前回、ひぐらしにおいてはプレイヤーと梨花が近い存在であり、その共通項は一回限りの性という制約・限界を超えた「神の視点」に求められる、ということを指摘した。しかしそうなると、圭一たちが平行世界を認識できるようになってきている状況をどのように考えればよいのか、という疑問が生じる。もしこれが最終編でしっかりと説明されないなら、圭一たちが疑心暗鬼に囚われることなく団結するために用意された、「ご都合」的な要 . . . 本文を読む
これから少しの間まとまった記事を投稿する余裕がなくなり、しかも帰る頃にはもう祭囃しが出てるということで急ピッチでネタを仕上げて投稿したのだった。こうしてボゲードンの朋友第八百話を終え、そのまま熊本に帰省。おかげでいい感じに燃え尽きました(;^_^ これでひぐらしについては、書くとしても「推理の方向性」くらいで済みそうです。まあしばらくの間は、ちょと方向性を変えつつまったり更新していきたいと思って . . . 本文を読む
第八百話記念、しかし眠くて死にそうな状態orzだがここで書かねば何とする、という意地でお勤めを果たすとしよう。ちなみに完全ネタバレである。皆殺し編までやってない人はくれぐれも読まないように。
(結論)実は梨花こそ、プレイヤーに最も近い存在であった。
マルチエンディングになっているアドベンチャーゲーム(以下ADVと記す)において、(主人公にとってはあくまで一回限りの人生なのだが)我々 . . . 本文を読む
皆殺し編でのひぐらしの急展開に萎えたという人は結構いるようだ。その反応自体は十分ありえるものだったと思うが、もし急展開を少しも予想できなかった(=目編のような展開に回帰すると疑わなかった)ために幻滅したのなら、それは読みが足りなかったのだと思う。その根拠は、罪編における新事実の扱い方にある。目編において詩音の得た情報は私たちが得てきたそれを補強・補完するようなものでり、もっと言えば、詩音の情報と私 . . . 本文を読む