリボンのような個性が出ていないような印象がある(片方の演奏だけをもって個性というのもいけないか)。デュヴァルの面白さは相手次第なのか、煌めく結晶のようなセシル・テイラーや、ぐにゃぐにゃのハルペリンであれば有機的なつながりをもった音楽として響く一方、ここでは、硬軟どっちつかずのハルペリンと硬いドラムスのなかで、いまひとつピンとこない。とは言え、何度も聴いてしまう愉しさはある。

●参照
ドミニク・デュヴァル+セシル・テイラー『The Last Dance』、ドミニク・デュヴァル+ジミー・ハルペリン『Monk Dreams』
ジョー・マクフィーの映像『列車と河:音楽の旅(デュヴァル参加)
藤岡靖洋『コルトレーン』、ジョン・コルトレーン『Ascension』
ラシッド・アリとテナーサックスとのデュオ(ジョン・コルトレーン『Interstellar Space』)


保坂修司『サウジアラビア』

2012-02-15 01:21:02 | 中東・アフリカ

今度サウジアラビアに出かけることもあって、保坂修司『サウジアラビア―変わりゆく石油王国―』(岩波新書、2005年)を読む。

石油の莫大な収入によって成り立つレンティア国家。本書は、それによる軋みと危さを指摘する。税なるものは基本的に存在せず、サウジ人に限っては分配による生活が成立、それが既得権益化している。この国のイメージと合致しない農業も、補助金漬けであったという。だからと言って安泰ではなく、財政の基盤は揺らいでいる。

本書が出版されてからしばらくは、原油価格が冗談のように高騰を続けた。リーマン・ショックにより一度は落ちたものの、これが、経済構造の危うさが顕在化することを先延ばししたのだろうか。年始のテレビ番組でも、サウジ人にとっては稼がなくても中流以上の生活が可能であるとアピールしていた。

面白い分析がある。中東において、国王が君主や閣僚になれる王国は革命を許さず(サウジアラビア、クウェート、バーレーン、カタール、UAE、ヨルダン、モロッコ、オマーン)、なれない王国はすべて革命によって打倒されている(アフガニスタン、エジプト、イラン、イラク、リビア)。しかし、「アラブの春」を通じて、例えばモロッコでの国王権限縮小やヨルダンでも同様の動きがあるなど、これまでの政体だけで王国存続を決定づけられるわけではないように見える。サウジアラビアにおいても、本書でその胎動を報告していた女性参政権が認められる方向であるらしい。


ギレルモ・デル・トロ『パンズ・ラビリンス』

2012-02-12 23:44:28 | ヨーロッパ

ギレルモ・デル・トロ『パンズ・ラビリンス』(2006年)を観る。森の中での暗いながらも鮮やかな撮影がいい。

1944年。既にスペイン内戦(スペイン市民戦争)に勝利しているフランコ政権は、反乱軍の掃討に力を注いでいた。少女オフェリアの母は、総統軍の大尉と再婚し、息子を身ごもっている。大尉は敵にも妻にも、また連れ子のオフェリアにも残忍かつ冷酷であり、自分の意思に背く者は平気で命を奪うような男である。オフェリアは、地下でかつて栄えた王国の血をひいていた(事実なのか、逃げ出したいオフェリアの妄想なのかわからない)。そして王国の妖精たちは、復興を成し遂げるため、王女となるべきオフェリアに協力を依頼する。

スペイン内戦は1939年に終結するも、その後も抵抗と弾圧の時代が続いていたことを示してくれる作品である。戦後もフランコは独裁政権を維持し、1975年まで生き長らえた。

しかし、一方で、内戦下のスペインに多数の国から市民が馳せ参じたことは、ひとつの歴史上の原点となり、その後のクロスボーダーでの市民レベルでの連携につながっている。この映画における妄想の王国は、アンダーグラウンドにならざるを得なかった民主社会への希求の象徴でもあるように思える。

●参照
スペイン市民戦争がいまにつながる


田中啓文『聴いたら危険!ジャズ入門』

2012-02-12 10:27:02 | アヴァンギャルド・ジャズ

田中啓文『聴いたら危険!ジャズ入門』(アスキー新書、2012年)を読む。タイトルだけ見たら誤解する、これは「フリージャズへの愛を語った本」である(いや、あえて誤解を招いて落とし穴に誘いこもうとしているのか)。ブログ仲間のjoeさんや、ツイッターで呟き合うサックス奏者の吉田隆一さんらが執筆協力者として寄稿しているとあって、発売日を心待ちにしていた。そして、あまりの面白さにあっという間に読み終えてしまった。

最初に紹介しているプレイヤーがペーター・ブロッツマン。「いきなりギャーッと馬鹿でかい音で吠え、そのあと吠えて、吠えて、吠えまくり、途中で音が裏返ったら、そのままフラジオに突入し、ピーピーいわせて終わり・・・・・・だいたいこのパターンだ」とのくだりで、いきなり脇腹が痙攣しそうな笑いに襲われる(電車の中なので困る)。ローランド・カークを船長に例えたと思ったら、突然「カーク船長」が出てくる。ファラオ・サンダースは山師。アート・アンサンブル・オブ・シカゴは「ヘタウマの王様」。ドン・チェリーをスナフキンに例えて話しているうちにそれていく。ジュゼッピ・ローガンの「想像を絶する下手くそさ」(爆笑)。ハミエット・ブルーイットの「ぶっとい低音と張り切った高音」。姜泰煥のあり得なさ。チャールズ・ゲイルの音=生き物論。ヘンリー・スレッギルのカオスから魅惑への転換。ウィリアム・パーカーの「重さと速さの同居」(自分は、ラオウの剛の拳とトキの柔の拳との同居だと思っていた)。川下直広の「波のような息づかい」。

もちろん「そんなことないだろ!」と言いたくなる箇所はある。個性を最大限に尊重するフリージャズであるから当然である。むしろ、多くの「ブギャー」という音を発し続けるプレイヤーたちの個性をことばで表現する、「ことばの立ち上がり」こそがひたすら面白い。

どこかの権威主義的でレイシズムにまみれたジャズ評論家のディスク紹介本を読むくらいだったら、本書を読んでは自分のイメージとの重なりやズレを反芻するほうが百万倍愉快である。「有益」とか「名盤」とか考えて音楽に接する精神とは、本書は対極に位置する。地獄への道かもしれないが、それもよし。