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flutter of birdsレビューの再掲もこれで8つ目となる。ようやく折り返し地点だが、メインヒロインである大気のレビューをなぜ当時書かなかった(掲載するほど納得いくものができなかった)のかがおおよそ見えてきたりするなど、新たな発見があるのは我がことながら興味深い。
なお、原文の最初に「ちょっと間が空いた」とあるが、画像をアップロードした日付を見るに前の記事が元は2006.10.11に書かれたのに対し、以下の文を投稿したのが2006.11.05であることに基づいた発言らしい。この間の記事としては「皆殺し編の梨花の願望のありえなさ」や「ひぐらしの終焉:羽入の特性は物語と推理の根源的な破綻」といったものがあるので、まあ要するにゲームについてはひぐらし関連に集中していたということなのだろう。
話は変わって・・・原文では「お嬢様」という来歴と(記号的・イメージ的には)相反するような、過食と嫉妬の表現について言及している。なお、過食と嫉妬の由来が親の求める姿への過剰適応と愛情の枯渇にあったことを思えば、製作者側は「キャラ=ペルソナ」という構図について自覚的であったと考えてよいだろう。
ただ、原文とプレイした(遥か昔の)記憶からすれば、診療所への反発は自分が変わることへの恐怖に由来しているという説明(解釈)はいささか疑問である。むしろ彼女をノーマライゼーションして元の世界に戻そうとすることへの(潜在的)恐怖と反発じゃないのかと。彼女自身が元の世界とそれが要求する自己像に生きづらさを感じていたわけだからね。こう考えると、嫉妬などの感情を噴出させたとしても受容する、という展開が自然なものとなるし(まあもっとも、母娘関係の桎梏に関する無知・隠蔽じゃないが、このような描写をいちいち特徴的なものとして取り上げねばならんことに改めて恋愛ADVに限らない強いバイアスというものを感じずにはいられない)。また制御不可能な他者ということについては、大げさに言えば(私はあまり評価していないけど)「アンチクライスト」のような映画を挙げることができるだろう、と付言しておく(これについてはある映画作品について別途述べる予定だ)。
以上のような点から、琴羽シナリオを評価・説明することはできる。ただ同時に、それは危ういバランスに基づいてもいる。というのは、過食や嫉妬であるといった諸々の「瑕疵」が、その人の承認という方向ではなく、それらを持つ「劣った」存在だから自分が守ってあげねばならないというマチズモにも結びつきうるからである(ちなみに私は面倒くさいので近寄らないタイプ)。
っと前置きが長くなってしまったのでそろそろ原文に移るとしよう。
[原文]
ちょっと間が空いたが、神楽琴羽について書こうと思う。まずは覚書から。
(覚書)
呼び方=「松井さん」
摂食障害(過食嘔吐)で入院している子。愛情への飢えが過食という形で噴出している。全般的によくできたシナリオと思うが、裕作との絆が強まり強依存症になった状態の描写がもう少し欲しかったと思う。釣り橋を渡ってみせるシーンは若干くさいが、状況的に琴羽へ気持ちの強さを表して見せないといけないということがあったからまあOKということで。お嬢様然とした外見とそれらしい「淑やか」な性格をしているが、それが両親に気に入られるために作り出した偽りの自分であることに気付き、それを克服していこうという内容も含んでいる。これは、白風の外見とのギャップも考えると、外見に伴うステレオタイプな性格付けを打破するという単なるキャラ設定の問題に留まらず、それをテーマとして表現していこうという意欲が見えて好感が持てる。
(解説など)
琴羽のシナリオは、わかりやすい設定や展開を軸にしながらも内容をよく掘り下げている点が評価できる。例えば最初に主人公と出会った琴羽は主人公と打ち解けて話すが、診療所の関係者だとわかった途端に態度を硬化させる。これは彼女が診療所を嫌っているためなのだが、その理由は今までの自分を変えられることに対する彼女の潜在的恐怖にあったと言える(実は琴羽自身も自分を変えたいと思ってはいるのだが、踏み出せないでいる)。ゆえに琴羽のシナリオは、自己といかに向き合って症状を克服していくかが主題となっている。その克服されるべき自己が恋愛ADVで言うところのステロタイプな「お嬢様系」という設定であることを考えるなら、次に述べる白風と同じで、「従来の恋愛ADVのキャラ設定を批判的に取り入れることで、深みのある内容を作り出している」と評価できるだろう(余談ながら。キャラ設定を単にネタとして扱うと、林組の「お約束LOVE」になる)。
さて、琴羽シナリオの展開は、冷蔵庫の中身を虚ろな目で貪る様の描写と「お嬢様」という彼女のくびきを解き放つキーパーソン(前田久美という子供)の存在によってうまくアクセントが付けられていると思う(殻を破るきっかけが、「つい緊張を緩めてしまう相手=子供」であるのもありきたりだがおもしろい)。とはいえ、ここまでは割とスタンダードな内容と言えるだろう。琴羽シナリオが輝きを放つのは、琴羽の主人公に対する恋愛感情がかなり強まった状態においてである。琴羽はもともと(親も含めた)愛情に飢えていたこともあって主人公に対する独占欲を徐々に顕し始め、彼が仕事のために診療所の人間と話すことさえ嫉妬するようになる。
そして最後には嫉妬と独占欲が暴走し、主人公と話していた他愛もない話をしていた久美をぶってしまうところまでいく。子供を感情に任せて叩くという行為は、見ている者に強い衝撃を与えるものだ(虐待はその例としてわかりやすい)。その反応をうまく利用し、琴羽の感情がいかに未成熟で、また独占欲がいかに強いかを的確に表現している(今まで固い殻に閉じ込めたままだったので、一端外に強い感情が表れるとうまくコントロールできない)。
やや残念なのは、この後の展開が今ひとつインパクトに欠けるところだろう。確かに、自分の生々しい感情そのものやそれをコントロールできない自分に苛立って症状を再発し、その土地の言い伝えを自分と主人公の関係に当てはめて結ばれないと考えて絶望し、いっそ死んでしまおうというところまで話はいくから、決して安易な内容だとは言えない。しかし、展開の仕方が少々矢継ぎ早だったのではないか?この「転」の場面はかなり濃密な感情が溢れるところであり、琴羽の苦しみをもう少しじっくり描いた方がプレイヤーにわかりやすかったと思うし、より迫力が出たのではないだろうか(まあもっとも、琴羽の負の面を描きすぎてプレイヤーが拒絶してしまう可能性を製作者は恐れていたと思うから、この辺りをどこまで掘り下げるかは難しかったと思うが)。結局、最後の方も主人公と琴羽が橋の上で対峙する場面の美しさなど評価すべき点は色々あるのだが、どこか軽い、迫力不足のまま終わってしまっているという印象を受ける(最後の方で久美との和解イベントなどもあるが、主人公と関係を修復した後ということもあって、生々しい迫力には欠ける)。
このように最後にもう一押しが欲しかったシナリオではあるが、ステロタイプな「お嬢様系」を批判的に掘り下げ、また(それまで仲良くしていた)子供をぶたせるというショッキングなイベントを入れて琴羽の愛情の飢えと独占欲を強く印象付けるなど、全体としてよくできたシナリオだと言えるだろう。
(シナリオ評価)=85点
理由は上に書いたとおり。
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