ニーナ・ホス の冷たい美貌が画面を震わせる。年の頃は30半ばぐらいか、でも強い化粧とうらはらに疲れを感じさせる皺さえ彼女の凛々しさを伝える。細く長い脚、ぶらぶらと華奢な腕、指。そして彼女がこぐ自転車。美しい。田園風景に溶けてとても美しい。
彼女のぶっきらぼうでかたくなな口のきき方。心を閉ざす女の生きざま。まさにそれは氷の世界だ。タバコをぷかぷかふかす。しかし心は報われない。セリフは時々発せられるも彼女の真実の声ではない。そのためこの映画ではセリフなどより彼女の内面をぐいっと観客は見入る必要が出てくる。ある意味サスペンスさえ感じるほどだ。
彼女も人間の顔をする時がある。西側の恋人との逢瀬の際、と患者と向き合う時である。恋人は彼女を西側へ手引きしようとするが、俺自身が東ドイツに住んでもいいなんて言いのけるホンワカ人間でもある。知性・理性的には彼女たちは雲泥の差がある。今は、肉体の欲望に翻弄されてはいるが女は少々不安感を持っている。
東側の同僚医者には全く関心がなかったが、それでも日常的に接するうちに恋人にはない人間性を持つ人物だと知るようになる。でも女は敢えてそれを心の端に置き去りにしようとしている。そもそも東ドイツの現実そのものに失望しており、東ドイツの人間に関心を失っている。
女は自由を求めている。東ドイツでの刑務所のような生活を見限っており、そこでは真実の自由は得られないと思っている。そこには希望さえ生じない。
けれど偶然の出来事から彼女は重い選択をしてしまう。
女の、冷たい堅牢な心が溶けて、ラスト、同僚医者との目を合わす真顔。女は自由を見出し、彼女は感情を持つ女性となった。自由のない東ドイツで初めて彼女は人間となり得たのである。
人間にとって自由とは何か、希望とは何かを心の底から訴え、この作品は全編ピーンと一本の糸が張っているように思える。いい映画とはこういう映画を言うのだろうなあ。素晴らしい。秀作です。
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